~暗黒の魔女~ 三章・宴の終わり 「47.それぞれの戦い」
シャロンのつくりだした森の中で、オリバーや仲間たちはそれぞれが幻と戦っていました。一人で戦っている仲間もいれば、共通の幻が見えているために二人で戦っている仲間もいるようです。
オリバーはシャロンが作りだした、闇の魔術師レジオンの幻と戦い続けていました。
「『グレイブ!』」
オリバーが放った黒い閃光は、レジオンの体を貫きました。レジオンの幻は苦しそうに顔をゆがめました。
(幻とはいえ、向こうにも感覚はあるようだ…真っ向勝負をしろと言うことなのか…)
オリバーが心の中でそう思った瞬間、レジオンが叫びました。
「『オルクス!』」
オリバーはとっさに防御の魔力線を張りました。そして、レジオンの魔術を跳ね返します。レジオンの幻がオリバーに語りかけてきました。
「どうやら腕をあげたようだな、ローゼンハイン。私はあの時、地下王宮で敗れはしたが、貴様自身との勝敗はまだ決していない。今こそその時だ。」
オリバーは鼻で笑って言いました。
「たかが幻が大層なことを言うな。仮にお前が本当の魂を植え付けられたものなのだとしても、お前の時間はあの時で止まっている。その間に俺はいろいろなものを手に入れた。今のお前を簡単に葬り去るためのすべもな!」
オリバーが熱を込めると、レジオンは不敵に笑いました。
「フフフ、よかろう。やってみるがいい。」
オリバーとレジオンはほぼ同時に叫びました。
「『カースアタック!』」
二人が放った黒い光は二人のちょうど中間地点でぶつかり、互いに押し合いを始めました。
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一方、イザベルはこれまでに見たこともないような鬼のような形相で幻と対峙していました。彼女の目に見えている幻は…、
「宮廷魔術師、レイ…。いいえ、ゾフィー・ブラッハー。」
イザベルがつぶやくと、ギル大臣とともに葬った悪の宮廷魔術師レイの幻は少し驚いたように言いました。
「あらあら、見破られるとは思わなかったわね。そう、わたくしはギル大臣様の手で復活させられるよりもずっと前、このリバー王国で権威をふるっていた頃のわたくしよ。あなたの曾祖母、伝説の魔女、イザベル・ローランの手によってこの世から消されたゾフィー・ブラッハー。それも、魔力が最も強かった頃の姿でよみがえったわ。ギル大臣様も、わたくしの魔力を完全に回復することはできなかったけれど、今は違う。」
そう言った後、ゾフィーは古代語で何かを高らかに叫びました。すると、真っ赤な稲妻がイザベルのすぐ足もとに落ちました。しかし、イザベルは微動だにしません。そんなイザベルを見て、ゾフィーは笑いました。
「まあ、気丈だこと。…あなたにいいことを教えてあげるわ。確かにわたくしは伝説の魔女に敗れたわ。でもね、それはわたくしが油断したせいなのよ。わたくしに挑戦してきた伝説の魔女を、わたくしは身動きができなくなるほどに追い詰めたわ。最期の審判を下そうとした時に、命を懸けた猛反撃を受け、命を落としたのだけれどね。ともかく、わたくしはエーベル・ブラッハーの子孫、魔力量は伝説の魔女よりも大きかったわ。その域にまでも達していないあなたに、わたくしを倒せるかしら。」
得意げなゾフィーの言葉が終わった瞬間、イザベルはいつもの笑顔に戻りました。そして、静かに言いました。
「魔力量だけがすべてではありません。一年半前だって、あなたは闇の魔術を使えたという時点で私よりも多くの魔力を持っていたはずです。それなのに、私たちに敗れた。つまり、あなたは何度も自分よりも弱い相手に油断して負けているということになりますね。ですから、私も一歩も退くつもりはありませんよ。」
ゾフィーはイザベルの言葉に、顔を真っ赤にしました。
「おだまりなさい!たかが小娘の分際で…すぐにあの世に送ってあげるわ、覚悟なさい!」
「あらあら、そんな負ける者が言いそうな言葉を…。」
イザベルはまた表情を引き締めると、ゾフィーの幻と戦い始めました。
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レオンは斧槍を振りまわしています。
