第2章:森の守護者と封じられた力
1節 森の奥に眠るもの
「……ヤバいな、これ。」
フォレストゴーレムを倒してからさらに森の奥へ進んだ俺たちは、霧の濃さがさらに増していることに気づいた。足元すら見えないほどの霧が立ち込め、吐く息が白く見えるほど冷たい空気が肌を刺す。
「霧だけじゃない……この感じ、何か強い魔力が渦巻いているわ。」
ティリアが周囲を警戒しながら弓を握りしめる。その目はいつも以上に鋭く、何か大きな危険が迫っていることを感じ取っているようだった。
「この森、普通じゃないことはわかってたけど、これじゃまるで……生きているみたいだな。」
俺が呟くと、ティリアは小さく頷いた。
「迷いの森には昔から伝説があるのよ。“森そのものが意思を持ち、侵入者を排除する”ってね。」
「意思を持つ森……?それって、つまりこの森が俺たちを追い出そうとしてるってことか?」
「ええ、でも逆に考えれば、それだけこの奥に“重要な何か”が隠されている証拠でもあるわ。」
「重要な何か……。それがこの霧の原因ってことか。」
俺たちは警戒を続けながら、さらに奥へと進んだ。
やがて、霧の向こうに巨大な木が姿を現した。それは他の木々とは明らかに違い、幹の太さは城の塔ほどもあり、枝は空高く伸びている。その木を中心に、森全体が広がっているように見えた。
「……あれがこの森の“中心”か?」
俺が木を見上げながら呟くと、ティリアは険しい顔で頷いた。
「ええ。間違いないわ。あの木がこの森全体の魔力を放っている……そして、霧の原因もそこにあるはず。」
「じゃあ、あの木をどうにかすれば、この霧も消えるってことか?」
「簡単にいくとは思えないけど……とにかく近づいてみましょう。」
木の根元に近づくと、さらに異様な光景が広がっていた。大地がひび割れ、その隙間から黒い霧が湧き出している。木の幹には無数のルーン文字が刻まれており、それが淡く光を放っていた。
「ルーン文字……これ、封印の跡ね。」
「封印?」
「ええ。この木には何かが“封じられている”のよ。恐らく、この森を守るために古代の魔術師たちが残したものね。」
「封じられてるって……まさか、中に何かいるのか?」
俺が不安そうに尋ねると、ティリアは少し考えてから答えた。
「可能性は高いわ。この霧も、この木から発生しているみたいだし……中にある何かが原因で、森全体がこうなっているのかもしれない。」
「で、どうするんだ?封印を壊して、中を確かめるのか?」
「それしかないわね。でも、封印を壊すということは……中に封じられているものが解放される可能性もあるわ。」
「……やっぱりそうなるか。」
俺は頭を抱えながらも、剣を握りしめる。何が出てくるかわからないが、このまま放置しておくわけにはいかない。
「大地、覚悟はいい?」
ティリアが俺を見つめる。その目は真剣そのもので、俺も思わず頷いた。
「もちろんだ。ここで逃げるわけにはいかないからな。」
ティリアが封印のルーン文字に触れ、何やら小声で呪文を唱え始める。それに合わせて木全体が低い唸り声を上げ、周囲の霧が一層濃くなった。そして――
――ゴゴゴゴゴッ……
地面が震え、木の幹がゆっくりと裂け始めた。中から漏れ出す光と黒い霧が絡み合い、空間全体を不気味に染め上げる。
「……出てくるぞ!」
俺が叫ぶと同時に、木の中から巨大な影が現れた。それは――
「……エルダードライアド!?」
ティリアが驚きの声を上げる。
エルダードライアド――それはこの森そのものを司る精霊のような存在だった。だが、その姿は本来の精霊とは違い、全身が黒いツタや霧に覆われており、その目には赤い光が宿っていた。
「やっぱり……何かに“汚染”されているわ。」
ティリアが矢を構えながら言う。
「汚染って……これ、ただの精霊じゃないだろ!」
俺が叫ぶと、エルダードライアドが低い唸り声を上げ、腕のようなツタを振り回してきた。その勢いは凄まじく、大地が砕け、木々が吹き飛んでいく。
「大地、気をつけて!普通の攻撃じゃ効かないわ!」
「おいおい、じゃあどうすればいいんだよ!?」
俺は剣を構え直しながら叫ぶ。その時、またしても頭の中にあの声が響いた。
【創造魔法】が発動します。想像したものを具現化します。
「頼む……これで決める!」
俺は“精霊の汚染を浄化する力”をイメージした。そして手の中に現れたのは、白い輝きを放つ剣――“浄化の刃”だった。
「これでいける……!」
俺は浄化の剣を手に、エルダードライアドに向かって突進した。そのツタが襲いかかってくるが、剣の光がそれを焼き払い、俺の進路を切り開く。
「ティリア、援護を頼む!」
「任せて!」
ティリアが矢を放ち、エルダードライアドの動きを封じる。その隙に、俺は全力で剣を振り下ろした――
――ズバァァァッ!!
