覚悟を決めて
・・・・あの場に拘束していた兵士をどうするか、それは決まってない。
ただ、マルをあの場にいさせるわけにはいかない・・・・それは駄目だ。
とりあえず、俺達はしばらくあの場所から距離を取った。
「・・・・マル、大丈夫か?」
「・・・・・・」
俺の問い掛けにマルは答えない、やはり相当答えているようだな。
俺は見ていないから分からないのだが、実際見たら俺もこんな風になっていただろう。
そう、高校生の精神を持っても、それ程の衝撃なのだろうから
完全に5歳児であるマルがそんな状況に直面すれば・・・・思考が固まるのも当然だろう。
「・・・・かなり応えているみたいだな」
「えぇ・・・・小さな子があんなところを見れば・・・・こうもなりますよね」
アルルも震えた声で俺の言葉に応えた。
その言葉に反応し、俺がアルルの方を見てみると、やはり少しだけ震えている。
少し時間が経った程度では、悲惨な状態を見た奴らの精神的ダメージは回復しないか。
アルルなら大丈夫だと思ったが、流石にそこまで精神力は無かったようだ。
「「「・・・・・・」」」
俺達の間に非常に重い沈黙が発声した、誰も言葉を発しない。
こんな空気で言葉を発せる筈も無い。
普段異常な程に元気の良いアルルが動かず、マルは思考停止。
正常なのは恐らく・・・・俺くらいだろう。
俺だけはその残酷な死を見ていないのだから。
この空気を何とか出来るのは・・・・俺くらいしかいないか。
「・・・・マル、アルル、ここで重たい雰囲気になっている場合じゃ無い
確かに、かなり精神的にでかいダメージを受けただろうが
ここで固まっていたら、マルの両親も大変なことになる」
「・・・・・・」
「そう・・・・ですね」
俺の口から出た必死の励ましも、大して効果は出なかったようだ。
だが、さっきまでの雰囲気と比べると、かなりマシだ。
「マルはそのままで良い、その間に俺達が何とか手を考えるからな」
「・・・・いや」
俺がそう言って、マルの両親達が見える様に開けた場所に向おうとすると
後ろからマルが俺の服を引っ張ってきた。
「どうした?」
「・・・・い、行かないで」
「何でだ?」
「1人は・・・・いやだ」
「アルルがいるだろ?」
「・・・・だけど、リオにも一緒に居て欲しい」
やはり、不安が大きいようだ、俺なんかよりもアルルと一緒に居た方が頼り甲斐があるだろうに。
だが、この状態で引き剥がして行くわけにはいかない。
俺は見張りに向うのを諦め、マルの言うとおりにこいつの近くに居る事にした。
「分かったよ、一緒に居てやる」
「ありがとう・・・・良かった、言う事を聞いてくれて・・・・本当に」
よく分からないが、マルはかなり安心したような口調でそう言った。
そこまで安心するような行動を俺はしたのか?
いや、それだけ精神的に応えていたって事か、俺が残ると判断したから安心したって感じかな。
「・・・・仕方ない、しばらく動かないでおこう」
「そうですね・・・・少し落ち着かないと」
アルルは精神を落ち着かせる為なのか、大きな深呼吸をした。
そして、3回ほど繰り返した後に、後ろの木にもたれ掛かる。
その時の雰囲気は、少しだけ落ち着き始めているという感じだった。
どうやら、あの深呼吸は効果的だったようだ。
「よし、じゃあ、マルも深呼吸してみるか?」
「うん・・・・すぅ、はぁ」
マルは深呼吸は普段していないからなのか、少しだけしんどそうに深呼吸をした。
精神的に来ていたからかも知れないが、ぎこちなかったし。
「すぅ・・・・はぁ・・・・うん、少しだけ・・・・落ち着いた」
「そうか? 良かった」
「うん、深呼吸したら・・・・温かいのが分かったから」
マルは俺が握っている手の方を見て、そう安心したように言ってくれた。
何か知らんが、少し恥ずかしい気分になってしまった。
こんなことを言われたのは・・・・初めてだし、そもそも、手を繋ぐこと事も初めてかも知れない。
こっちに来る前も、こっちに来た後も、誰かと手を繋ぐことは無かったからな。
先生に手を繋ごうと言われた記憶はあっても、俺はそれを拒み続けたし。
「そ、そうか、な、なら、良かった」
俺は多分、顔を赤くした状態で応えた、恥ずかしがっているのもあっさりと分かるほどに
自分の口調が動揺しているのも分かる、恥ずかしいものだな。
「うん、本当に・・・・良かった、もし、リオが本当に酷い人だったら、私は」
「俺は全然酷くないだろ?」
「そうかな?」
マルの視線が俺の後ろの方に動いた、そこには多分アルルがいる。
「い、いや、ほら、アルルに対しては確かに酷く接してるが、あれはあいつが」
「リオさん? 呼びましたか? まさか、私が好きとかそう言う?」
あぁ、聞かれていた、小さな声で話しているつもりだったのだが