「へっ、幻とはいえ、親父と戦うなんて、いい気持ちはしねぇもんだぜ!」
「まったくですよ、レオンさん。私もまさかここで先代と戦うことになるとは思いませんでした。」
レイモンも剣を構えて言いました。二人にはハングリアの訓練場の先代師範である、レオンの父が見えているのです。レオンは鋭い眼光で言いました。
「共通の相手なら、複数人に幻が見えることもあるんだな。」
「ええ、どうやらそのようです。…戦いにくいのでしたら、私が一人で相手をしましょう。」
レイモンが言いましたが、レオンは首を振りました。
「今二人で戦っても勝てるかどうかわからねぇのに、おめぇ一人に任せられるわけがねぇだろう。俺は洗脳されていた俺の教え子を、この手で、俺自身の手で殺してしまった。…これ以上教え子が死ぬところなんて見たくねぇんだよ。」
レオンの目には涙も光っています。レイモンはレオンの肩に手を置きました。
「…先生のお気持ちを察せられず、申し訳ありません。さあ、共に頑張りましょう!」
「ああ、そうだな。覚悟しやがれ、親父!」
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一方、パトリックとロジェにも共通の相手が見えていました。
「まったく、君としては戦いにくいだろうね、ロジェ。君の父である、シリル・カリエールが相手なんだから。」
パトリックが気の毒そうに言いましたが、しかしロジェの目には怒りの炎が宿っています。
「いいえ、パトリックさん。こんなやつは、僕の父親ではありません。仮に見えているのが本物だとしても、です。この男は僕の母を見捨てました。母が死んで、僕もしばらくは路頭に迷うことになったんです。本当ならこんな槍も持っていたくはないんです。でも、僕はこの槍をこの男を倒すために使います。きっとそのために僕はこの槍を持っているんだと思います。」
ロジェの言葉をきいて、パトリックはホッとしたようです。
「それをきいて安心したよ。何しろ、私もシリルにはいっさい手を抜くつもりがなかったからね。私の師を決闘で負かした相手なんだ、その無念を晴らすのは私の使命だ。さあ、ロジェ。共に全身全霊を懸けて戦おう。だが、本物のシリルは魔神憑きだ。一筋縄ではいかない相手だからね、そこは幻とはいえ、油断してはいけないよ?」
「はいっ!」
二人は視線を交わすと、パトリックは剣を構え、ロジェは槍を抱え、シリル・カリエールの幻に向かって行きました。
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共通の相手が見えているのは、チュンフェイとヨウフェイも一緒のようです。
「兄さん…こんな形では逢いたくなかったヨ。」
ヨウフェイが悲しそうに言いました。二人にはシャロンによって殺された兄が見えていたのです。
「正直、あんなに強かった兄さんには勝てるかどうかわからないネ。でも、ヨウフェイと姉さんが力を合わせれば絶対に負けないネ!さあ、行くよ、姉さん!」
チュンフェイも頷き、二人は兄の幻に向かって行きました。その様子をヘルガが近くで見ていました。
「頑張るのよ、二人とも…。…さあ、私たちも決着をつけなければなりませんね、ギル大臣。」
ヘルガの視線の先には、悪の大臣、ギル大臣がいました。それも、ヘルガの父であるヨーゼフ王を殺害した当時のギル大臣のようです。
「ギル大臣、あなたはなかなかの剣の使い手であったとも記憶しています。魔術など使わず、正々堂々剣で戦うのが筋というものではないかしら?」
ヘルガの言葉に、ギル大臣は不敵に笑いました。
「ふふ、いいだろう。だが私に勝てるなどとは思わないことだ。」
その言葉を受け、ヘルガもまた不敵な笑みを浮かべました。
「それはあなたもですよ、ギル大臣。私の剣術はフランツ殿譲りのものなのですから。…さあ、勝負よ!」
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マチルドとビアンカは比較的近いところで戦っていました。
「おーい、ビアンカ!お前には何が見えてるんだ?」
マチルドが声をかけると、ビアンカは脹れっ面をしました。
