裏切りの館
――裏切りの館エントランス――
館の中に入り、まず最初に目に飛び込んできたのは、赤い絨毯が敷かれた大きな階段。
その存在感はとてつもなく、今にも貴族が降りてきそうな程。
周囲の壁には、豪華な装飾が施されたキャンドルスタンドが幾つも並び。
蝋燭の明かりが館内を煌々と照らしていた。
「うわー。すごいですね」
「これは手が込んでるぜよ」
館内の景色に目を奪われていると、突然人の声がした。
「ようこそ裏切りの館へ!」
目の前に広がる大きな階段。
声の主はその中間の踊り場に突然現れた。
真っ黒なローブに身を纏った、さながら魔女の様な格好で。
その人物はゆっくりと階段を下りてくる。
「イゾウ様、リョウマ様、若葉様。本日は我が屋敷にお越しくださり、誠に感謝申し上げます」
頭上にNPCの表示。
ノン・プレイヤー・キャラクター。
さっきの三井さんとは違う、完全にデータプログラムとしての人物だ。
基本的に、ルミエスタにはNPCは少ない。
リアル感を追求するために余計なNPCは出来るだけいれない、と言うのが運営の方針だからだ。
でも、こうしたイベントの時は度々登場する。
「早速ですが、折角お越しいただいた皆様の為に、ささやかですが余興を用意してございます」
「うんうん。何かな? 何かな? 怖いのや痛いのは嫌だよ!」
尻尾をぶんぶん振りながら、若葉さんがNPCに相槌を打つ。
当然ながら返事はないんだけど。
「無事クリアした暁には、ささやかな賞品もご用意しております。それでは皆様、それぞれのお足元にございます魔方陣の中へお入り下さい」
魔女の言葉に、足元を見る。
そこには小さな魔方陣が三つ、丁度人数分、床に描かれていた。
「この上に乗ればいいのかな」
「ふむ、乗ってみるぜよ」
リョウマが円の中に足を踏み入れた瞬間、光の柱が彼の身体を包んだ。
「ん、何だったんだ? 特に変わった様子は無いぜよ」
「じゃあ私も乗ってみます」
同じように、光の柱が彼女を包む。
しかし、彼女の様子はおかしかった。
「お? どうした若葉。踊っちょるが?」
手をパタパタさせながら、彼女が踊っている。
違う、踊っているんじゃない。喋れないんだ。
「もしかして、喋れない?」
彼女は大きく首を縦に振った。
行動を制限するプログラムが働いたのだろう。
それじゃあ僕も何か制限されるのだろうか。
そう思いながら、魔方陣に乗った。
「何か変わったとこあるが?」
「いや、特に変わったようなとこは――」
特に異変は無い、だけどシステムを開いて気付いた。
「あ、インベが使えなくなってる。武器も使用不可だ」
インベントリ、アイテムを入れる鞄。
それが黒く表示されている。
アイテムを出す事も、武器を使う事も出来ない。
「ふむふむ、わしは武器は使えるのう。あ、スキルが使えんぜよ」
システムを操作して、リョウマが気付いたようだ。
どうやら、全員が行動制限されたらしい。
「武器なし、スキルなし、それにサイレント。アイテムは全員使用不能か。何か嫌な予感しかしないよ」
「うむ。完全に若葉は空気ぜよ。居るのか居ないのか分からんき」
若葉さんが、手と尻尾をぶんぶんと振って自己主張をしている。
確かに存在感はゼロだ。
喋らない登場人物をどう活躍させていいのか。
ハードルを上げた感は否めない。
「準備が整ったようで」
困惑する僕達に、魔女が口を開いた。
「制限時間はありません。最後に、三人揃って館の奥までたどり着ければクリアでございます。それではごゆっくりとお楽しみ下さい」
――絆は鎹、そして鎖。闇に囚われぬ様に――。
意味深な言葉を残し、魔女は消えていった。
「とりあえず進んでみよう。制限時間も無いみたいだし、ゆっくり行こうか」
「そうじゃな。まぁなんとかなるき」
うんうん、と若葉さんが首を振る。
新イベント、裏切りの館。
長い悪夢の始まりだった。