どうやらあいつにも聞えていたようだ。
「いや、そ、そんな訳な・・・・うぅ」
アルルの方を見てみると、少しだけ元気を取り戻していたようだった。
その表情を見ると同時に、アルルの服に付いていた赤い液体も見てしまう。
本当は怒鳴るつもりだったのだが、その姿を見たら・・・・怒鳴ることも出来ない。
こいつは俺達の為に自分が精神的にダメージを食らうと分かっていながら、死体を運んでくれた。
そんな事を服の血を見ると同時に思い出してしまった、だから怒鳴れない。
「リオさん、少しくらい強気に言ってくれても良いんですよ? いつもみたいに」
「・・・・いや、それは」
「申し訳ない何て思わないで良いんです、自分で選んだのですから」
「だが、俺がいなかったら、運ぶ事も無かっ! むぐ!」
俺が大きな声で叫ぼうとすると、アルルが指先で俺の口を押えた。
「良いんですよ、責任を感じることは無いんです、私の仕事はリオさんを・・・・皆さんを守ることです
それも、誰かに言われたからじゃ無い、私が自分で決めたことです
だから、リオさんは大人しく私に守られててください、私は精神的にだってあなたを守りますよ
例えそれで自分が傷付こうが構いません、だって、その傷はリオさんが治してくれるから」
俺の口を押えたままで、あいつは顔を近付けて来て、優しい表情でそんな事を言ってきた。
ふざけやがって、たまにこう言う優しさを見せるのは止めて欲しい。
いつも通り、ふざけた感じで良いのに、そうじゃないといつも通りに対応できないじゃないか。
「・・・・お前に、そんな言葉は似合わないじゃないか、俺にいつも通りに接しろと言うのなら
お前もいつも通りで居てくれ、そうなってくれないと、俺がお前の傷を治したって分からないだろ?
誰かの心の傷を治せたって分かるのは、そいつが普段通りになった時だからな」
本当に心の傷が癒えたというのなら、普段通りの正確になるだろう。
だが、ならないと言う事は癒えてないという良い証拠だ。
普段ふざけている奴が、いきなり真剣なことを言うと何かあったのかと不安になる。
それみたいな物だ、普段馬鹿な変態女がいきなり良いことを言っても不安しか無い。
まだ、精神的に深いダメージを負っているんじゃ無いかって思えてしまう。
「・・・・リオさん、分かりました、じゃあ、いつも通りに、はい」
そう言って、アルルが俺の手を両手で掴んだ、これの何処がいつも通りなんだよ。
「これの何処がいつも通りなんだ?」
「こんな服だと、あなたを抱きしめられませんから、だから、私はあなたの手を抱きしめました」
「はん、そうかい」
右手にはマルの手が、左手にはアルルの手が俺の手を包んでいる。
たったこれだけの事でこいつらの心を癒やせるのならこのままでいよう。
もしこれがこいつらの願いなのなら、俺はずっとこのままで居ても言い。
唯一傷付かなかったんだ、多少の苦労も買って出よう。
「・・・・2人とも、好きなだけ俺の手を握っててくれ、それでお前らの傷が癒えるならな」
「じゃあ、しばらくこのままでお願いします」
「うん」
2人の手は少しだけ震えている・・・・しかし、数分間程度でその震えも収まってきた。
2人の表情も、最初と比べると安らかだった。
「・・・・ありがとうございます、もう、大丈夫です」
「私も」
「・・・・大丈夫か? 無理はしないで良いんだぞ?」
「大丈夫です、私はね、このままここに居ても何も始まりません」
「うん、私もそう思う、急がないとお父さんとお母さんが大変なことになるから
それに、私はリオがいい人だって分かっただけで良いから」
「そうか」
どうやら、2人とも回復したようだ、さっきまでと顔付きが違う。
マルは元気を取り戻し、何か執念に燃えている気がする。
アルルも目の色は変り、やる気に満ちあふれているようで、握り拳を力強く握っている。
どうやら、本当に回復したようだ、良かった。
「よし、じゃあ、行動しようか、マルの両親を救うために!」
「うん! それに、あの兵士さんの敵も取る!」
「そうですね、どんな魔法か分かりませんが、やるしかありません」
俺達は一致団結し、行動を開始した。
いま、マルの両親達の状況は劣勢状態だ。
魔道兵達の奇襲攻撃に掛かり、完全に包囲されている状態だった。
「包囲されてますよ!?」
「奇襲攻撃でもあったのか!?」
俺は狙撃銃を構え、状況を確認する事にした。
ハッキリ言って状況は最悪だろう、マルの両親が率いる兵士達の半数は壊滅している。
あんな状態ではあの包囲もからの脱出もほぼ不可能だろう。
兵力が半減している状況、完全包囲、生き残っている兵士がいるのも奇跡レベルの状況だ。
「お、お父さんとお母さんは大丈夫なの!?」
「どんな見た目ですか?」
「お、お父さんは背が高くて、黒い髪の毛、目の色は私と同じで青!
