表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/37

深窓の令嬢編 18






いつにない大規模な襲撃の直後である。無事撃退したとはいえ永遠に続くものと信じ切っていた村の安全が絶対のものでないことを、村人たちは知ってしまった。

レドンネ村は王国のはずれにある片田舎の村ではあるけれども、千人には届かないという程度のその規模は『郷士村』としては破格の規模である。人口が支える自警能力は、優秀な猟師の存在も手伝って下手な『町』よりもよほど強力であると昔から言われていた。

実際、街道に跋扈する山賊たちも村に直接手を出すようなことはかつてなく、互いに不干渉という危うさながら安全を維持してきたレドンネ村だったのだが、今回初めてその『不干渉』である前提条件が崩れたことになる。

猟師たちの戦闘力を安く踏んだのか、それとも勢力の均衡を崩す山賊側の戦力増加が彼らの自信を強めたのか、定かなところは誰にもわからない。

きわどい殺し合いまではいかずあっさりと撃退できたことに村人たちは安堵したようであったけれども、それで自村の自警力を過大評価して猟師たちがいれば大丈夫などと無責任な『安心』を口にしている彼らの姿は、端から見ていて相当に危うい。

いままで『物覚えのいい子供』ぐらいに思っていた存在の意外な活躍がなければ、かなり危ういことになっていたと察している猟師たちは、村人たちの軽々しい雰囲気にまったく迎合していない。

猟師たちが重苦しく口をつぐむ中、山賊撃退戦の立役者となった『村のアルテナ』様が父親の袖を引っ張った。


「…あいつら、何が目的だったのかな」


父のウォルドは息子の不安げな様子を見て、少し考えた後に「そうだな、理由が分からんな」と、子供扱いせずにちゃんと応じる姿勢を見せた。息子のちょっと異常なほどの必中能力がなければ、戦いは随分と苦しいものになったに違いないと父も分かっているのだろう。


「エディ、すごく活躍したんですって!?」


ざわつく村人たちの間を割って、レネ嬢が駆け寄ってきた。

振り返りざま抱きしめられて、体格差から少し持ち上げられてしまった彼は、宙ぶらりんになった足をばたつかせて抗議した。


「お父様が呼んでるの。猟師の人たち全員、村の会所まで来てほしいって」


彼をハグしたまま、レネ嬢はそこに集まっていた猟師たちに伝言を伝える。

そうして山賊との戦闘に立ち会った当事者たちは、この唐突な襲撃の『理由』を知ることとなった。




「…皆にはまだ伝えるべきではないと思っていたのだが……このようなことがあったうえは隠してもためにならぬと判断した」


村長でレネ嬢の祖父であるラウル・ルドンネ翁の目配せで、会所に集められた者たちの前に二人の男が姿を現した。

村では敬意を払われている村長が、その二人には率先して礼を示す。村長が譲った会所の上座……一段高い演台に、その二人が立った。

その姿を見て仰天した彼が父親の背中に身を隠すよりも先に、演台の上の二人から即座に発見される。金髪優男が彼を凝視したまま何かを言いかけて、少し後ろに控えていた騎士様に制される。


「ハウリアの聖樹から分かれた青き血のハウル王の第二子、ナルニウス殿下であられる。こちらはザウサウレン公爵閣下……常ならば直にお目にかかることもできない高貴な方々である。いまは非常のときと謁見を許されただけであるゆえ、田舎者が無作法をせぬようしばらく口をつぐんでおきなさい」


村長に釘を刺されるまでもない。

誰がこのやばそうな人たちに気軽に声をかけるものか。


「ハウル王が二子、ナルニウスである」

「貴村の格別な厚意には感謝して余りある。それがしはザウサウレン家が当主、ダレス・ユークッド・ザウサルレンである」

「わがルドンネ家は、祖先が交わした王祖との高貴なる約定を守るため、畏れ多くもお二方をお匿い申し上げた。…この際皆にはっきりと申しておくが、先ほどの賊の襲撃は、まさにこのお二方のお命を頂戴せんがための狼藉とみて間違いはない」

