第一章 嫌われ母娘は必死にあがく
少女の髪は引き上げられ、頭を上げさせられた。隣にいる【聖女】の雇われ騎士に捕らえられ、少女はなす術がない
『いっ!』
『よく見なさい、あれが、あなたの母親の最後よ』
視線の先には、落ちたら助からないと見ただけでわかる崖――そこには粗末な白い服の女性が立たされている。
執行役の聖騎士は、少し前まで自分を守ってくれた存在だ。
『女王でありながら第一王子に呪いをかけ、若い男のために城を乗っ取ろうとした悪女――お似合いの結末ね』
『お母様はっ、そんなことしてません! あなたの言いがかりよ!!』
少女は反抗的な目で【聖女】を睨む。
その視線に、彼女はニヤリと笑い、わざとらしく首を振った。
『あーーー、残念、ここであなたが「聖女様のいうとおりです、私だけでも助けてください!」って言えば、城に戻してあげたのに』
『誰がいうもんですか!』
『じゃあ、アレの後に、捨ててあげるわ』
そう言いながら指し示した先で――崖から女王が突き落とされた。
「お母様っ」
叫びながら起きた少女は、荒い息を整えながらゆっくりと現実に戻っていく。
「また、あの夢――」
大量の汗を拭いながら深呼吸をして、やっと落ち着きを取り戻した。
カイン国で迎える朝は、土の匂いとともに始まる。町の外れには、木造の小さな小屋があり、すきま風がひどく藁や布でふさがれている。
部屋の中には使い古されたテーブルと椅子が中央に並び、窓際には小さなベッドが二つ並んでいる。
片方のベッドで悪い夢から覚めた少女は、薄い布の隙間から差し込む光に導かれて、窓の外を見る。
彼女の名前はライラ・ツリー、金の髪を持つ美しい少女。長い髪の隙間から青い瞳が朝日を捉えて眩しそうに細める。
農家の朝は早く、夜露に濡れた畑を、汚れてもいい麻の服に身を包んだ農夫たちは、今日も鍬を手に大地を耕しているのが見えた。
心地よい大地を踏みしめる音につられて窓の外を見ると、ひときわ目を引く女性がいた――さっきまで隣のベッドで一緒に眠っていた、ライラの母親 ユリ・ツリー。
夢の中で風に靡く金の髪を思い出し、思わず震える。
ライラと顔立ちもよく似ているが、娘よりも穏やかで、優しそうに見える。
今は誰よりも泥や肥料まみれ、肥料が入った大きなかごを細い腕で支えていた。
臭いもきついはずなのにいやな顔一つせず、どこか気品あふれたほほえみを浮かべながら、愛情を込めて土に肥料を混ぜるのが彼女の仕事だ。
「ライラちゃん」
聞こえた優しい声に振り向くと、年齢が同じくらいの少女が、かぶってきたフードを脱ぎにこりと微笑む。
少女はこの農場主の娘、スミカ・ファムス。焦げ茶の髪と同じく焦げ茶の瞳が親しいまなざしで、ライラを見つめた。
「スミカちゃん、おはよう」
「おはよー。これ、よかったらユリさんと一緒に食べて」
と机に置かれたのは焼きたての黒パンが入ったバスケット、母娘が住む小屋の少し先にある、石造りの立派な豪邸にファムス家が住んでいる。
煙突から細い煙が立ち上り、朝食の支度中なのがわかる。焼きたての黒パンの香りが、冷たい空気に混じって漂ってきた。
「今日もおいしそう、いつもありがとう」
「いいの、お母さんがいつも多く作っちゃうから」
それは優しい理由だった、この日常で一番の幸福はこの瞬間だとライラは自覚する。
「それじゃぁ、またね」
そういうとスミカはフードをかぶり、周囲の視線を気にするように、小屋を出て行った。
きゅっと心を締め付けられ、同時に暖かな感情があふれ出る。
(本当は見放されても、ここから追い出されても文句は言えないのに)
優しい気持ちとやるせない気持ちを同時に抱きながら、ライラは母親との食事の準備に取りかかることにした。
今の生活をするようになったのは数年前の話、彷徨っていたユリとライラはこのカイン国に流れ着いた。
誰も頼れず孤独な生活を過ごしていたが、なんとか仕事と住処を見つけて、生きるための最低限の生活はできていた。
新参者として冷たかった町も、一年間真面目に働けば顔見知りや挨拶を交わす人間も増えていき、ひっそりとだけど平和に暮らすことができていた。
が、平和はあっさり崩れ去ってしまう。
「悪いが、ユリさんを雇うことができない」
まず仕事がクビになり、
「ここから出て行け、全く、貸すんじゃなかった」
そして家も追い出される。
「困りますっ、生活ができなくなってしまいますっ」
必死に訴えるが誰も聞く耳を持ってくれず、歩くだけでも人から避けられるようになってしまった。
