20.『震駭』終戦
感情の崩壊。エモ・コラプスと呼ばれるその現象。
後に嫌王から教えてもらったことだ。
感情大陸『エモ』に住まう人間は、感情の昂りが力になる。強い感情は精神を不安定にさせるので、人は感情を抑える習性を持っている。
しかし、そのストッパーを通り越して感情が溢れることがある。それが、感情の崩壊。制限が解除された感情は、本来ではあり得ないほどの力、魔法ではない特殊能力を生み出すことがある。
限られた実力者のみが達することができる領域。常人にはない精神力が必要となってくる。
そして、リベレはその域に達していた。
頭部と胴体が分かれたていたはずのリベレは、全身血稀になりながらも生きている。黒い液体が首の周りにねっとりと浮いていて、治癒をしているようだ。
死すらも、感情は超越する。
私が『呪い持ち』を起動させていた時、首が繋がったリベレの死体を見つけたのだ。正確には、その時点で生き返ってはいたが。
『恐怖』フィアはテラーの呼びかけに応じて蘇った。あれも感情の崩壊だ。恐怖という感情が決壊したのだ。私はそれをみて、もしかしたらリベレも生命への叛逆をしているのではないかと考えた。
木壁ごと、リベレは切断された。それでも彼は死なない。テラーに奇襲することに成功したというわけだ。
この時の私は感情の崩壊について知らなかったが、何となく力については理解していた。
「リベレ、か。覚えたぞ」
素早く移動したテラーの足蹴りがリベレの顎を取られる。そのまま振り抜かれ、頭部は空高く舞い上がる。残った胴体から出る血液の噴水があたりを濡らす。
瞬殺。リベレがどれだけ感情の崩壊を使いこなしても、実力差が埋まるわけじゃない。
小枝を再び取り出したテラーは、リベレの胴体を八つ裂きにした。彼の頭部が地面に落ちる頃には、彼の体はぐちゃぐちゃになっていた。
そして、その行為は時間稼ぎに十分だった。私は呼吸を整え、テラーの目の前まで近づくことができた。
「ああああ!」
大剣を遠心力を利用しながら私ごと回転させた。テラーの小枝は折れ、頭だけ彼は避ける。それでも、頬にはかすり傷がついた。
血が出るということは、相手も人間だ。化け物のように強いだけで、殺すことはできるはずだ。
とうとう、彼に攻撃を与えることができた。届く。テラーに攻撃が届く!
「ぎっ」
再び彼の蹴りが炸裂する。吹き飛び、回転する。先程までとは体の作りが違うので、骨折したり怪我は特にはない。
彼との距離は一気に開いた。追い打ちをかけるように、斬撃を飛ばしてくる。
リベレ黒い靄を纏いながら立ち上がる。体にまともにくっついていない肉体はぼろぼろと血に落ちるが、漆黒の液体がその部分を補強する。
彼の蹴りは、リベレにも当たった。大きな音と共に彼の肉体が爆ぜる。頭部は転がり、私の足元に辿り着く。
それでも、勝てない。テラーには届かない。
『恐国』最強の男、『震駭』のテラー。彼は恐ろしいほど強かった。
その圧倒的強さは、全身を震え上がらせ、歩みを止めさせる。
いや、だめだ。
私はもう止まれない。
数々の『恐国』民を殺した。
ここで逃げるわけにはいかない。
前へ、進むのだ。
「いや、ここまででいい。」
隣には、リベレがいた。彼の美しい顔は、ズタズタに避け、片目は無くなっていた。首からしたは殆どなく、生きていることが不思議だった。黒い靄が欠損部分を覆い、次第に再生している。
「まだ、終わってない!」
短刀『リーフ』を取り出す。リベレを殺そう。彼を殺せばさらに強くなる。私はテラーに追いつけるかもしれない。
そんな私の殺意は、空を切った。戦場の雰囲気が大きく変わり、リベレはテラーから目を離していた。
テラーも私たちに対する攻撃をやめ、違う方向を見ていた。すでに、私たちから興味を失っているようだ。
「え?」
「俺たちの出番は終わりだ」
ザッザッ、という規律の取れた足音が近づいてくる。まるで、一つの巨大な生き物がこちらに迫ってくるようだった。北側から、壁沿いに集団が迫ってくる。
一体何人いるのだろう。全員が同じ軍服を着て、乱れなく歩みを進める。紫色の目に、青い薔薇を胸元につけている。
『嫌国』民。裏通りの人数を遥かに超える軍勢がそこにいた。
「リパグーが間に合ったの…?」
「ああ。二魔嫌士が来た」
『嫌悪』のルーゼン、『憎悪』のアブローン。
『恐国』最強の男と、『嫌国』最強の二人による戦いの幕が開けた。




