第15話:太陽系包囲網、和也の究極選択(後編)
「……消去、だと? 勝手に俺の人生を『ゴミ箱』に入れんじゃねえよ」
監査機構の旗艦から放たれた最終防衛プログラム。それは佐藤和也という存在を、過去の記録、人々の記憶、そして宇宙の因果律から抹消しようとする、究極の「存在定義の削除」だった。
和也の輪郭が、デジタルノイズのように薄れ、透けていく。月面の砂が、彼の体を通り抜けて落ちた。
『マスター! 存在確立維持率、5%を切りました! このままでは、貴方は「初めからいなかったこと」にされてしまいます!』
エリスとムサシが、光の鎖となって和也の意識を繋ぎ止めようと必死に叫ぶ。だが、宇宙のルート権限を持つ監査機構の力は、あまりにも強大だった。
「和也さん! 消えないで! 私が、如月重工の全資産を投げ打ってでも、あなたのサーバーを維持してみせるわ!」
怜奈の絶叫が、ノイズだらけの通信機から響く。
「和也くん、私の脳を全部使っていいよ! あなたのバックアップ、私の記憶に書き込んで! 忘れない、絶対忘れないから!」
結衣が、自らのニューラルリンクをオーバーヒートさせながら、和也の断片を必死にログに刻み続ける。
意識が遠のく中、和也は笑った。
その脳裏に浮かんだのは、札幌の雪、畳の香り、そして共に戦い、笑い合ったヒロインたちの顔。
「……監査機構(お前ら)。……エンジニアに『不可能』って文字を突きつけるなら、もっとマシなバグを用意しろ」
和也は、消えゆくスマホの画面を、最後の一力でスワイプした。
彼が仕掛けたのは、自分自身の「復元」ではない。
「――再配布開始! 俺の権限を、地球にいる全員に『管理者』として譲渡する!」
『……なっ!? 個体への権限譲渡だと? そんな非論理的な分散処理は……!』
監査機構が初めて狼狽を見せた。
和也が持っていた始祖文明の管理権限が、怜奈、結衣、凪、アリス、セレス……そして地球上に生きる全ての人々の意志へと細分化され、配布されたのだ。
一人の人間を消すことはできても、数億の「管理者」を同時に消すことは、宇宙のOSであっても不可能。
「――これが、俺の考えた『オープンソース』だ!」
瞬間、銀河全域に広がっていた監獄の艦隊が、一斉にシステムエラーを起こして爆散した。
数億の意志という名の「同時多発的なデバッグ」に、監査機構のOSが耐えきれず、完全にクラッシュしたのだ。
月面に、静寂が戻る。
和也の体は、黄金と漆黒の粒子となって霧散した……かに見えた。
「……あー、腰が痛え。……さすがに400%のオーバークロックは、人間にさせるもんじゃねえな」
光の中から、ボロボロのパーカーを着た、いつもの和也がゆっくりと這い出してきた。
エリスとムサシ、二人のAIもまた、実体化を維持したまま彼の両脇を支えている。
「和也さん!!」
「和也くん!!」
ヤマトから飛び出してきた怜奈と結衣が、和也に泣きながら抱きつく。凪は剣を納め、静かに涙を拭い、アリスは満足げに肩をすくめ、セレスは祈るように微笑んだ。
『マスター。……監査機構のメインフレームは、一時的に「スリープモード」に移行しました。……私たちが、新しい銀河のルールを書くための、十分な時間が稼げましたよ』
エリスが和也の耳元で、かつてないほど穏やかに囁いた。
「ああ。……でも、まずは『再起動』だな」
和也は、ヒビだらけのスマホを空に掲げた。
月面のクレーターから見上げる、青い地球。
そこには、誰にも管理されない、自分たちの手でデバッグしていく、新しい未来が広がっていた。
「……さて、野郎ども。……地球に帰って、最高の『打ち上げ』と……溜まりに溜まったバグ修正(仕事)を始めるぞ!」
ヤマトとムサシ。二隻の巨艦が、黄金の軌跡を描いて地球へと帰還する。
最強エンジニア・佐藤和也。
彼の「銀河書き換え物語」の第一章は、ここに完全な勝利を以て、幕を閉じた。