浄化の剣がエルダードライアドの胸元を貫くと、体全体が光に包まれ、黒い霧が消え去っていく。
「やったか……?」
俺が剣を握りしめたまま呟くと、エルダードライアドが静かに崩れ落ち、その姿は霧のように消えていった。
霧が晴れ、森全体が静寂を取り戻す。濃い霧が消え、木々に光が差し込むようになった。
「……終わったのか?」
俺が息を切らしながら呟くと、ティリアが微笑みながら肩を叩いた。
「ええ、大地。本当にお疲れさま。」
「いや……本当にもう勘弁してくれよ……。」
俺たちはようやく迷いの森の異変を解決した――だが、この冒険はまだ序章に過ぎなかった。森の中心で見つけた“封印の跡”が、さらなる謎を呼び起こそうとしていた。
2節 新たなる仲間との出会い
「……終わったと思ったのに、また面倒なことが起きそうな予感しかしないんだが。」
エルダードライアドを浄化し、森の霧が晴れた後、俺たちは木の根元で見つけた“封印の跡”を調べていた。ルーン文字が描かれた石の破片がいくつも散らばっており、そこから微かな魔力が漏れ出している。
「これ、封印が完全に壊れているわけじゃないみたいね。」
ティリアが石の破片を手に取りながら呟く。その顔にはまだ緊張の色が残っていた。
「完全に壊れてないってことは……まだ何か中に封じられてるのか?」
俺は剣を握りしめながら周囲を見渡した。正直、これ以上ヤバいものが出てくるのはごめんだ。
「それもあるけど……むしろ、封印を“外から誰かが壊そうとした”形跡があるわ。」
「外から壊そうとしたって……それって誰が?」
俺が尋ねると、ティリアは険しい表情で答えた。
「わからない。でも、エルダードライアドが汚染されていたのも、この封印を狙った誰かの仕業かもしれないわ。」
「くそっ……また黒幕とか出てきたら泣くぞ、俺。」
俺は肩を落としながら頭を掻いたが、その時だった。
――ガサッ。
「……誰かいる!」
ティリアが弓を構え、茂みの方に目を向ける。その方向から、確かに足音が近づいてくるのが聞こえた。
「おいおい、もう勘弁してくれ……またモンスターじゃないだろうな?」
俺は剣を構えながら警戒する。次の瞬間――
茂みから現れたのは、意外にも若い女の子だった。
「……あれ?」
俺たちの前に現れたのは、年齢的には14~15歳くらいの女の子。長い銀髪が特徴的で、その瞳はまるで夜空の星のように輝いている。だが、彼女の服はぼろぼろで、ところどころに泥や傷が付いていた。
「君、大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女は少し怯えたように後ずさった。だが、俺たちが敵意を持っていないことに気づいたのか、ゆっくりと口を開いた。
「……助けて、くれるの?」
その声は震えていて、どこか儚げだった。
「もちろんだよ。君、一人でここにいたのか?危ないぞ、こんな森で。」
俺がそう言うと、女の子は少しだけ安心したように頷いた。
「……迷い込んでしまったの。でも、気づいたら変なモンスターに追われて……。」
「変なモンスターって、もしかしてエルダードライアドのことか?」
ティリアが尋ねると、彼女は怯えるように首を横に振った。
「違うの……もっと怖い何か。黒い霧みたいな……。」
「黒い霧……!?」
俺たちは思わず顔を見合わせた。それは、以前ヴァリオが操っていたものに酷似している。
「君、その霧がどこから来たか、わかる?」
ティリアが再び尋ねると、女の子は小さく首を振った。
「ごめんなさい……よくわからない。でも……」
彼女は何かを思い出すように顔を伏せ、そしてぽつりと呟いた。
「森の奥……さらに奥に、“祠”があるのを見たの。」
「祠?」
俺は眉をひそめながらティリアを見る。
「……祠か。恐らく、それがこの森の異変の“核心”ね。」
「また核心かよ……俺たち、本当にこれ以上進むのか?」
俺がぼやくと、ティリアは少し笑いながら言った。
「当然でしょ、大地。ここで引き返すなんてあり得ないわ。」
「……はぁ、そうなると思ったよ。」
俺はため息をつきながら剣を握り直す。そして、目の前の女の子に向き直った。
「君、名前は?」
「名前……?えっと、私はシア。シア・ルミエール。」
「シアか。俺は如月大地、こっちはティリア。ここは危険だから、一緒に来るといい。」
「えっ、でも……迷惑じゃない?」
「何言ってんだ。こんな場所に一人で置いておくわけにはいかないだろ。」
俺が笑いながらそう言うと、シアは少し驚いた顔をした後、控えめに微笑んだ。
「……ありがとう、大地さん。」
こうして、俺たちはシアという新たな仲間を加え、森の奥にある“祠”を目指すことになった。だが、霧の残り香とシアの言葉が示すように、そこにはさらなる危険が待ち受けていることは間違いなかった――。
3節 祠に潜む影
「ここが……シアが言っていた祠か。」