「むー!よくわかんないけど、オーベルクにあった店の店主だよ!」
「はぁーっ?」
マチルドは素っ頓狂な声をあげました。ビアンカは続けます。
「いっつもご飯食べて、ツケ払いにしといてもらって一回も払わないうちに死んじゃったからね、きっとそれで化けて出て来たんでしょ?あーもう、こんなに強い人だったの?剣の扱いがやたらとうまいんだよ!」
マチルドは困ったような顔をしました。
「いや、これは幻だろぅ?化けて出てきてるわけじゃ…。」
「そんなことよりマチルド、あんたには何が見えてるのさ!」
ビアンカがきくと、マチルドは悲しそうな表情を見せました。
「山賊団の親分だよぅ…。因縁の相手が見えてる、っていうけど、全員死んじゃった相手が見えてるだろぅ?だから、きっとあたいの親分も死んじゃってるんだ…。」
「バカなこと気にしてるんじゃないの!たとえどうであれ、幻はあんたを殺す気で向かってきているんだよ?悲しむのは戦いが終わった後にしなさいよ!」
ビアンカに言われ、マチルドはムッとしたように返しました。
「そっ、そんなことは言われなくてもわかってるよぅ!ちくしょう、あたいの親分を返せーっ!」
マチルドは大声をあげると、再び幻に向かって行きました。ビアンカは少しだけホッとしたようです。
「はぁ、やけくそだって元気をなくすよりマシだよね。」
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ラルフは顔を真っ赤にして不慣れな剣をふるっています。そこへ、鬼のような形相のアリスとエミリーが愛馬を走らせてきました。二人はラルフのすぐそばで馬を止めると、辺りを見渡しました。
「くっ…どこへ隠れた!」
「必ず近くにいるはずです、お姉さま!…あ、ラルフさん!大丈夫ですか?」
エミリーがラルフに声をかけました。
「けっこう大丈夫じゃないね。まさか僕の相手が、ギル大臣がいた頃にトリポートに派遣されていた駐屯兵の隊長だとはね。」
ラルフは息を弾ませながら言いました。
「うむ…。お前は駐屯兵を毛嫌いしていたものな…。その統括者が出てきてもおかしくはあるまい。」
アリスもそう言いました。ラルフは剣を振りまわしながらききました。
「そう言えば、アリスさんたちにはいったい何が見えているんですか?」
その質問をきいて、二人の眼光はまた鋭くなりました。
「…熊、殺人熊だ。」
「ええっ!?」
アリスの意外な答えに、ラルフはびっくりしました。アリスは殺意のこもった目のまま続けました。
「吾れらの狩人小屋の近くに十年前に現れた熊だ。以前から近隣の村を襲っていた、危険な熊だった。狩人だった吾れらの両親はその熊に殺されたのだ。」
エミリーも続けます。
「初めはお母さまが殺されたのです。木の実の採集をしていた時にわたくしたちの前に現れ、お母さまはわたくしたちを逃がした後で熊の鋭い爪によって…。その後、お父さまはお母さまの仇を取ろうと熊と戦い、お父さまも命を落としましたが、お父さまの遺体のすぐそばに、胸に毒矢を撃ちこまれた熊の亡骸も転がっていたのです。」
突然二人の過去をきかされ、ラルフは何も言えませんでした。
「…む、エミリー、いたぞ!あそこだ!さあ、行くぞ!」
「はいっ、お姉さま!」
二人は再び愛馬を走らせてその場から離れて行きました。ラルフも口元を引き締めました。
「…僕も頑張らなきゃな。さあ、来い!トリポートの人たち全員の恨みをここで晴らしてやる!」
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ペーターは顔を真っ赤にして幻と戦い続けています。そこへ、ハンスが近づいてきました。二人は背中をぴったりと合わせ、話し始めました。
「ペーター、何が見えてる?」
ハンスがきくと、ペーターは弱ったように答えました。
「兄さんッスよ…。俺も経験を積んできたつもりッスけど、やっぱり兄さんは強いッス!先輩には何が見えてるッスか?」
ハンスは静かに答えました。
「俺の村を焼き払った、魔術師だよ。一年半前に先生が倒したネクロマンサー。まあ、俺の家族も家も友だちも焼き払った、因縁の相手だからな。」
ペーターはびっくりしました。
