第8話:火星の紅い森、銀河の影(前編)
地球連邦の設立から一ヶ月。
世界は劇的な変貌を遂げていた。和也の提供したナノマシン技術により、環境汚染は急速に改善され、人類の関心は「隣国との国境」から「隣の惑星」へと完全に移行していた。
空中要塞アーク・ニッポンのドックに停泊しているのは、和也がエリスの設計を元に作り上げた、人類初の恒星間航行予備艦『イズモ』。
全長五百メートル、白銀の装甲に包まれたその船体には、和也、エリス、そして四人のヒロインたちが乗り込んでいた。
「……信じられない。一ヶ月前までは、火星に行くなんて数十年先の話だと思っていたのに」
艦橋の椅子に座り、怜奈がコンソールを眺めて呟く。彼女は今、地球連邦の経済運営と、このプロジェクトの総指揮を担っていた。
「エリスの技術と、結衣の演算処理、それに凪さんの統制力があれば、不可能じゃない。……だろ、エリス?」
『マスター。計算上、火星までの所要時間は三時間十四分。……既に先行して射出したテラフォーミング・ポッドが、火星の北半球を「森」へと変え始めています』
和也の言葉に、エリスがホログラムで応える。
その隣で、新しい「軍用グレード」の猫耳デバイスを装着した結衣が、鼻歌交じりにキーボードを叩いた。
「和也くん、イズモの重力ドライブ、出力120%まで上げてもいい? 早く火星の土を、このナノマシン製のスコップで掘ってみたいんだよね!」
「結衣、遊びに行くのではない。火星の地下に検知された『異常重力源』の調査が主目的だ」
東條凪が、軍服をさらに機能的にした黒のパイロットスーツ姿で結衣をたしなめる。彼女は現在、イズモの防衛と実戦部隊の隊長を兼任していた。
「まあまあ、いいじゃない。……ねえ、和也。もし火星に『先客』がいたら、私が真っ先にインタビューしてあげてもいいわよ?」
アリスが、体に密着する宇宙服を妖艶に着こなしながら、和也の肩に手を置いた。
イズモが宇宙空間へと突き進む。
窓の外、青かった地球がみるみるうちに小さくなり、代わりに赤茶色の惑星――火星がその姿を大きくしていく。
だが、今の火星は、かつての死の惑星ではなかった。
北極冠から広がるのは、目にも鮮やかな「紅い森」。エリスが火星の土壌に合わせて品種改良したナノ植物たちが、爆発的な勢いで大気を生成し、地表を覆い尽くしていた。
『マスター。目標地点……タルシス三山付近に接近。……検知した重力源は、地表から五キロメートルの深層に存在します。……不可解です。この波形、私の知る帝国の技術体系とも、地球の自然現象とも一致しません』
「……エリスでも分からないことがあるのか」
和也は表情を引き締めた。
イズモが紅い森の上空で静止し、調査用の中型艇が発進準備に入る。
「よし、俺が直接行く。凪さんとアリス、付いてきてくれ。怜奈と結衣はイズモでバックアップを」
「気をつけて、和也さん。……嫌な予感がするわ」
怜奈の言葉を背に、和也たちは火星の地表へと降り立った。
紅い葉が舞い散る森を抜け、岩壁に開いた「不自然な幾何学模様の入り口」の前に立った時。
和也のスマホ……エリスの本体が、これまで聞いたこともないようなアラート音を鳴らした。
『――全回路、緊急防衛モードへ移行! マスター、離れて! これは……これは「帝国」よりも古い……銀河の『終焉』の記憶です!』
暗い穴の奥から、蒼白い、冷徹な光が漏れ出してきた。