霧の晴れた森の奥、俺たちは異様な雰囲気を放つ石造りの祠を見上げていた。周囲の空気は不気味に冷たく、静寂に包まれている。それなのに、この場所から感じるのは――圧倒的な“威圧感”。
祠は苔むした石でできており、崩れかけた柱がいくつも立ち並んでいる。入口には古代文字が彫られているが、何を書いてあるのか全く分からない。
「まるで“ここに入るな”って言ってるみたいだな……。」
俺が思わず呟くと、ティリアは弓を構えながら険しい顔で言った。
「ええ。明らかに普通の場所じゃないわ。この祠、何かを守っているか、封じている可能性が高い。」
「また封印かよ……ほんと、この世界って厄介なもんばっかだな。」
俺が肩をすくめると、シアが俺たちの後ろからおずおずと口を開いた。
「ここ……たぶん、森の霧が生まれていた場所だと思うの。」
「森の霧が?」
俺は振り返ってシアを見る。その小さな顔には不安が浮かんでいた。
「私がこの祠を見つけた時、霧が濃くなっていて……中から何かが私を見ているような気がしたの。」
「見ている……だと?」
思わず背筋がゾッとする。もし本当にそんな“何か”がこの祠の中にいるのだとしたら、俺たちがこれから対峙するのはただ事では済まない相手だ。
「とにかく、中に入って確かめるしかないな。」
俺は剣を握りしめ、深呼吸をして気を落ち着ける。
「ティリア、準備はいいか?」
「もちろんよ。」
「シア、危険なことになったらすぐに俺たちの後ろに隠れてくれ。」
「……わかった。でも、私も役に立つように頑張る!」
シアが小さく頷く。その瞳には、恐怖の中にもしっかりとした意志が宿っていた。
祠の中に入ると、空気は一層重くなり、息苦しささえ感じる。天井は高く、ところどころ崩れているが、その構造は明らかに魔術的なものだった。床には古代の魔法陣が描かれており、それが微かに青白い光を放っている。
「……ここ、本当にヤバいな。」
俺が辺りを見回しながら呟くと、ティリアが注意深く魔法陣を観察して言った。
「この魔法陣、封印の一部ね。でも、もうほとんど力を失っているわ。誰かがこれを壊そうとした跡もある……。」
「誰かが壊そうとした……って、ヴァリオみたいな奴か?」
「可能性は高いわ。でも、もしこれが完全に壊されたら……中に封じられているものが解き放たれる。」
「……もう勘弁してくれよ。」
俺は頭を抱えながら、足元に注意を払い進む。すると――
――ゴゴゴゴ……
突然、祠全体が低く唸り声を上げ、床が微かに震え始めた。
「なんだ!?」
「大地、後ろ!」
ティリアの声に振り返ると、魔法陣の光が一気に強まり、その中心から黒い霧が湧き上がった。そして、霧が渦を巻きながら形を作り出し――巨大な影となって俺たちの前に現れた。
「……また出たかよ!」
それは、黒い霧でできた獣のような存在だった。鋭い爪を持ち、全身から黒いオーラを放つその姿は、エルダードライアドを汚染していたものと同じ“邪悪な力”を感じさせた。
「シャドウハウンド……!」
ティリアが弓を構えながらその名を呟く。
「シャドウハウンド?また面倒そうな奴だな!」
「ええ。こいつは霧そのものを操る魔獣よ。普通の攻撃じゃ効かないわ!」
「じゃあどうするんだよ!?」
俺が叫ぶと、シャドウハウンドが低い唸り声を上げ、巨大な爪を振りかざして襲いかかってきた。
――ガァンッ!
ギリギリで剣を構えて防ぐが、その衝撃で後ろに吹き飛ばされる。
「くそっ、強ぇ!」
「大地、時間を稼いで!弱点を探るわ!」
ティリアが矢を放ちながら叫ぶ。その矢はシャドウハウンドの体に命中するが、黒い霧に吸収されてしまう。
「くそ……!」
俺は剣を握り直し、再び突進するが、シャドウハウンドの攻撃を避けるだけで精一杯だった。
その時――
「大地さん!」
シアが突然前に出てきた。
「おい、危ない!下がれ!」
俺が叫ぶが、シアは震えながらも手を前に差し出した。そして――
――光が瞬いた。
シアの手から放たれたその光は、シャドウハウンドの動きを一瞬止めた。その隙に、俺は剣を構え直し、全力で霧を貫いた。
――ズバァァァッ!!
浄化されたようにシャドウハウンドの体が崩れ、そのまま黒い霧となって消えていった。
「終わった……のか?」
俺が息を切らしながら呟くと、ティリアが駆け寄ってきた。
「ええ。よくやったわ、大地……そして、シアも。」
「えっ、私……?」
シアは驚いた顔をしていたが、その手からはまだ微かな光が残っていた。
「君、今の光、何だったんだ?」
俺が尋ねると、シアは少し戸惑いながら答えた。
「わからない……でも、小さい頃から“光の魔法”を使えるって言われていて……。」
「光の魔法……?」
俺たちは顔を見合わせた。シアが持つ力は、ただの魔法ではない――それは、これからの冒険に大きな鍵となる“特別な力”であることを、この時はまだ知る由もなかった。