勉強会
修学旅行から帰ってきて以降、俺は一紗や綾乃と頻繁にというほどではないが連絡を取り合う仲となっていた。女っ気が一切なかった一年の時が少し懐かしく思う。
相変わらずクラスでのぼっち具合は変わらなったがそれなりに満足の日々を送っている。
颯介は颯介で人生初彼女とかで惚気話を聞かされるのはご勘弁願いたいものだが。
しかし颯介なりにしっかり考え抜いて波多野さんと付き合うことに決めたというのは話している口調からも伝わってくる。
教室の窓から他クラスの体育の授業を眺めていると教室がざわつき始めた。
「はい、ここテスト出すからなー」
生徒たちが数学の先生に「ええ~」だの「それは説明されても分からん!」だの「むずすぎ」だの口々に文句を言っている。
修学旅行のすぐ後で忙しないと思っている生徒は多数のようでそれは俺も例に漏れない。
何を隠そう、すでに中間テストが一週間前に迫っているのだ。
黒板に目を移すと、その中間テストに出るらしい数列の問題が書かれていた。
俺はぱっと見で解法を思いついたのでそこまで心配する必要はないなと考えて、教科書を閉じた。
チャイムが鳴り授業が終わる。
我が校ではテスト一週間前になると部活動が禁止になり学校に残って勉強する生徒が増えてくる。
しかし、俺は学校に残って雑音を受け入れながら勉強するよりは家に帰って勉強する派なのだ。
帰る準備を整えて自分の席を立ち教室を見渡すとほとんどの生徒はまだ帰る準備をしていないようだった。
「あー俺、残るから先帰るなら帰ってて」
「うい」
颯介に言われて反応する。
馬鹿にするわけではないが、おそらくみんな残るから俺も残るみたいな感じだろう。彼女持ちイケメンさんはやっぱり違いますわぁ。
教室を出ると綾乃が扉の横で待機していた。
「うおお、びっくりした」
「立華君ビビり過ぎ」
そう茶化すセリフもなんだか心地良く感じてしまう。
「どうしたの?」
「えっと、数学のこの問題教えてほしくて」
まだこんだけ生徒が残っているのになんでわざわざ待ってまで俺に聞きに来たんだろうか。一組でも同じような状態のはずなのに。
「どれどれ?」
俺が尋ねると綾乃は自分のノートを差し出してくる。
「ここなんだけど」
「これは公比が二分の一だから、等比数列の公式に当てはめるだけだよ」
「そうか! 分かった。ありがとう!」
「ああ、どういたしまして」
俺が立ち去ろうとすると学ランの裾に引っかかりを覚える。
「ん? まだなんかある?」
振り向くと、ノートを胸に抱えた綾乃が俯いてもじもじしている。
「あ…… あの、できればもっといっぱい教えてほしいんだけど……」
「あ、でも俺も英語ほんとにヤバくて……」
俺はどちらかというと理数系はまだマシなのだが英語だけは点でダメなのだ。
「英語なら、私ちょっとできるよ?」
「そんなに教えてほしければ朱に聞けばいいじゃん」
「そうだ! 勉強会しようよ!」
「ちょっと、話聞いてました? 綾乃ちゃん?」
「へ?」
俺のツッコミになぜか過剰に反応する綾乃。なぜだか分からないが耳が赤い。
「じゃあ。か、一紗ちゃんも誘うから!」
そうなるとこの交渉は綾乃側に傾いてしまうのだ。
しかしこれをひっくり返すだけの交渉材料は俺にはなかった。
「分かった。いつにする?」
「一紗ちゃんにも予定あると思うから、後で連絡する!」
そう言い残して綾乃はスキップで自分の教室に戻っていった。
その日の夜、綾乃から勉強会の日時に関する連絡があった。
「一紗ちゃんは日曜日の午後なら大丈夫って言ってたけど、立華君も大丈夫?」
「ああ、大丈夫だけど、場所はどうすんの?」
「えっと、できれば立華君の家にお邪魔できないかなって……」
日曜日に俺の家に同級生の女子二人が勉強しにやって来るというのを想像したが、親に何を言われるか分からなかったので拒否の姿勢をとることにした。
「いや、俺ん家は……学校から遠いから」
「そ、そうだよね!」
「ああ、なんかごめんな」
嘘というわけではなかったが俺の意図とは違うので少し罪悪感がある。
「散らかってるから申し訳ないんだけど、私の家でもいい?」
これまた日曜日に同級生の女子の家に上がるのを想像したのだがもう一人は一紗だったのでさっきよりかは気がまぎれた。
「うん。別にいいけど」
「じゃあ、一紗ちゃんにも言っておくから! おやすみ」
「うん。お、おやすみ」
電話を切ってから深呼吸をする。
今の「おやすみ」の破壊力はすごかったぜ。
その週の日曜日、つまり勉強会当日になった。
綾乃の家の最寄り駅に着いた俺はそわそわしていた。
家で一人で勉強する派だった俺が休日に友達の家にお邪魔して勉強会をするのだ。ましてや女子二人とだ。さらに言えば俺の推しのアイドルも一緒なのだ。
訂正しよう。そわそわなんてものではない。
