21.後日談1
草原が広がっていた。太陽は沈み、深緑の空が覆う。風で草が揺れ、葉と葉が当たる音のみが辺りに広がる。
ああ。熱い。右目が熱い。『呪い持ち』の起動を止めることができない。
眼帯はどこにいったのかわからない。気がつくと、右目は開いていた。眼球に夜風が当たり、思わず目を瞑る。
例の如く、服は着ていない。『恐怖』フィアに精神攻撃をされた時みたいだ。私に裸のまま外に出る趣味はない。
「ああ、夢か」
そう。これは夢に違いない。だから、早く目を覚まさなければ。深緑の空なんて、碌でもないことが起きるに決まっている。緑は恐怖の象徴だ。
「…」
目を覚まそうとしても、目は覚めない。私は仕方なく、草原を歩くことにした。腰ほどまで伸びている草をかき分け、歩みを進める。草の先が太ももに擦れるが、何も感じなかった。夢である証拠だ。
夢の中では感覚はない。夜風に裸が晒されたとしても、寒くない。頬をつねっても痛くはないし、裸足でぬかるみを踏んでも気持ち悪くない。
右目だけだ。燃えるように右目だけ熱い。呪われた右目の感覚は夢の中でも相変わらずだ。熱さを打ち消すために、涙がこぼれ落ちる。
広場に出た。草は消え、海が広がっていた。地面は土から煉瓦に変わり、砂浜のように途中から波に飲み込まれている。青白いレンガだった。
黒い液体と見違えるほど青い海だった。深緑の空ならぬ、深青というところか。夜空の色も、深緑から海と同じ色に変化していた。
まるで、建物の屋上にいるかのようだった。青白い煉瓦造りの家が深青に沈み、屋上のみが水面に残った。周囲は住宅街のようだ。等間隔で、煉瓦の足場が残っている。
視界の奥に、造形物が映る。屋上に残った唯一の人工物。時折波に飲まれ姿を消すが、波が引くと形を残したまま現れる。それは、すごく興味が惹かれた。
あれはなんだろう。
一心不乱にそれを目指す。何かはわからないが、大切なものに決まっている。
走る。足場から足場へ飛び、遠くに見えた造形物にはすぐに近づくことができた。
煉瓦と同じ、青白い色をしていた。腰くらいの高さの、何かはいくつも煉瓦の屋上に刺さっていた。病院や学校のような、巨大な建物の屋上なのか、足場はかなり広い。
足首まで海面が使ってしまう場所だ。歩くたびに、波紋が拡がる。
十字架だ。
十字架がいくつも刺さっていた。青白い十字架が集団で群れを作っているかのようだった。深青の海の中で、そこが中心であるかのように十字架が集まった。
中心部に、青色の文字が刻まれている。
ルプレス、パーション、ヘイト、ジェラ、カーティ。
50を超える十字架全てに、名前が刻まれている。
肩に手が置かれた。大人の女性の、綺麗な手だった。体が動かない。誰かが後ろにいる。
後ろにいる女は、十字架から目を離せない私に向かってこういった。
「全員君が殺したんだよ」
***
「うわぁぁ!!」
視界がガラリと変わり、目がチカチカとする。慌てて見渡すと、白い毛布に白いベッド。
深青の海も、青白い十字架もそこにはない。全身から噴き出た汗が気持ち悪い。額に前髪がべったりとくっつき、不快感がます。
目が覚めた。不快感が現実の証拠だ。趣味の悪い悪夢は終わった。
「おい、騒ぐな」
遠くから叫ばれる。低い声をした、男の声だった。
ええと。今どういう状況だ?
ここは『楽国』ではない。それは、空気感でわかる。空気の匂いというか、雰囲気が『楽国』とは違う。生まれ育った故郷とは何かが違う。
そうだ。『嫌国』にいったんだ。で、『恐国』に行って戦争して。殺して殺されそうになって殺して殺した。『震駭』テラーと戦って、殺して、殺されかけて。最後に二魔嫌士が来たことまでは覚えている。彼らが来たときに、『嫌国』の軍人たちが私とリベレのもとに来たんだ。あたたかい治癒の魔法をかけられて、体の痛みが引いたあたりから記憶がない。寝てしまったのだろう。
服装は戦争に行く時と同じものだった。動きやすく闇に紛れやすい黒いローブは変わらずだし、下着もちゃんとつけている。裸なのは夢の中だけだ。右目は眼帯によって隠されている。
ベッド、天井、そして、銀色の棒がいくつも壁に聳え立っている。俗にいう、檻というやつだ。つまり、ここは牢獄。
檻に触りながら、牢屋の外を見るが情報は何も得られなかった。私がいる牢屋と同じ部屋がいくつも並んでいる。中に人はいない。
いつの間に収監されてしまったのだろうか。私が寝ている間に何があった。戦争はどうなった。
ここが、『恐国』か『嫌国』か、それ以外の国か。それによって話は変わってくる。魔法の眼鏡をかけていない以上、黄金の目は周囲にバレてしまう。異国の存在として、収監されたのか。
先ほど、「騒ぐな」と叫んだ男が誰かと会話している。廊下から話し声が流れてくるが、内容までは聞き取れない。会話が終わったと思えば、ツカツカという足音が代わりに流れる。
足音は私の牢屋の前で止まった。
「ふん、目が覚めたか」
金髪に鋭い目つき、150cm程の低身長に襟のついた高貴な服を着ている。彼は私の姿を見るなりため息をつく。紫色の目は、安堵と迷いが伺えた。
『叛逆』のリベレ。彼の登場は、ここが『嫌国』である証明だった。
「ど、どうなったの?あの後」
リベレは舌打ちをしながら続ける。美形な顔がゆがむ。
「『嫌国』の敗北で戦争は終わった」




