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第40話。アトラス帝国の皇帝は、何やら神竜について知っている様子。一方ドラゴン会議では、真竜の長たちが集ってマ・リエについて話をする。

第40話です。


   ◆ ◆ ◆


「それで?お前たちはその小娘にまるめこまれておめおめと帰ってきたのか」

 煌びやかなアトラス帝国皇帝の謁見の間にて、第三皇子ガイアスと将軍ヴィレドは、数段も高い位置に座る皇帝ディガリアスの前に、顔を床に擦りつけていた。

「しかし、しかし父上、あの娘は」

「黙れ、誰が貴様に発言を許した」

「はっ…!」

「面目次第もございません」

「ヴィレド、貴様がついていながらこの体たらくか。我ら人間の国は、結界で抑えてはいるが、あふれた瘴気のためにもう住めない土地や作物のとれない土地が増えてきている。土地を増やすため竜の国を落とすと言うから、三個師団と隷属紋を打てる魔法師どもをつけてやったというのに。その魔法師どもも、戻ってきてはいないではないか。奴らにとられたのか」

「は、は…っ、面目次第も…」

「聞き飽きたわ。しかも三万もの兵を使い物にならなくしおって。成功すればガイアスをそこの領主にしてやるつもりでおったのに。貴様ら、首を差し出す覚悟はあるのだろうな?」

「この首でよろしければ。しかしガイアス様には、まだ挽回の機会を与えてはいただけませぬでしょうか」

「剣を振るしか能のないうつけに機会を与えたではないか。年端もいかぬ女にたぶらかされ、その剣すら振らずに戻ってきおって。この無能の愚か者めが」

「………」

 ガイアスは恥ずかしいやら悔しいやらで、床にバタバタと大量の汗を垂らしていたが、ディガリアスはフン、と鼻を鳴らしてシッシッと追い払う仕草をした。

「恐れながら陛下、最後にどうしてもお話を…」

 ディガリアスは鷹揚に溜め息をつき、面倒くさそうに頬杖をついた。

「手短に申せ」

「あの娘は危険です、あの娘は人間ではございません。神竜ではないかと」

「なんだと?」

「ラプトルどもが聖銀と申しておりました。聖銀竜との混じりものなのではと…それならば、我ら全員が平伏させられた意味もわかります」

「たわけ、トカゲもどきの言うことを信じるのか」

「我らが使役していた水竜の守護竜どもも従っておりました…真竜を従わせることができるとすれば、更に上位の存在たる神竜しかおりませぬ」

「しかし聖銀竜に混じりものなどいないはず。黒鋼ではないのか?」

「あれが黒鋼であれば、我らは今頃湖のほとりに屍を晒しておりましょう。一国を亡ぼす竜に三万の兵が、歯が立つはずもございませぬ。しかも古来よりの記述を読んだことがございますが、黒鋼にあのような力があるとは書いてありませんでした」

「トカゲもどきの言うことも、あながち間違いではないかもしれん、と言うことか」

「ラプトルとて竜の端くれでございますれば」

「なるほど。その首、撥ねる価値すらない。その報告をもって貴様の首の代わりとしよう。貴様らは至急その娘の調査をせよ」

「有難きお言葉、感謝いたします。…ガイアス様」

 ヴィレドが隣で平伏しているガイアスを促す。

「…御温情感謝いたします、父上」

「だがもう大将軍と総指揮官の位は必要あるまい。その地位ははく奪する。新しい地位は追って通達する」

「はは…っ」

 ディガリアスはそれ以上二人の話を聞くことはなく、謁見の間から追い出した。彼らは衛兵に伴われて今までより格下の部屋に案内され、そこで聖銀かもしれないという娘の調査を始めるまで軟禁されることとなったのだった。

 二人を退室させたディガリアスは、近衛兵がずらりと並ぶ謁見室奥に位置する何段も高くなった豪奢な椅子の上で、見事な細工の施された金の肘掛けに片肘をつき、フッと慇懃に笑った。

「聖銀か…なに、こちらには神金の力がある。聖銀など恐れるに足らん。まあそれも、あとしばらくで絞りつくしてしまうかもだがな」

 そうなったら次は聖銀を捕らえて利用すれば良い、とにやけながら一人ごちて、自らも華美な金の装飾に飾られた服を身に纏った皇帝ディガリアスは、その身を金の椅子から立ち上がらせた。




