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この病を知っていますか?

延々、もうずうっと、私は手を伸ばせば触れるんじゃないかと思う距離の光に、

ひたすら懸命に手を伸ばし続けていた。


ただ、何年たっても、その光に触れられることはなかった。


その光に触れられる人間は多分多数であるにもかかわらず、

私にはどうしても触れることができずに、今を過ごしている。


どうしてなのか悩んだ。

ところがふと見ていたテレビの中で、それは紹介されていた。


場面緘黙症。

それが光の正体だった。


何年も、どうして私には1対1なら話せるのに、1対多数だとだんまりになるのか、

理解できなかった。


1対1だとしても、相手が激高している場合など、おろおろしてしまう自分がいて、

それがことのほか歯がゆかったが、どうすることもできないでいた。


「だからこうだって言ってるよね!?」


とか言われようものなら、しどろもどろになって、パニックになってしまう・・・


私も答えたかったんだよ。

でも言葉がのどまで出てきてはいるけど、その先までいかなかったんだ。


疾患名がわかってからは、調べまくった。

昔は大人になれば治ると考えられてきたが、そうではないこととか。

情緒障害に含まれるとか。


まだ小学校に行っていたときに、私は初めて発症した気がする。


当時私は生徒会の副会長で、朝礼台に上がって発言する機会があった。

もうその時のことはうっすら覚えてる程度なのだけど。


「・・・・・・・・・・・・」


結局、何を話したのかわからない自分がいた。

嫌な汗をかいていたような気もする。

何でこんなことも言えないんだ私、と、別の「私」が、守護霊みたいに頭の上から「見ていた」。


それが始まりだった。


何で話せないの?と聞く「私」がいた。


私の場合は、こうやって「書く」ことはできる。

だから書いてる。


ただ、「話す」となると厄介で、これも前に書いたけど、1対1じゃないとダメなんだ。

1対多数になると、途端に、額に「私は石です」って書いてありそうな風体になるイメージがする。




初めまして、読んでくださってありがとうございます。


好意的なご意見も、否定的なご意見も持たれやすいですが、

それでも読んだぜえええええ!!!とひとこと、お願いいたします。


無関心はイヤな、かまってちゃんです。

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