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春人が目を覚ますと、窓の外は既に日が高く、村の薄曇りの空が白く広がっていた。重たく鈍い頭痛はすでに消えていたが、心の奥に何かが沈殿しているような重さだけは拭えなかった。
村に到着したその夜、椿と身体を重ねた。
思い出そうとするたびに、椿の柔らかな髪の香りと、熱を帯びた瞳が脳裏に蘇る。けれど、それと同時にどこか――抗えない圧のようなものが胸を締めつけた。
椿は優しかった。けれど、優しすぎた。
それはまるで、春人という存在を何か特別なものとして扱っているかのような手つきだった。
まるで、春人の中に何か別のものを見ていたかのように――。
「……春人くん。今の椿姉さんには……気をつけて」
昨夜の椿の言葉が妙に脳裏に浮かんだ。
村の人々はその日も変わらぬ笑顔で春人に接した。
朝市のような場所を訪れると、老婦人が野菜を渡してくれる。若い男たちが「戻ってきてくれて良かった」と肩を叩いてくる。
どこか違和感があった。誰も彼も、春人を“個人”としてではなく“帰ってきた何か”として歓迎しているような――そんな気がした。
そして、午後。
椿がまた村長宅の縁側に現れた。膝に載せていた編み物を脇に置き、にこやかに春人に声をかける。
「春人くん、昨日もよく眠れた?」
その問いかけに春人は曖昧に頷きながらも、昨日のことを口にする勇気はなかった。
「ねぇ……私ね、春人くんが戻ってきてくれて、本当に嬉しいの」
言葉の響きは優しかった。
でも、その瞳は笑っていなかった。
どこか、張り詰めた、狂気すれすれの輝きがそこに宿っていた。
「ずっと、信じてたの。あなたがあの時……生きて帰ってきた日から。神様はあなたを選んだんだって」
椿の指が、春人の手にそっと触れる。
ぞくり、と背筋が粟立つ。
けれど、それを振りほどくことができなかった。
「お願いね、春人くん。次の祭りで、あなたが――この村を救ってくれるの」
椿の言葉に、春人は思わず息を呑んだ。
救う? 何から? 誰を?
そもそも――誰がそんな役割を望んだ?
そんな疑問が浮かんだ直後だった。
春人の脳裏に、また“あの光景”が、フラッシュバックのように蘇った。
真っ白な花。
死骸の山。
その中心に、根を伸ばし、うごめく何か。
「っ……!」
頭を押さえる春人に、椿はすぐに駆け寄る。
「春人くん、大丈夫?……ごめんね、まだ記憶が戻らないのね。でも、いつかすべて思い出す。そうしたらきっと、わかるわ。私たちの役目が」
椿は静かに春人の頭を胸に抱き寄せた。
春人の視界の中、また白い花弁がゆらりと舞うような幻覚が揺れていた。