 一方その頃、魔法師たちを預かることになった地竜の首都サンガルでは。

「此度のこと、地竜と水竜だけの問題ではない。他の真竜の領主にも集まってもらって、皆で話をしなければ」

 領主アラル・トリスラディが、そう考えて真竜の領主たちに声をかけたことにより、真竜のトップたちが揃っていた。

 集ったのは地竜、光竜、炎竜、水竜、風竜、雷竜、氷雪竜の七属性の真竜の長たち。

 そのうち炎竜、水竜、風竜が女性である。

 貴賓室に集められた彼らの前には香りふくよかなお茶も茶菓子も用意されていたが、誰ひとり手をつける者はいない。

「地の長殿。定期集会でもない時期に我らを呼びだすとは、どのようなお話か」

 この場を設けた地竜の領主の斜め隣に座った光竜の領主ハリー・スーリエが厳かに声を上げると、その横に座った炎竜リンガル・リヴェレッタも、面倒くさそうに大きな声を発した。

「おれたちをわざわざ呼びだしたんだ。大した用じゃございませんでしたっつったら燃やすぜ?」

 その発言をたしなめたのは、更に隣に座る水竜の領主カルラ・エラストリ。

「炎殿、あなたは女性なのだからそんな言葉遣いはおやめなさいって、昔から言っているでしょう。地殿は真面目なお方、呼びだしには相応の理由があるんですよ。私はもう眷属のエデルから聞いていますから知っていますが」

 光竜スーリエの向かいには雷竜スパーダ・ガンディがおり、フン、と大きく鼻を鳴らしてどっかりと椅子に座り直していた。

「相応、ねえ。マジかよ。わざわざここまで来てんだから、その価値がなくっちゃな」

 その隣には風竜の領主ミンティ・ラナクリフ。短い緑色の髪をした可憐な少女の姿をしているが、実はここに集った七人の中でも最年長組の一人だ。

「ミンティちゃんね、またこうして皆に会えて、それだけでもすごく嬉しいよ!」

 手を組みニコニコする彼女を、うんざりしたように見るのは氷雪竜のオーリ・ファライアス。

「またそれか。風殿ももういい歳なのだから、自分を名前で呼ぶのはどうかと…」

「えー?氷雪ちゃんは私に何か言いたいのかな?」

 にっこり満面の笑みを向けられて、ファライアスはごくり、と喉を鳴らして目を逸らした。

 ラナクリフに笑顔で睨まれるのは怖いのだ。この場にいる全員が。

 七人の竜が集ういわゆるドラゴン会議では、互いをその属性で呼ぶのが昔からの習わしとなっていた。

「それでは皆様。本題なのだが」

「おう」

「うむ」

「はい」

「聖銀竜様がご降臨なされた」

「な」

 既に知っている水竜以外の五人の竜の領主たちは目をむき、地竜トリスラディを信じられないといったふうに見る。

 聖銀竜は一万年も前に神金竜とともに滅び、神竜はわずかに残った黒鋼だけである、というのはこの世界の誰もが知っていることである。間違いなく、この世界にその二竜は既に存在していないはずなのだ。

 それが、突然現れたというのだから。

 五人の反応は当然といえた。

「本当なのか、それは。一体どこにおいでなのだ?」

「お名前はナギ殿だ。皆、知っているだろう?」

 地竜トリスラディから出たその名に、全員が頷く。

「おお、その名は知っている。我ら全員がな。創世の時に一頭だけ行方不明になられた聖銀竜、その名をナギ…と。書物にもその名は残っている。そのナギ殿が、一万年の時を超えて現れたというのか?」

