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『村ノ掟』  作者: 雨徒然
24/27

3-7


 村長宅を辞してから、春人は一人、夕暮れの道を歩いていた。日が傾きかけた空は、春の名残と夏の気配が入り混じった淡い朱に染まり、薄く伸びた影が足元に揺れる。懐かしいはずの村の風景も、今の春人にはどこか遠いものに思えた。


 ふと、路地の先に人影が現れる。

 髪を一つにまとめ、薄手のカーディガンを羽織った少女。

 春人の足が止まる。


「……真希?」


 声に出すよりも先に、目がそれを認めていた。

 真希は、少し驚いたような顔をして立ち止まり、そして何かを飲み込むように目を伏せた。


「噂になってたけど、本当に帰ってきたんだ」


 最初に口を開いたのは真希だった。

 春人はうなずこうとして、喉の奥に詰まった何かを感じた。


「……ただいま」


 それは、小さく震えるような声になった。

 沈黙が、二人の間に生まれる。数歩の距離。けれど、その距離以上に、言葉にできない時間が二人の心を隔てていた。


「……あたし、会うの、ずっとやだと思ってた」


 ぽつりと真希が言った。

 春人は眉をひそめる。


「ごめん」


 謝罪の言葉が自然に口をついて出る。しかし、それは何に対する謝罪なのか、春人自身もはっきりとはわからなかった。


「覚えてる? あの日、あたし、止めたんだよ。神社に行くなって。楓と二人で、何度も言ったのに」


 真希の声がかすかに震えていた。


 春人は黙ったまま、頭の奥であの日の夜を辿ろうとする。

 けれど、やはり浮かぶのは、あの美しい花の残像だけ。真希の言葉も、涙も、必死に止めようとした叫びも、霞がかかったように曖昧で掴めない。


「記憶がないわけじゃないんだ。でも、あの日のことはよくわからないことばかりで……突然村を出ることになったのは俺が悪いけど、思い出せないことがあるんだ」


 絞り出すように春人が言うと、真希は唇を噛んだ。


「……そっか」


 彼女は笑ってそう言った。けれどその表情はどこかぎこちなく、悲しみとも怒りとも言えない、複雑な色を浮かべていた。


「でもさ、今度はちゃんと、儀式……受けるんでしょ?」


 その言葉には確認とも、試すような響きとも取れるニュアンスが含まれていた。

 春人は一瞬返答に詰まる。真希の瞳が、まっすぐに自分を射抜いてくる。


「……たぶん」


 絞り出した答えに、真希はまた少しだけ笑って、視線を逸らした。


「そっか。……なら、いいや」


 風が吹き抜ける。真希の髪が、春人の記憶の中の少女と同じように揺れた。

 あの頃と変わらない部分と、変わってしまった部分が、痛いほど胸を締めつける。


「じゃ、またね。……バカ春人」


 背を向けて歩き出した真希が、ぽつりとつぶやくようにそう言った。

 春人はただその背中を見送ることしかできなかった。


 彼女の肩越しに沈みゆく夕陽が、どこか寂しげに村の輪郭を照らしていた。


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