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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第二章 めぐり出会う、四月
21/47

(3)



 ルカは、以前コッツウォルズの丘で出会ったエルフだ。

 ジャックの友人であり、扉の番人――人間の住む世界とあちらの世界の入り口を管理する者。その際、私はルカが設けた二つの世界の間にある狭間に迷い込まされた。



「久しぶりだね、サキ」


 美しい笑みを浮かべながら、ルカが私の肩を抱く。背筋に緊張が走った。

 まさか、また狭間に入り込んでしまったのでは――。


「あっ、ルカだ!」


 トニーの声に、我に返った。ルカの背後には目を丸くしたメアリーとトニーがいて、彼らの後ろには、先ほどと変わらず広い庭園が広がっている。


「やあ、トニー、メアリー」


 ルカは気さくに二人に声を掛け、私から離れると、手に持った赤い卵をトニーに差し出した。トニーはぱっと笑顔を浮かべ、メアリーは頬を赤くする。


「ありがとう、ルカ!」

「どういたしまして」


 親しげな様子に呆気に取られていると、ルカがくすりと笑ってこちらを見た。


「トニーは『迷い子』の常連だからね。家に送り届けたこともあるよ」


 迷い子は、狭間に迷い込んだ者を示す。

 幼いトニーはあちらの世界に引っ張られやすく、狭間に迷い込むことが度々あるそうだ。扉の番人であるルカは、彼をしょっちゅう保護しては元の世界に帰していた。その件でメアリーもルカと会っていたようで、美しいエルフの彼に憧れの眼差しを向けている。

 ルカはトニーの前に屈みこみ、いっぱいになったバスケットを見て褒める。


「すごいな、トニー。エッグハントは順調だね」

「うん! でも、さっきから全然見つけられなくて……」

「おや。じゃあ、探すのを手伝おうか」

「いいの? やったぁ!」


 トニーは嬉しそうだが、私は急な展開に戸惑う。そうしている間に、張り切るトニーともじもじとするメアリーがエッグハントの続きへと戻っていった。

 残された私にルカが振り向く。


「じゃあ一緒に行こうか、サキ」




***




 トニーを先頭にして、庭園を行く。

 私はまだ実感のないまま、彼らの後を追った。

 斜め前には、薄曇りの空の下でも輝くような美貌のルカがいる。今日は丈の長い白いブラウスに皮のベストを重ね、細身のパンツにブーツを履き、まるで舞台で見るようなエルフっぽい格好だった。実際にエルフである彼に、とてもよく似合っている。

 しかし、前回の狭間でのこともあって、私はじりじりと焦っていた。卵を探すどころではない。

 本当はすぐにトニー達を連れて戻りたいところだが、楽しそうな二人を見るとできなかった。ジャックもアーティもいない今、何かあれば自分が対処しなければと、気を張ってルカの挙動に目を向ける。

 視線を感じ取ったのか、ルカがこちらを振り向いた。


「そんなに警戒しなくていいよ。何もする気は無いからさ」

「……それなら、どうしてここにいるんですか?」

「春は精霊も妖精も浮かれやすい。この季節は迷い子が増えるから、見回りをしているのさ」


 特にイースターはね、とルカは言う。


「精霊達も復活祭を祝うんですか?」


 尋ねる私にルカはきょとんとした後、ふっと鼻で笑った。


「まさか。イースターはそもそも、生命溢れる春の到来を祝う祭りだよ。それを人間が勝手に復活祭にしただけだ」


 イースターの名は、サクソン民族の春と夜明けの女神、そして繁殖の神である『Eostreエオストレ』からきているという。その神のシンボルは、春の訪れと多産の象徴である野兎。すなわちイースター・バニーである。