「ナギ殿は傷を負って命の危機に陥った時、別世界のマ・リエという女性と融合し、生き延びてこちらの世界へ戻って来られたとのことなのです」

「なんと…!」

「そうだったのか。異世界に飛ばされてまた戻ってこられたのなら、時を超えたのも頷ける…」

 皆が納得する中、光竜スーリエがはっと身を乗りだした。

「それでは早速、ほころびかけた各地の封印を強化していただきたい!その…マ・リエ?殿だったか?と融合されたというナギ殿は今、どちらに?」

 地竜トリスラディは首を横に振った。

「私も聖銀様とお話ができないかとマ・リエ殿に頼んでみたのだが、傷を癒すためマ・リエ殿の中で眠っておられてな…話すことは叶わなかった」

「…そうか…」

 一同の中に落胆の空気が流れる。

「しかし!傷が癒されればお目覚めになるのだろう!?どれくらいでお目覚めになりそうなのだ!?」

 雷竜ガンディが膝を叩いてそう聞いたが、返ってきた答えは明るいものではなかった。

「それが…マ・リエ殿にもわからないようでな。少なくとも数年はかかるのではないかと、私は考えている」

「数年も…?」

「それは…少しばかり長いな…」

「でも今までは聖銀様はただのお一人もおられなかったのだ。すぐにその御力を振るえなくとも、現れてくださっただけでも僥倖ではないか?」

 光竜スーリエがそう穏やかに言えば、炎竜リヴェレッタが天井を仰いだ。

「まあそれはそうだけど…復活まで数年だか数十年だか、どれくらいかかるのかわからねえんじゃあ、間に合わねえんじゃねえの?」

 世界のほろこびを封じた封印の強化には。

 何故ならば、封印は既に緩み始めているのだから。

 その苛立ちを治めるように、水竜エラストリがゆったりと微笑む。

「しかし我が眷属エデルの報告では、マ・リエ殿は素晴らしい御力をお持ちだと伺っておりますよ。声が届く限りの者を平伏させ、歌で癒しを行ったと」

「ほう」

「その歌は強力な隷属紋も強固な鎖も全て吹き飛ばし、穢れを祓って傷を癒し、力をみなぎらせてくれたのだとか」

 うむ、と雷竜ガンディが腕を組む。

「地殿の領地内に住む我が眷属、雷虎の村で発生した病の時も、そのマ・リエ殿とやらが歌を歌って病を祓ったと、同じ雷のペガサス、エルドラッド・パリスから報告を受けている。そのマ・リエ殿がまさか聖銀様とは思わなかったが」

「ほう」

「それはすごい!」

「しかしそんな力が聖銀様にあるとは聞いたことがないが」

「ウソくせえ」

 炎竜リヴェレッタが大きな声を出し、両手を赤い髪をした頭の後ろに組んで椅子にもたれかかった。

「嘘ではない。それも本当のことなのだ」

「そうか?地殿は真面目すぎんだよ。騙されてるんじゃねえの?マ・リエっていうの?その子にさあ」

「そんなことはない。私は我が息子から直々に、マ・リエ殿の御力について話を聞いた上、私自身も体験したのだぞ?」

「水殿もさあ…おれはその癒しの力にしたって聖銀様にしたって、この目で見ないと信じられないな」

 地竜トリスラディが、ざわつく六人に説明する。

「癒しの歌はナギ殿と融合したマ・リエ殿に生まれた御力だそうだ。声が届く限り平伏させたのは、歌の力持つマ・リエ殿の御声に、ナギ殿がその御力を乗せたもの。私もその御声に抗うことはできなかった」

 ほう…と皆が感嘆する中で、風竜ラナクリフが唐突に手を挙げた。

「はいはーい。そのマ・リエちゃんて子、可愛いの?」

「?ああ、まだ十六・七ほどの少女だが、大変にお美しくてあられる。青みがかった銀色の髪に、ローズクォーツ色の瞳をしておられてな。可憐な見栄えとは裏腹に、時としてまるで大人の女性のような色気を感じることもある。そのお考えもしっかりしておられるし、不思議な雰囲気の麗しき少女だ。此度皆で集まって聖銀様のことを話す許可をマ・リエ殿から得てはいないが、もうお断りを入れている場合ではなくなったと判断した。マ・リエ殿ならきっと許してくださることだろう」

