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『村ノ掟』  作者: 雨徒然
10/27

2-1

 目を開ける直前、音のない夢を見ていた。


 風もなく、音もなく、ただ一面に花が咲いていた。

 白く、青白く、半ば透けているようなその花々が、淡く呼吸するように揺れていた。

 その中心に、何かが横たわっていた。

 誰かの輪郭をした何かが、静かに花に包まれて――


 和泉春人は、はっとして目を開けた。


 視界がぼやけている。

 喉がひりつき、空気がやけに冷たく感じる。

 肌に触れる感触――土と、湿った布と、なにか強くて硬いものに抱きかかえられている。


「……春人!」


 その声に反応するより先に、温もりのある腕が強く身体を引き寄せた。

 頬が硬い胸板に押しつけられ、春人はようやく自分が誰かの腕の中にいることを理解した。


「春人……! 目を覚ましたんだな……!」


 ――父の声だった。


 ゆっくりと視界が明るくなってくる。

 地面に座り込み、春人を抱きかかえたまま顔を覗き込む父の表情が、淡い朝の光の中に浮かぶ。


 いつもは寡黙なその人が、目を見開き、目尻を震わせている。

 普段の無口さからは想像もつかないほど、感情があらわだった。


 父の腕の中で、春人は頭を巡らせようとした。

 なぜここにいるのか。どうして父がいるのか。ここは……どこなんだ?


 そのとき、背後でざわめきが起きた。


「……目を覚ましただと?」


「まさか、生きていたとは……」


「いや、しかし、あれだけ長く……」


 春人の目の前には、見知った大人たちの顔が並んでいた。

 村の大人たち。学校の校長先生や、近所のおじさんなど普段は笑顔で接してくる身近な人々。

 その誰もが、いまは口を閉ざし、表情をこわばらせていた。


 重苦しい空気があたりを包み、誰もが春人の方を見ている。

 目を覚ましたことが、まるで“良くないこと”であるかのように。


「おい、大丈夫か? 春人……おい、しっかりしろ」


 父の声が遠のいていく。


 春人は、神社の鳥居をくぐった夜のことを思い出そうとした。

 あの時、家をひとりで抜け出して、神社へ向かって――そこでーーそのあと……?


(なにが、あったんだ……)


 境内。

 花。

 白い花。


 脳裏に、あの夢のような花の映像がふっと浮かぶ。

 その瞬間だった。


「っ……!」


 春人は思わず頭を抱えた。

 激しい頭痛が、つむじの奥から波のように広がる。

 焼けつくような痛み。脳の奥が直接、握り潰されるような感覚。


 気づけば、荒く息をしていた。

 身体中の筋肉がこわばり、呼吸も苦しい。


「春人! どうした……!?」


 父が声を上げ、背中をさするが、春人の頭痛は収まらない。

 目を閉じればまた、白い花の光景が浮かぶ――そのたびに、刺すような痛みが襲ってくる。


 (思い出そうとすると……ダメだ……!)


 涙がにじむほどの痛みの中、春人はようやく理解した。

 “あの時”の記憶は、どこかに押し込められている。

 まるで誰かが――何かが――記憶に蓋をしているかのように。


 やがて、痛みはすっと引いていった。

 残されたのは、花の映像と、漠然とした喪失感。


 春人は、父の胸に顔を埋めるようにして、もう一度まぶたを閉じた。


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