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英国カントリーサイドの吸血鬼   作者: 黒崎リク
第二章 めぐり出会う、四月
20/47

(2)



***


 ミサの後、ジャックと共に向かったのは、ブライアーヒルの外れにあるマナーハウスだった。

 マナーハウスは、もともと、中世ヨーロッパの荘園に貴族や荘園領主が建てた邸宅を指す。現代においては、イギリス郊外に立てられた、小規模から中規模の田舎の邸宅の名称として使用されることもある。

 自然豊かな郊外にあり、美しい庭園を有する邸宅は、宿泊施設に改装されていることが多い。美味しいアフタヌーンティーやディナーを楽しみ、昔の貴族の生活を体験できると旅行客にも人気だ。

 ブライアーヒルの郊外にあるマナーハウスは、牧師が住んでいた邸宅を改装したものだった。老夫婦がホテルとして開放し、客室は十室程度で小ぢんまりとしているが、美しい庭園が自慢という。

 このマナーハウスでは復活祭の日、ブライアーヒルに住む住人を招いて盛大なティーパーティーを開く。ジャックと私も招待され、参加する――はずだった。




「サキ! 絵本読んであげる!」

「そんな子供向けの本、サキは読まないわよ」


 マナーハウスの一室。かつて子供部屋として使われ、今は休暇で帰ってきた孫達を泊めるという部屋に、私はいた。

 部屋の中では、多くの子供達がわらわらと動き回っている。

 私の両隣には、ブライアーヒルの村長・バンクスの孫であるメアリーとトニーが座り込んでいた。明るい茶色の髪に鳶色の目のトニーは喜々と絵本を広げて読み上げ、同じ色の目と髪を持つ姉のメアリーは呆れたように眉を顰めている。


 私が子供部屋にいるのは、これから行われる『イースター・エッグハント』に参加するためだ。

 イースター・エッグハントは言葉通り、イースター・エッグを探すイベントだ。

 イースター・エッグは、イースターを祝うために装飾された卵のこと。イースター・エッグをイースター・バニーが隠すという伝承があり、復活祭の日、子供たちは隠された卵を探す。

 元々は、染めたり色を塗ったりしたゆで卵を使っていたそうだ。今ではアレルギーや衛生面のこともあり、卵の代わりに銀紙で包まれた卵型のチョコレートや、卵型のプラスチック容器にお菓子を詰めたものが使われる。卵は広い庭園のあちらこちらに隠され、今はその準備中であり、子供達はここで待機していた。

 小さな子供達の中に私も混じっているのは、マナーハウスの主人夫婦に挨拶に行った際、せっかくだから参加してはどうかと誘われたためだ。

 普段よりも大人びた格好はしていたが、どうやら十代前半に見られたようだ。十八歳だと言ったら目を丸くされながらも、『せっかく日本から来ているのだし』と再度勧められた。さらに、鉢合わせしたトニー達にも誘われれば、断るのも難しい。

 一応イギリスでは成人の年齢なのに、参加して大丈夫だろうか。私以外の参加者で最年長は十三歳のコンラッドという少年だ。もっとも、彼は私よりも背が高く大人びていた。

 壁際で年下の男の子たちの相手をしているコンラッドは、私の方を見て愛想よく手を振ってくる。こちらに来ようとした彼を牽制するように、メアリーがきりっと凛々しい顔で私の腕に抱き着いた。


「サキ、油断したら駄目よ。コンラッドは手が早いんだから」


 ませた口調で言うメアリーは、ジャックから『サキをよろしく頼むよ』と言われて張り切っている。「そうだよ! 手が早いの!」と言うトニーは、たぶんよく分かっていないのだろうが、姉の真似をしてもう片方の腕に抱き着いてきた。

 八歳の女の子と五歳の男の子に面倒を見てもらう己の至らなさよ。しかし、二人の心遣いは有難く、仲良くなれたことも嬉しかった。

 そうこうしているうちに、準備が終わったようだ。大人が呼びに来て、子供たちは我先にと庭へ出る。

 卵を入れるバスケットが配られ、簡単なルール説明があった後、エッグハントが始まった。年長組である私とコンラッドは呼び止められ「全部先に卵を見つけてしまわないように」「年下の子が困っていたら手伝ってあげること」と言われた。公平に卵が行き渡るようにするためだ。

 コンラッドは「頑張ろうね」とそばかすの残る顔で快活に笑い、私も頷いて広い庭園へと向かった。




 メアリー達と一緒に、バスケットを持って庭園を回る。

 卵を探す時間は三十分。卵は花壇や植木鉢の上、木の幹の穴、石の隙間やベンチの下などに隠されている。年少の子供には低くて見つけやすい場所、年長の子供には高くて見えにくい場所と難易度が違っているため、つい私も探すのに夢中になってしまう。

 エッグハントに慣れたメアリーとトニーはさすがだ。次々に卵を見つけて、バスケットを卵でいっぱいにしていく。

 簡単な場所に卵が見つからなくなった頃、トニーが「あっ」と一本の木を指さす。


「ねえ、あそこ! 赤いのが見えた!」


 トニーの言う通り、木の幹に空いた洞に赤い卵が入っていた。私の目線よりも高い場所にあるから、年長の子供用の隠し場所なのだろう。


「サキ、取って!」


 メアリーにせがまれて、洞に手を伸ばしたが少し届かない。幹に手を当てて身体を支え、背伸びをして再度取ろうとした時、後ろで空気が動いた。

 伸ばした私の手の上を一回り大きな手が通り過ぎて、赤い卵を悠々と掴む。突然現れた手に動揺し、爪先立ちになっていたせいもあってバランスが崩れた。よろけて転びそうになった私の身体を、背後に立った人物が支える。

 爽やかな、緑の香り。

 振り返った私の目に飛び込んできたのは、精巧に整った美しい顔だ。抜けるように白い肌に、明るい緑色の瞳と淡い桃色の唇。

 長い金髪を綺麗に編み込んだ彼の耳の先は、細く尖っていた。


「……ルカ」


 エルフのルカが、そこにいた。



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