2-1
目を開ける直前、音のない夢を見ていた。
風もなく、音もなく、ただ一面に花が咲いていた。
白く、青白く、半ば透けているようなその花々が、淡く呼吸するように揺れていた。
その中心に、何かが横たわっていた。
誰かの輪郭をした何かが、静かに花に包まれて――
和泉春人は、はっとして目を開けた。
視界がぼやけている。
喉がひりつき、空気がやけに冷たく感じる。
肌に触れる感触――土と、湿った布と、なにか強くて硬いものに抱きかかえられている。
「……春人!」
その声に反応するより先に、温もりのある腕が強く身体を引き寄せた。
頬が硬い胸板に押しつけられ、春人はようやく自分が誰かの腕の中にいることを理解した。
「春人……! 目を覚ましたんだな……!」
――父の声だった。
ゆっくりと視界が明るくなってくる。
地面に座り込み、春人を抱きかかえたまま顔を覗き込む父の表情が、淡い朝の光の中に浮かぶ。
いつもは寡黙なその人が、目を見開き、目尻を震わせている。
普段の無口さからは想像もつかないほど、感情があらわだった。
父の腕の中で、春人は頭を巡らせようとした。
なぜここにいるのか。どうして父がいるのか。ここは……どこなんだ?
そのとき、背後でざわめきが起きた。
「……目を覚ましただと?」
「まさか、生きていたとは……」
「いや、しかし、あれだけ長く……」
春人の目の前には、見知った大人たちの顔が並んでいた。
村の大人たち。学校の校長先生や、近所のおじさんなど普段は笑顔で接してくる身近な人々。
その誰もが、いまは口を閉ざし、表情をこわばらせていた。
重苦しい空気があたりを包み、誰もが春人の方を見ている。
目を覚ましたことが、まるで“良くないこと”であるかのように。
「おい、大丈夫か? 春人……おい、しっかりしろ」
父の声が遠のいていく。
春人は、神社の鳥居をくぐった夜のことを思い出そうとした。
あの時、家をひとりで抜け出して、神社へ向かって――そこでーーそのあと……?
(なにが、あったんだ……)
境内。
花。
白い花。
脳裏に、あの夢のような花の映像がふっと浮かぶ。
その瞬間だった。
「っ……!」
春人は思わず頭を抱えた。
激しい頭痛が、つむじの奥から波のように広がる。
焼けつくような痛み。脳の奥が直接、握り潰されるような感覚。
気づけば、荒く息をしていた。
身体中の筋肉がこわばり、呼吸も苦しい。
「春人! どうした……!?」
父が声を上げ、背中をさするが、春人の頭痛は収まらない。
目を閉じればまた、白い花の光景が浮かぶ――そのたびに、刺すような痛みが襲ってくる。
(思い出そうとすると……ダメだ……!)
涙がにじむほどの痛みの中、春人はようやく理解した。
“あの時”の記憶は、どこかに押し込められている。
まるで誰かが――何かが――記憶に蓋をしているかのように。
やがて、痛みはすっと引いていった。
残されたのは、花の映像と、漠然とした喪失感。
春人は、父の胸に顔を埋めるようにして、もう一度まぶたを閉じた。