兵士として戦ってるときは、銀色で肩にバラが彫られてる!
お母さんは、背が低くて、私と同じ金色の髪の毛、目の色は紫だったと思う
兵士として戦ってるときはお父さんの鎧と同じで銀色で肩にバラが彫られてる!」
黒髪で青い瞳で背が高い男に、金髪で紫の瞳で背が低い女、鎧にはバラが彫ってあって
・・・・・・数が多いから、簡単には識別できない・・・・あ! バラが彫ってあって銀色の鎧!
その鎧を着た男女が背中合わせで立っている姿が見えた! だが、魔道兵2体と同時交戦!
「ヤバい」
「ど、どうしたの!?」
「見付けたんですけど、魔道兵2体と同時に戦ってます!」
「そんな! か、勝てないよ! 魔道兵は・・・・一体でも強い!
強い魔法があれば分からないけど、お、お父さんとお母さんは、ま、魔法が・・・・使えない」
マルは震えた声で小さくそう言った、泣いているのがこれだけで分かる。
「なんで・・・・私の周りの人は・・・・こんな、どうして、私だけ生きて・・・・」
「馬鹿! てめぇの両親はまだ死んじゃいない! お前の両親は守る!
それが、俺がお前に出来る・・・・」
「え?」
「いや、何でも無い、とりあえず、俺が何とかあの2人を守る!」
俺は伏せた状態で狙撃銃を少し時間を掛けて変化させ、バレットM82を召喚した。
セミオートの対物ライフル、反動がでかくて普通は連発不可能!
対物だからサイレンサーも付けられない!
だが、この状況を救うには・・・・やるしか無いのが現状! 反動で俺にダメージは無い!
「アルル! 俺はマルの両親を助ける! 文句あるか!?」
「ありません! 何が起こっても、私が意地でもあなたを守りますから!」
「それで良い! じゃあ、やるぞ! どうにでもなりやがれ!」
俺はバレットM82のスコープをのぞき込み、素早く2脚を立てて、対物にチェンジし
マルの両親が戦っている魔道兵の内、一体に狙いを定めた
そして、狙いを定めると同時に引き金を引いた。
「うらぁ!」
引き金を引くと、俺に異常な程の衝撃が掛った。
対物ライフルをぶっ放したんだ、反動はでかい!
だが、伏せ撃ちで2脚も着けているんだ、すぐに反動は押える!
「命中!」
「な、何だ!?」
「次!」
アルルの命中という報告の後、素早くもう一方の魔道兵に狙いを定め、引き金を引いた。
「大当たりです!」
「どうなってる!?」
「っしゃぁ! 次は包囲網に穴を開けるぞ!」
反動がでかかろうと、休んでる暇は無い、素早く次を狙うのみだ!
今度は撤退を支援するために、急いで後方に居る魔道兵に狙いを定め、引き金を引く。
「こ、後方の魔道兵! 1体倒れました!」
「退路は!?」
「ま、まだ、後、最低でも3体倒さないと」
3体か、良いだろう! やってやろうじゃ無いか!
「3体潰すぞ! 数えろ!」
「はい! まずは1体目! 2体目!」
はぁ、はぁ、あ、後1体! た、対物をセミオートで打ち続けるのはかなり魔力を消費する!
腕も痛い、だが、腕は普通に動く、魔力もあと3発程度は撃てるはずだ!
「おらぁ!」
「3体目!」
3体目の狙撃は成功! 後はマルの両親達が撤退していくのを見守るだけ!
「3体目! 倒れました!」
「よし、撤退だ! 下がれ!」
マルの両親達は素早く撤退を指示、しかし、魔道兵達は追いかけている。
兵士達の足取りも遅い、支援しないと不味い。
「はぁ、はぁ、し、仕方ない」
俺は撤退を支援するために魔道兵の狙撃を始めた。
その甲斐あってか、マルの両親達は無事に撤退をすることが出来た。
しかし、撤退支援のために5発も撃ってしまった・・・・限界だぞ。
「う・・・・つぅ」
腕は悲鳴を上げ、魔力の枯渇で意識も朦朧としている。
やっぱり、対物を撃ち続けるのは・・・・無理があったか。
「撤退、完了です!」
「よ、良かった! お父さんとお母さんは無事なんだよね!?」
「はい、無事ですよ」
「そ、そうだ、良か・・・・」
俺は立ち上がりそう言った物の、すぐに限界が来て倒れてしまった。
その時、誰かが支えてくれたような感覚があったが・・・・誰だったかは分からない。
俺の意思はすぐに暗闇に落ちていった。