普段は服装などにあまり気を遣わない俺であるが、今日は清潔感重視の綺麗目なスキニーパンツにギンガムチェックのシャツを合わせ、髪型も素人ながらセットしてみた。
それなりにマシだと言っても過言ではないと思いたい。
日本語が崩壊してきたがこれからが本番である。
しばらく待っていると、改札から一紗がゆっくり歩いてきた。
「こんにちは」
そう告げる彼女の全身にくぎ付けになってなってしまった。
黄色をメインとした水玉模様のワンピースにつばの狭い麦わら帽子をかぶった姿は少しばかりか夏を感じさせる。
思い返せば私服姿の一紗を見るのは初めてだった。
「どうしたの?」
「ああ、なんでもない。こんにちは」
「さすがに暑くなってきたね」
「そうだなぁ」
すでに二十六度を超える気温は例年の大阪の気温より少し高い。
突っ立っているだけでも汗をかいてしまう。
「そ、その帽子も夏っぽいしね」
女の子の私服を見たら褒めろとライトノベルに書いてあるので俺もその例に倣う。
「それ、褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる」
「ふふ、分かりにくい」
微笑む一紗を見ていつかの電車の中での会話を思い出す。あの時は雨だったが、今日は快晴だ。
そうこうしていると北側の踏切から手を振った綾乃が小走りでやってきた。
「遅れてごめん!」
息を切らしながら膝に手をつく綾乃の白の半袖パーカーにショートパンツという服装がいかにも快活な彼女らしい。
「俺も一紗も今来たとこ」
「そうね」
「じゃあ、行こっか!」
十分ほど歩くと綾乃の家に着いた。
「おじゃましまーす」
一紗に続き恐る恐る中へ入る。
「私の部屋二階だから先上がっといて」
それから彼女の部屋に二人で入った。
「一紗って勉強できるタイプ?」
「あなた、私の自己紹介まだ覚えてないの?」
「は?」
「根暗だけど頑張り屋さんのバカリーダー」
ああ、それか。半分というかもうほとんど悪口のキャッチフレーズ。
「それがどうかしたのか?」
「最後の部分、口に出して言ってみて」
「バ・カ・リ・ー・ダ・ー」
そういうことか。ようやく合点がいった俺はツッコミの準備で息を吸い込む。
「ドヤ顔で言うことじゃねーよ!」
「おまたせー」
キンキンに冷えた炭酸ジュースとコップを乗せたトレイを持った綾乃がドアを開ける。
キンキンのジュースをありがたくいただいた後、俺たちは各自自分の苦手分野の勉強を始めることとなった。
俺は英語、綾乃は数学、一紗は国語の課題を進める。
「立華君、ここ教えて」
「立華君、ここ分かんない」
さっきからずっとこの調子である。ああ、もう。俺の課題が一ミリも進まない。
「おまえら! ちょっとは自分で考えろよ!」
二人ともそれを聞いてシュンとしてしまう。
ちょっと強めに言い過ぎたかもしれない。
「……一人ずつな」
「綾乃ちゃん、先どうぞ」
「う、うん」
一紗が綾乃に先を譲る。
それを聞いた綾乃はノートごと俺の隣に移動してくる。ちょっと近くないですかね。
「この複素数の問題なんだけど」
あああ、近い近いいい匂い。
少しだけ綾乃から体を離して答える。
「こ、これは分母を有利化してから――」
俺が解法を教えているにもかかわらず綾乃の視線は俺の手元にない。
「どうかしたか?」
まだ颯介のことを気にしているんだろうか。
「う、ううん。なんでもない」
そう言って彼女は俺の手元に視線を移す。
「颯介のことなら……」
「もう! 終わったことでしょ?」
彼女の傷はまだ癒えていないはずだろう。
「そうだな」
「綾乃ちゃんは、新しい恋に進むのです!」
俺はそれを聞いてびくっとしたが、一紗がこちらを向いて首をかしげる。
「綾乃ちゃん失恋したの?」
「げほっ。えほっ」
俺はあまりにもストレートなその質問を聞いて咳込んでしまった。
「そうなの~。やっぱり幼馴染って負けキャラなんだよね~」
綾乃は明るく返すので俺も気にしないことにした。
「一紗も恋愛とか興味あるんだな」
シンプルに一紗はそんなことに興味はないと思っていた。
「へ?」
ほんのり朱に染まった頬で一紗は答える。
「アイドルは恋愛とかダメだし……」
三人がいた部屋にシーンという効果音が流れた。
「そ、そうだよな!」
なんか変な空気になってしまったので俺は無理やりテンションを上げる。
「次は一紗だな! どれだ? 見せてみ」
「この、漢文の問三」
「ちょ、ちょっと、私の問題まだ終わってないよ?!」
その日俺は英語の課題の一ページも進めることができなかった。
今日も読んでくださりありがとうございました。
しばらく書き溜めするために投稿頻度を減らすのでよろしくお願いします。
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