第18話 観測者は、誤差を見逃さない
礼拝堂の外。
リィナは、扉から少し離れた位置で立っていた。
風は弱い。
周囲に、不自然な魔力の揺らぎはない。
だが――
(中で、接触した)
感じたのは、一瞬。
強い魔力ではない。
むしろ逆。
**“変化がなさすぎる”という違和感。**
普通、戦闘が発生すれば魔力は乱れる。
強化魔術、攻撃魔術、防御反応。
必ず、痕跡が残る。
だが今回は違った。
まるで――
**何も起きていないかのように、静かだった。**
(ありえない)
リィナは、目を細める。
対象は、訓練された戦闘員。
一般人ではない。
それを相手に、魔力反応がほぼゼロ?
(偶然では説明できない)
扉の向こうから、足音が近づく。
軋む音。
そして――
ラウルが、何事もなかったかのように外へ出てきた。
「終わった」
短い報告。
「……状況は?」
「二人。
一人は逃走。もう一人は中で気絶してる」
呼吸は乱れていない。
外傷もない。
戦闘直後の人間の状態ではなかった。
「予想より、あっさりしてた」
ラウルはそれだけ言う。
リィナは答えず、彼を見る。
(魔力反応――検出不能)
存在しているはずなのに、観測できない。
空白。
観測者にとって、それは異常を意味する。
「……何か、感じた?」
試すように問う。
「転移を使われた」
即答。
「逃げられた」
「追えた?」
「追えた」
だが。
「追わなかった」
リィナの視線が、わずかに鋭くなる。
「なぜ」
「目的は確認だったからだ」
迷いのない答え。
合理的。
そして――
(判断も、正常)
異常なのは、力だけ。
それ以外は、極めて安定している。
それが、最も危険だった。
「……そう」
リィナは短く答える。
そして、礼拝堂へ視線を向ける。
(特異点)
観測不能領域。
記録と現実の、ズレ。
彼は――
世界の“外側”に立っている。
「ラウル」
名を呼ぶ。
「なんだ」
「今回の任務は、成功よ」
それは事実。
だが同時に――
新たな問題の始まりでもあった。
(想定を、修正する必要がある)
観測者として。
彼を、再定義しなければならない。
リィナは静かに息を吐いた。
世界は、まだ彼を正しく認識していない。
だが――
観測は、すでに始まっている。