「ええっ!?じゃあ、先輩、つまりは魔術師と生身で戦っているってことッスか!?もしくは、あいつはネクロマンサーだから動死体を繰り出してきているとか…。」
しかし、ハンスは首を横に振りました。
「いや…ネクロマンサーは魔術も使ってこないし、動死体も繰り出してこない。それどころか…槍で戦っているんだ。」
ペーターは自分の耳を疑いました。
「ネクロマンサーが魔術を使わないで戦うなんて…そんなバカなことがあってたまるッスか!」
「だよなぁ、俺もそう思うんだよ。なあ、ペーター。何かお前の兄さん、変なところないか?俺にはネクロマンサーの幻しか見えないからな。他のみんなも、自分が戦っている幻以外は見えていないだろうし。」
ハンスに言われ、ペーターはじっと兄の幻を見ました。
「そう言えば…あの剣、兄さんがいつも使っていたものと全然違うッス!兄さんの剣は、持ち手の部分が魔獣の血のりでいつも真っ赤になっていたッスからね。『刃の部分はすぐに手入れしなければならないが、持ち手の血のりをそのままにしておくのは、憎い魔獣どもを倒した証だ』って言っていたッスからね。あんな綺麗な剣を使っているわけがないッス!」
ハンスは考えこみました。
「つまり、あの幻は本当に俺たちを抹殺しようとして向かってきているわけじゃないってことだ。ネクロマンサーが魔術を使ってきたら俺なんてひとたまりもないし、因縁の相手や関係の深い相手なら、ペーターの場合、マティアス隊長が相手でもおかしくないわけだろ?それならペーターだって瞬殺されちゃうだろ?」
「ううーん、反論したいことだらけッスけど、まあそうッスよね。じゃあ、シャロンの目的はいったい…。」
ペーターも考えこみました。やがて、二人は同時にハッと顔をあげました。ハンスが叫びます。
「まさか、時間稼ぎ!シャロンが何かの目的のため、俺たちを引き離して釘づけにするための時間稼ぎ…。だから俺たちを戦いの前にばらけさせたんじゃないのか?」
ペーターは鋭い目で辺りを見渡します。
「でも…いったい誰と誰を引き離すんスか?見たところ、先生も、イザベルさんも、パトリックさんさえもロジェと組んで幻と戦っているみたいッスよ。…んっ?ロジェ?何でパトリックさんはモニカと組んでいないんスか?」
「それは、きっとパトリックさんとロジェには共通の相手が見えてるからじゃないのか?あの二人なら、ロジェの父親のシリル・カリエールという人が共通の相手になりうるじゃないか。」
ハンスが言いましたが、ペーターは納得がいかないようです。
「でも、こういう時にモニカがパトリックさんから離れたがるッスかねぇ…。と言うか、モニカはいったいどこに…ああっ!先輩、あれを見るッスよ!」
ペーターはモニカを見つけて指をさし、大声をあげました。ハンスもペーターが指さす方を見てびっくりしました。
「あれは…シャロンじゃないか!ローズとモニカがシャロンと戦っている!」
「ローズとモニカだけじゃないみたいッスよ。アンドレアスも一緒に戦っているみたいッス。これは一刻も早く助けに行かないと…うわっ!」
ペーターがローズたちの方へ走りだそうした瞬間、それまでペーターの様子をうかがっていた彼の兄の幻が一気に攻撃を仕掛けてきました。ハンスもまた、ネクロマンサーの攻撃を受けているようです。ペーターが悲鳴に近いような声をあげました。
「くっ…、これじゃとても助けになんて行けないッスよ!」
ハンスはやれやれと肩をすくめ、ペーターに言いました。
「だから、これは時間稼ぎなんだよ!幸い、アンドレアスもいるんだから、ローズたちもまだしばらくは持ちこたえられるはずだ。それならこの幻を倒してから助けに行く方が早い!」
仲間たちはそれぞれが因縁の相手と戦っています。しかし、ハンスとペーターはシャロンの真意に気がついたようです。
次話では仲間たちの中にも徐々に幻を倒す相手が出てきます。しかし、倒し終えた瞬間、その仲間は身動きができなくなってしまうようですが…?どうぞお楽しみに!
ちなみにマチルドがいた山賊団の親分は、少し前に病気で亡くなりました。多くの山賊のほか、彼らの恩恵を受けていた村人たちも見守る中、静かに息を引き取ったようです。
では次話をお楽しみに!




