第1章:異世界転生
1節 日常の終焉
「……いや、これ、やっぱり俺がやるの?」
目の前に広がる光景を見ながら、俺――如月大地は、思わず心の中で突っ込んだ。両手には、見慣れない剣。目の前には、ドロドロと不気味に蠢く巨大なスライム。
「これ絶対死ぬパターンじゃん!?」
そんな悲鳴を上げながらも、気づけば俺の体は勝手に動いていて――いや待て、これは振り返りのシーンじゃなかったか?
少し前――
普通の日常。それが俺の全てだった。
平凡な高校生で、特に目立つわけでもなく、目標もなければ夢もない。ただなんとなく毎日を流されるように生きていた。周りから見れば、怠け者とかやる気がないとか思われてたかもしれないけど、まあ正直、それでも良かったんだ。
「だって、変に頑張ると疲れるだろ?」
そう言って、部活をサボって公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいた俺に、
幼馴染の高瀬美咲がまた説教をしてきたのが昨日の話。
「大地、そんなだから将来ヤバいんだって!」
「将来とかまだ先だろ。俺、今が楽しいからそれでいいんだよ。」
「はぁ……あんたはいつもそればっかり。ま、いいけど。自業自得だからね!」
冷たくそう言い放った後も、結局美咲は俺が飢えないようにコンビニでパンを奢ってくれる――優しいやつだ。
そんな、俺のどこにでもあるような平凡な日常。それが……今日、終わりを告げた。
学校帰り、急いでゲームの新作を予約するために商店街を走っていた俺の耳に、妙な音が聞こえた。
「……車の……ブレーキ音?」
反射的に振り向いたその瞬間――猛烈な衝撃と共に、俺の体は宙を舞った。
(え……これ、もしかして……やばい?)
時間が止まったように感じる中、俺は自分の体が地面に叩きつけられるのを見た。血がどばどば流れ出して、意識は遠のいていく。
(こんな形で終わりかよ、俺の人生……)
だが、そのまま意識が完全に途切れることはなかった。むしろ、視界が暗くなった次の瞬間、俺は妙に明るい場所に立っていた。
「……ん?」
目の前に現れたのは、キラキラと光り輝く妙な存在だった。
人間のようで人間じゃない。
まるで、神様とか天使とか、そういう類のものをイメージしたような……。
『如月大地。貴方はここでの命を終えましたが、まだ貴方の魂には“役目”があります。』
「……え、ちょ、俺、死んだの?」
『はい。あっけないですね。ですがご安心ください、第二の人生を提供します。』
「いや、何そのノリ軽い感じ!あと、俺に役目とか……そんなの聞いてない!」
何を言っても、光の存在はニコニコしている(ように見える)。
『この世界では、貴方のような魂が特に貴重なのです。特典として、“任意のスキル”を一つお選びいただけます!』
「いや、スキルとか……何、RPGのキャラメイク?俺ゲーム好きだけどリアルでやりたいわけじゃないんだけど。」
だが、選ばなければならないような雰囲気だった。仕方なく、俺は頭をフル回転させて、ゲームの知識を総動員する。
(チート系のスキル……攻撃力最強とか回復とか……あ、いや、全部作れたら最強じゃね?)
「じゃあ、“何でも作れるスキル”で!」
俺がそう宣言すると、光の存在は満足げに頷いた。
『では、異世界での冒険をお楽しみください!』
眩しい光が俺を包み込む。その瞬間、俺の意識は完全に消え去った――そして、新たな世界で目覚めることになるのだった。
2節 目覚めの地
「……なんだ、ここは?」
気がつくと、俺はふかふかの草の上に寝転がっていた。頭の上ではまぶしい太陽が輝いていて、目を細めながら上半身を起こす。
周りを見渡すと、そこには見たこともない風景が広がっていた。鬱蒼と茂る大木、聞いたこともない鳥の声、鼻腔をくすぐる草と土の香り。
「……これ、マジで異世界?」
夢なら早く覚めてくれと思いながら、俺は服を見下ろした。どうやら、自分の着ていた制服はそのままのようだ。でも、ポケットに入っていたはずのスマホや財布は消えている。
「うわ、なんだよこれ……生き残れる気がしねえ。」
異世界転生って、ゲームやアニメだと最初から強い能力や装備が用意されてたりするのが定番だろ? それなのに、俺はこの草原にポイッと投げ出されただけだぞ?いや、スキルがどうこうって言ってたけど、あれ本当にあるのか?
「あーもう、最悪!スキルってどうやって使うんだよ!」
そう叫んだ瞬間、俺の頭の中に声が響いた。
『スキル【創造魔法】が発動します。想像したものを具現化します。』
「おおお!?まじかよ!」
驚きつつも、俺は勢いで試してみることにした。何でも作れるスキルだって言うなら、まずはこれだろう――剣。
「えっと……鋭い刃があって、握りやすい柄があって……ちょっとかっこいい感じで!」
頭の中で必死に剣をイメージすると、俺の手の中に青白い光が集まり、みるみるうちに実体化していく。
「できた……っ! おおお、本当に剣だ!」
輝く銀色の剣。少しシンプルだけど、素人の俺には十分すぎる代物だ。これで少しは安心でき――
――ガサガサッ!