 地竜トリスラディが答えると、風竜ラナクリフはニコニコ笑ってうんうんと頷いた。

「可愛いならいいんじゃない?ミンティ、全力でサポートするわ!」

「出たよ…風殿の『可愛いは正義』主義」

「だってそうじゃない!ミンティは可愛い子の味方よ。ナギ殿が入ってる可愛い女の子、しかも歌を歌って人を従え、癒す。最高じゃな~い?」

「チッ…」

「舌打ちはおよしなさい、炎殿」

「うるせえんだよ、水殿はよ」

 すると今まであまり発言せず黙って皆の言葉を聞いていた氷雪竜ファライアスが、ゆったりと声を上げた。

「地殿。そなたの聖銀様に関する話はそれだけではあるまい」

 全員の視線が地竜トリスラディに集まる。

「そうだ。先程雷殿が言っていた通り、水殿の砦に赴く前のこと、我が領地内の雷虎の村に病が蔓延した。どうやらこれも邪気の前触れである瘴気の穢れが原因であったようでな」

「邪気…!」

 その場に緊張の糸が張り詰めた。

「なんと…もう瘴気がそんな影響を及ぼしているのか。ほころびの封印の擦り切れが、もうそこまで影響が出ているとは…」

「我が領地でも、目を光らせておかなければならんな」

「また、水殿の砦の守護竜に打たれた隷属紋にも、邪気を使われたようだ」

「なんだと…!?」

 すると炎竜リヴェレッタがテーブルを叩いた。

「さっきから何言ってんだ!真竜に隷属紋なんざ、効くわけがねえだろ!」

 炎竜リヴェレッタがそう思うのも無理はない。邪気を使った隷属紋が使われるなど、今まで一度たりとてなかったのだから。

 水竜エラストリが手を上げて彼女の激高を制し、ゆったりと説明する。

「子供を盾に取られ、邪気を使った隷属紋を幾重にも打たれたとのことです。それは煙のように体に滲みこみ、痛みと苦しみと憎しみで全身を支配した、と水竜エデルとノエラは申しておりました。確かに、ただの隷属紋であれば真竜は簡単に弾いてしまいますがね」

「…そんな…ことが…」

「瘴気から邪気にまでなってしまっていることだけでも問題なのに、邪気を只人たちが使うなど…」

「しかも、その邪気による力は真竜すらも従わせる?」

「恐ろしいことですね…」

 地竜トリスラディが、ざわめく六人に向かい手を挙げる。

「かの戦のおりに投降してきた帝国の魔法師たちが我が領地内におりますので、只今詳しく調査しております。他にも情報を集めるべく、手を尽くしております」

 水竜エラストリもそれに続く。

「ならば、隷属紋を打たれた者たちにも詳しく話を聞きましょう」

 風竜ラナクリフが手を打ち合わせて言う。

「じゃあミンティちゃんのところにも、いっぱい只人の商人が集まるから、できるだけ情報を集めるね!…それにしても、ほころびどうしようね…」

 七人の竜たちは互いに顔を見合わせた。どの領地にも神金竜が閉じて聖銀が封じたほころびがあり、彼らはその封印を代々守ってきた。しかしここ最近になって程度の差こそあれ、どの封印も状態がよくないことは確かだった。

 そう、今すぐに聖銀竜の力が必要なのは、誰しも同じだったのだ。

 その中でも、炎竜リヴェレッタの様子がおかしかったが、難しい顔をして考え込む他の竜たちは、それに気づいても追及することはなかった。

「…ほころびの封印のことも心配だが、とりあえずはマ・リエという娘が大切だな」

 光竜スーリエが静かに発した言葉に、全員が頷いた。

「その娘はどこに住んでいるのだ?教えてはもらえぬか」

「………」

 地竜トリスラディはしばらく逡巡していたが、やがて一つ頷いて答えた。

「マ・リエ殿の安全のため、皆には居場所を教えておいたほうがいいかもしれん。マ・リエ殿は我が領地内のユニコーンの村におられる。だがくれぐれも、押しかけていくことなどなさらぬよう。ナギ殿の治癒が遅れるようなことがあってはならぬゆえにな。特に居場所に関しては、ここにいる者たちだけの秘密としていただきたい」

「そうですね」

「ナギ殿が行動できるようになられたら連絡をくれるよう、マ・リエ殿と約束しております。今は…それを待ちましょう」

 地竜トリスラディの低い声が、ドラゴン会議を締めくくった。(続く)

第40話までお読みいただき、ありがとうございます。

皇帝は何を知っているのでしょうか。

また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。

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