 葉が落ち木々は枯れ、すべての生命が死んでしまったような冬。若葉が芽吹き、花が咲き乱れる春は、まさに生命が息を吹き返す時である。

 そして卵は再生と生命の象徴であり、春を表すシンボルと考えられている。春のシンボルである卵を、春の神のシンボルである野兎が運んでくる。エッグハントの由来はそれだ。

 イエス・キリストの復活祭となったのは、三世紀の初め頃からだ。死んだような冬から、生命を吹き返す春を祝う祭りが、イエスの復活を祝う祭りと結びついたのだという。


「どうして僕らが、人間の作った神を祝わなくてはならないんだい?」


 おかしそうにルカは首を傾げる。


「イエスもブッダも、僕らからすればただの人間だ。僕らにとっての神は、この世界そのものさ。全てに等しく生と死を与え、優しくも厳しくもある。もっとも、近頃はそのことわりすらも人間が捻じ曲げようとしているけれどね」


 復活祭を祝っている町の人達に聞かれれば、顰蹙ひんしゅくを買いそうな台詞だった。




 異人を毛嫌いする人間がいるように、人間を毛嫌いする異人もいる。

 むしろ異人の方が、人間を嫌っている者が多いだろう。幾度もの抗争と和解を繰り返し、対立してきた過去がある中、劣勢だったのは圧倒的に数の少ない異人だ。

 山の開発により、住む場所を追われたドワーフ。何もしていないのに勝手に恐れられ、処刑された魔女。棲み処である樹を伐られ、命を落としていった精霊達。見目の美しさから、闇で奴隷として取引されたエルフ……。

 人間から酷い目に遭ってきた異人の話は、たくさん聞いていた。ルカもまた、人間を嫌っている方の異人なのだろうか……。




「……」


 ルカの横顔を見ていると、彼は振り返って、緑色の目をきゅっと細めた。


「そんなに熱烈に見つめられると照れるね」

「っ、ち、違います」


 からかうような物言いに、私は急いで否定する。からかっていたのだろう、ルカは軽やかに笑い、足の進みを緩めて私の隣に並んだ。


「別に人間を嫌っているわけではないよ。好きなわけでもないけれどね」


 少し屈んで、こそりと耳元で囁いてくる。彼には、こちらの考えはお見通しのようだ。


「相容れない存在を無理に受け入れる必要はない。隣の庭で遊んでいる分には構わないさ。向こうが垣根を越えて庭を荒らさない限り、僕らは手を出さない」

「……良き隣人、ですか?」


 私が返すと、ルカは驚いたように目を丸くした。


「その通り。いい例えをするね」

「ジャックが……」


 良き隣人でいるためには、垣根を越えてはならない。つい先ほどジャックから聞いた言葉だ。

 ルカはくすくすと笑う。


「なるほど。ジャックが言いそうなことだね。……もっとも、ジャックの庭の垣根を超えるのは大変だよ。今まで彼の庭に入れたのは一人だけだ。きっと今でも、ジャックの庭には〝彼女〟がいるのだろうね。これからも、永遠に」

「あの、それはいったい……」


 思わず聞き返してしまったが、はっと口を噤む。ルカの話に聞き入って、ジャックのことを聞こうとしていた自分を諫める。

 しかしルカは気にすることなく話を続ける。


「ジャックのこと、知りたくなった? 君は垣根を超える覚悟があるかな? 茨の垣根を越えるには、己が傷つき、そして相手を傷つける覚悟を持たないといけないよ」

「……」


 私の脳裏に浮かんだのは、ジャックが庭で丹精込めて育てている薔薇の花の繁みだった。

 繁みを越えようとすれば、薔薇の棘で己は傷つく。同時に、薔薇の花も傷ついて、それはきっと、ジャックを悲しませることになるだろう。

 私にその覚悟は無かった。


「……いいえ」


 小さく首を横に振る私に、ルカはそれ以上追及せずにあっさりと身を引く。


「まあ、覚悟ができたらいつでも聞いていいよ」


 そう言い残して、ルカはトニー達の方へ行ってしまった。




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