不意に茂みが揺れる音がして、俺はビクッと身を固めた。
「おいおい、早速イベント発生かよ……」
茂みから現れたのは、身長1メートルくらいのモンスターだった。体は緑色で、ゴブリンみたいな顔をしているけど、猿っぽさもある――そして手にはボロボロの棍棒を持っている。
「いやいや、初心者には早くないか!? もっとスライムとかさ!」
ゴブリット(と勝手に名付けた)がギャーギャー騒ぎながらこっちに向かって突進してくる。俺はとっさに剣を構えたけど、足がすくんで動けない。
「マジでやるの!? マジで殺し合うの!?」
ゴブリットの棍棒が振り下ろされる寸前、俺は反射的に剣を振った。
ガキンッ!
思った以上に手応えがあり、剣が相手の棍棒を弾き飛ばす。そのまま剣を振り抜くと、ゴブリットは短い悲鳴を上げて地面に崩れ落ち、光の粒となって消えてしまった。
「……勝った?」
息を切らしながら呆然とする俺。倒したモンスターのいた場所には、小さな青白い石が残っていた。
「これ……アイテム?」
拾い上げた瞬間、頭の中にまた声が響いた。
『スキル【鑑定】を自動発動します。取得アイテム:低級魔石』
「おお……便利だな。」
状況はわからないけど、なんとなく俺が手に入れたスキルがゲームっぽい便利機能を持ってることは理解した。
でも、ゴブリットみたいなモンスターがいるってことは、この森は安全じゃないのかもしれない。
「まずは森を出るべきだよな……よし、行こう!」
魔石をポケットにしまい、俺は剣を握り直して森の中を歩き始めた。だけど、この異世界で俺を待っているのは、これだけじゃなかった――。
3節 初めての出会い
「……なんか、この森、広すぎないか?」
あれからどれくらい歩いただろうか。太陽はじりじりと頭上から照りつけてくるし、さっきから喉はカラカラ。転生早々こんなサバイバルとか聞いてないんだけど!?
「マジでどうすんだよ、俺……水くらい作れないのか、このスキル!」
焦りと疲れで愚痴をこぼしながら、再び【創造魔法】を試してみることにした。頭の中で水のイメージを描いてみる――透き通った液体がぽたぽたと湧き出てくる感じを強く思い浮かべてみた。
すると……
「よっしゃ!できた!」
手のひらにキラキラと輝く水滴が浮かび上がる。これはいいぞ!と勢いよく飲もうとした瞬間、ポタリと垂れたその水滴が地面に触れた。
――ジュゥゥゥッ!
「……え?燃えた?」
水だと思っていたものは、地面を焦がしながら消えていった。どうやら俺の創造魔法は、「何でも作れるけど、細かくイメージを間違えるとこうなる」仕様らしい。
「使えねえええええ!」
頭を抱えながら、俺は意気消沈してその場にへたり込んだ。だが、そんな俺の耳に――再び、草むらをかき分ける音が聞こえてきた。
「またかよ!今度は何だよ!?」
慌てて剣を構え、音のする方を睨む。現れたのは――
「あんた、何やってるの?」
そこに立っていたのは、緑色のゴブリットではなく、白銀の髪を持つ少女だった。背丈は俺と同じくらいで、鋭いエルフ耳が特徴的。腰には弓を携え、その手には仕留めたばかりのウサギのような生物をぶら下げていた。
「えっ、人……?」
俺は思わずポカンと口を開けたまま固まる。こんなファンタジーそのものみたいな姿をした人物に出会うなんて、どう考えても初めてだ。
「……人、じゃないけど。」
彼女は無表情でそう返すと、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。よく見ると、その目は薄い琥珀色で、どこか冷たさを感じさせる。それに、腰のナイフが妙に光っているのが、俺に警戒心を植え付けた。
「で、あなた誰?森の中で一人で何してるのよ?」
「えっと……俺は如月大地。日本から……いや、異世界から来たっていうか、転生させられたっていうか……説明が難しいんだけど……」
正直、何から話せばいいのかわからない。だが、少女は俺の話を黙って聞くと、少しだけ眉をひそめた。
「……異世界転生?また妙なやつが来たもんね。」
「またって……俺以外にもいるのか!?」
「そんなことはどうでもいいわ。それより、ここで何をしてるの?この森は危険だって知らないの?」
「いや、だから迷子なんだってば!頼むから助けてくれよ!」
俺が必死で頭を下げると、少女は一瞬だけ戸惑ったような表情を見せたが、すぐに面倒くさそうなため息をついた。
「はぁ……仕方ないわね。私はティリア。この森の中で薬草採集をしてたところだけど、ここに長居するのは危険だから、一緒に出口を探しましょう。」
「マジで!?ありがとう!」
俺は思わずガッツポーズを取ったが、彼女は冷たい目で「勝手に喜ばないで」と言わんばかりに睨んでくる。
「ただし、足手まといになるなら置いていくから。あなた、自分の身くらいは守れるのよね?」
「ま、まあ、これがあるから……」
そう言って剣を見せると、ティリアはじっとそれを見つめた後、小さく頷いた。
「……妙な武器ね。鍛冶屋が作ったものじゃない……あなた、本当に普通じゃないみたいね。」
俺が返答に困っていると、彼女は肩に乗せていたふさふさしたリスのような生物を指差した。
「こいつはナヴィ。この子が危険を察知するから、あなたも少しは役に立つわよ。」
ナヴィと呼ばれたリスは、きょとんとした顔で俺を見つめた後、「ピィッ」と小さな声を出した。どうやら俺の同行を許されたらしい。
こうして、俺は異世界で初めての“仲間”――いや、“同行者”を得ることになった。
「よし、じゃあ早速行こうぜ!」
「黙って私についてきなさい。」
冷たく言い放つティリアを追いかけ、俺たちは森の出口を目指して歩き始めた。この先、何が待ち受けているのか――正直、不安でいっぱいだけど、少しだけ心強くもあった。