「………」


むろん事の真相に初めて接した猟師たちには言葉もない。もともと野山を駆け回って魔獣を狩るガテン系の男たちであるから、しゃらくさい考えは浮かびようもない。

ただ突きつけられた現実を受け止めるために、彼らは狩猟の女神アルテナのまじないをつぶやいて、おのれを落ち着かせるためにゆっくりと息を吐いた。


「王都での騒動はこのような田舎にはなかなか伝わっては来ぬが、先年、病の床に臥されていた国王陛下がお隠れになられた。内廷での後継争いでお命を狙われたナルニウス殿下はやむなく都を落ち、フォルトゥーヌスのお導きによって奇しくも当村に身を寄せられることになった。…ルドンネ家は、祖先の約定に従い、かなう限りの合力をする誓いをいたした」


村は村長であるルドンネ家当主の支配するところである。

村長がそのように決定したのだとすれば、あとはもう従うしかない。村人たちは遠かれ近かれ血のつながった親族に等しい。その血の結束こそが、村の力の源泉でもあった。

えっ?

この怪しい人たちに協力するの?

村長の言葉に呆然と立ち尽くす彼に、第二王子と判明した金髪優男が、世話焼き娘の母性をくすぐるような所在なさげな微笑みを送ってくるのだけれども、あいにくとそういう需要は彼の中にはないので華麗にスルーする。

ちょっと、まさかの展開になってきた。

可能性は考えつつも、そうなるとは思いたくなかった展開であった。


「他の村人にはみだりに口外せぬように。誰なのだと聞かれたときは、ルドンネ家の遠縁の客人と答えておいてほしい。…それでは殿下、公爵閣下、しばらくは手狭かと存じますが我が家の離れにて……世話には若い娘をつけますので」


秘密の話はそれで終わりだというように、村長は二人を促して退室しようとする。

公爵閣下が姿を隠すようにフードを目深に被って王子の背中を押したのだけれども、抵抗するように動かないのでおやっというように顔を上げた。

王子が食い入るように見つめる先に、例の少女がいることに気付いて、しわい顔になる。


「殿下…?」


動こうとしない王子に、村長のほうも怪訝げな顔をする。

同じように王子の視線の先を目で追って、そこにいる孫娘の婚約者の姿に目を止めた。そうしてああなるほどと、仕方がなさそうにため息をついた。


「世話に付ける娘であるなら、あ、あの娘にしたい」


穴があったら入りたいぐらいの公開処刑だった。

「娘」といわれて猟師たちも『そう間違われてもしょうがない』人物の存在に気付いて……口を開くわけにもいかなかったので、互いに生暖かい笑みを交わした。


「ちょっ…!」


抗議しかけた彼の口を父が慌ててふさいだ。

もがもがと暴れる息子をがっちりと確保したまま、強制退場と相成った。

後ろのほうで、


「殿下にお世話にはわが孫娘を当てようかと」


と村長の声が聞こえた。

どうやらあの厄介な客人の世話は、わが婚約者の任となったようだ。

偶然であるだろう貴種の訪いに、最大限の歓待を示すために年頃の娘を差し出すというのはどこの世界にもある話なのかもしれない。

もしも娘に貴種の手がつけば、それはそれで家に王家の血を迎え入れる名誉だと村長なら考えているのかもしれない。これは世にいうNTR(寝取られ)という展開なのかもしれない。

王子が何やら騒いでいるのも聞こえた。

公爵閣下が諌めているのも聞こえた。

わが婚約者に執着らしい執着などしたこともなかったのに、こういうときだけ胸の中がもやもやするのはどういうことなのだろう。われながら身勝手すぎるのだけど。




その日の夕食から、レネ嬢の姿がなくなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