原因は国中に広がった噂。
「一年前に住み着いたユリ・ツリーはとんでもない悪女」
「とある国の王族を誘惑し、呪いにかけたとか」
噂を持ち込んだのは、村に立ち寄った旅人たちだった。
みんな口をそろえてユリの悪女ぶりを語っていったという。
「違いますっ、お母様は悪女じゃありません!」
ライラは必死に噂を否定した…母親であるユリを必死にかばった、のだが。
「この国に寄る旅人全員が口をそろえていうんだ、信じられるかっ」
その噂は一人二人の旅人だけではなかった、十人以上の旅人が、不自然なほど同じタイミングで、同じ言い回しをしていたという。そして口をそろえてユリが悪女だと村に伝え去って行く。
「違うというなら証明してみろ」
「そ、れは」
(証明なんて、できるわけがないっ)
村人たちにそう詰め寄られるが、ユリもライラも「違う」という言葉以外を発することができなかった。
それ以上、強く言い返すことはできなかった――二人には隠さなければならない正体があるからだ。
彼女たちはルーシュ国の女王 リリーとその娘、第一王女 リラ…だった。
そう名乗ることは、もう許されていないのだけれど。
数年前。女王リリーは罪を着せられた。
『お兄様!!』
それは突然だった、目の前でチューリオ第一王子が倒れ、目を覚まさなくなってしまった。
『チューリオ、早く良くなって……』
リリー女王は外に出ることも寝る間も惜しんで王子を看病し続けた。
が、それが良くなかった。
『女王が若い男と密会している』
そんな噂が国中を駆け巡り、目撃情報も多数上がる。
実際は王子の部屋に篭り、食事以外は誰とも関わらない生活。
『女王様はいつも食事を受け取っておられました』
そうメイドが説明しても、それ以外の時間をどこで過ごしていたのか証明できない。
『メイドに嘘をつかせている』
そういう者も増え、国中が女王を批判する。国王は庇っていたものの、決定的な出来事が起こる。
聖女と名乗る女の登場だった。
『私の力で王子を呪いから解き放ち、原因も突き止めて見せましょう』
その言葉通り王子の呪いは解かれ、何故か犯人が女王だという証拠を持ってきていた。
それは女王と一緒にいたという、若い男。
『知りません、私はそのような者……』
『リリー様にはとても良くしてもらいまして』
『違う、私は知らないっ!!』
リリーは必死に否定したものの――【やった】捏造は簡単だが、【やってない】ことの証明は難しかった。
『お母様が、そんなことするわけがありませんっ!!』
それでもリラが必死に訴えたが、その声もむなしく、聖女を崇める国民と王族達。そして聖女の言葉が事実だと信じられたまま、リラの目の前でリリーは処刑…されたことになっている。
『リリー様はご無事です』
だが実際はリリーを信じていた聖騎士と国王の力により、密かに国外へ逃がされた。 唯一かばっていたリラとともに。
その代償として、今までの地位、すべてを捨てて友好国のカイン国へと逃げ込んだのだった。
「本当にありがたいわ、旦那様と奥様とスミカちゃんには助けられてばかりね」
朝の仕事が終わった母親と一緒に朝食を食べる、ライラは母の言葉に頷きながら、薄く切られた黒パンを口にする。
噂のせいで追い出されてから彷徨っていた二人に、手をさしのべてくれたのは、農家を営んでいるファムス家だった。
最近農業で成功を収め、人手が足りないということで噂も気にせず雇い、家代わりの小さな小屋まで貸してくれた。
元々ユリの働きぶりは評判で、今もどんなに働いても疲労なんて見せず、肥料作りという誰もやりたがらない仕事でも、いやな顔一つせず取り組むまじめさを評価されている。
だけどその働きぶりが噂を消してくれるわけでも無く。
「お母様…無理なさらないで」
仕事中、人々の冷たい目や言葉の暴力を受けているのは知っていた。女王として心が強いユリではあるが、傷ついていないわけが無い。
「ありがとうライラ、それなら元気になる呪文、お願いしてもいい?」
優しく微笑むユリの言葉に、自分にできることはこれだけだ、と思いながら母親の手をとり、口を開いた。
「いたいのいたいの、飛んでいけ」
「…ふふっ、元気出た、ありがとう」
こんな言葉で心の傷は癒えないのに、ユリは満足そうに微笑んでいる。
今できる精一杯のことは母親を元気づけるだけ。
ライラは必死に勉強して入学した学園へ向かう――母親を守るために。




