変わらない
「――あらあら? 体調が優れないのですか?」
机に伏せって頭から煙を上げていると、隣から原因が分かっているのにも関わらず、心配する様な声をかけてくる瑠奈。
「お前な……。休み時間の度におにごっこ仕掛けて来やがって」
「別に仕掛けているつもりはありません。むしろ時人君が逃げるからでしょ?」
「お前がベタベタ引っ付いてくるからだろうが!」
「まぁ! そんな事言って本当は嬉しいくせに」
言いながら俺の脇腹を指でツンツンしてくる。
「ひゃう!」
「あ、復活した」
「誰だって脇腹ツンツンしたら起き上がるだろうだ!」
「私は強いですよ?」
「嘘つけ……」
「心外ですね。なら試してみます?」
「――まじで?」
「構いませんよ」
女の子の、それも美少女の身体を触れる事が出来るだと?
ゴクリと生唾を飲み込み人差し指を見つめ、いざ行かん! 女体の神秘へと!
「――なーにしてんの?」
「――はっ!?」
今からって時に声をかけて来たのは紗雪であった。隣には無表情で立つ雫もいた。
俺には分かる。あの無表情、非常に機嫌が悪い。
「これはこれは紗雪ちゃんと雫ちゃんじゃないですか」
「あはは。なんだか今日の瑠奈ちゃんはキャラが全然違うね」
苦笑いを浮かべながら紗雪が言う。
「これが本来の姿……。昨日伝えましたよね?」
瑠奈は左耳をトントンしながら言った後、スマホを取り出して「あ、雫ちゃん」と声をかけてスマホを見せる。
それを見て雫がピクッと反応したのが分かる。
「良く撮れているでしょ? ふふ……」
「――そうだね。凄く……良く撮れてるよ」
いやいやいやいや。待て待て待て待て。
何でこっちを視線だけで殺せる様な目で見てくるんだ。俺が何したんだ? めっちゃこえーよ。
「えっと……。小細工はなし……だっけ?」
紗雪が雫の恐ろしい雰囲気に気が付いて話を振る。
「はい。なのでクラスの人達にも私が時人君を狙っている事を見せつけなくてはいけません。恋愛はまず外堀から攻めるのです」
「あーなるほど。だから今日は時人くんにベタベタ引っ付いて見せつけているのね。でも良いの? それ言っちゃって」
「別に隠す必要性はありませんから。それとまずは仲良くしてもらっているクラスメイトの雫ちゃんにも伝えようと思いまして」
そう言った後に瑠奈は雫を真っ直ぐ見る。
「お友達には秘密を共有したいじゃないですか」
「お友達……」
裏のない真っ直ぐな言葉が突き刺さり、雫は頬を赤らめていた。
「私は?」
「紗雪ちゃんは……敵ですかね?」
「――あ、あははー。そうなっちゃう?」
「――冗談です。立場はどうあれ、仲良くしてもらっていますので、これからも仲良くして頂けると光栄です」
お……。少しギクシャクすると思ったが、意外にも何もならない結果になったな。
別に大した事をされた訳じゃなし、やった事といえば軽いプロフィール調査とデートの尾行程度。
お互い様の精神で特になんとも思っていないってか?
広い心の持ち主だね、瑠奈は。
まぁ雫と紗雪の立場を思いっきり間違えているんだけどね。
「それではお昼にしましょう。今日は何処で食べますか? 紗雪ちゃん、雫ちゃん」
「あれ? 良いの? 時人君と食べなくて」
「はい。お昼は折角出来たお友達と楽しみたいですし、それに私の他にも時人君と喋りたい人がいるみたいですし」
「そっか。じゃあ、今日も私の席で食べよー!」
紗雪の提案に雫と瑠奈が頷いて席移動を開始する。
「時人君。寂しいでしょうが、今日は我慢して下さい」
「いてらー」
人差し指を立てたまま経験出来なかった神秘体験を悔やむ。
もう少し早く指を立てて素早くツンツンしていたらこの指で美少女の脇腹を堪能出来たのに――。
そんな後悔をしながら鞄から雫が作ってくれた弁当を取り出して机に広げる。
「――時人。一緒に良いか?」
ふと前の前田くんの席から聞き慣れた男子生徒の声が聞こえ、視線を上げるとそこにはガッチリとした体型の男子生徒がコンビニ袋をぶら下げて前田くんの席に座っていた。
「あ、コウモリ野朗」
「――ぐぅ……」
「あっひゃひゃ! まさか口に出す奴本当にいるんだな。ぐぅの音も出ないってやつ?」
「いや……その……」
完士は頭を掻いて申し訳なさそうにする。
「俺も仕事だったから――。何てのは言い訳だ。時人を騙してたのは本当の事だし……。その……」
「だなー。ショックだわー。友達と思ってた奴がただただ主人の為だけに近づいて来たコウモリくんだったとはなー。あー、俺のフェチとか全部知られて恥ずかしかったなー」
そう言うと完士は視線を外して「すまない」と小さく言った後に焦りながら俺を見る。
「――で、でも……俺は……時人とは――」
そんな彼の態度がおかしくて、ついからかってしまう。
「おー。おいおいおーい。俺の身分を知っての数々の態度。俺って偉いんだぜ? んんー?」
「そ、そうだな――そうですね」
「そーそー。まずは言葉遣いだよ。それそれ。敬語は基本だねー。俺は御曹司様だ。それを呼び捨てたぁどういう事かね? 完士くーん?」
「は、時人……様?」
「あ、ごめん。やっぱ気持ち悪いから良いや。今まで通りで」
「え?」
「あーはっはっ! なーにマジになってんだよ。冗談だっての。何とも思っちゃいないっての」
「いや……でも……」
「でももヘちまもねぇよ。お互い様なんだから。こっちも色々と調べさせてもらったからな」
言いながら雫特性の玉子焼きを食べる。
やっぱり美味しい。
「で、でも、やはり身分の違いが……」
「えー……。ごめん。俺が悪かった。からかい過ぎたよ。マジでごめん」
俺が謝ると「あ、いや……」と更に困惑を見せる完士。
悪い事したな……。
「お前と瑠奈の間の関係性がどんな感じか分からないけど、ウチのメイドなんて立場とか関係なくガンガン言ってくるぞ? どっちが主人かたまに分からなくなる」
「星野 雫か……」
「そーそー。――って……」
俺は箸を置いて完士を見る。
「知ってた?」
「あ、ああ。時人……様の従者が星野 雫というのは調べがついている」
「あ、ごめん。マジで様付けやめて。男からの様付けきもいから。次言ったら肩パンするから」
「肩パンは嫌だな……」
「――てか、調べがついてるなら、瑠奈は何で紗雪が俺の従者だなんて言ってるんだ?」
「瑠奈お嬢様は結構頑固なところがあってな。1度決めたり、思いついたら曲げない方なんだよ」
「頑固だねぇ」
「報告は一応してるんだがね……」
少し呆れた声を出し、コンビニのパンを食べる完士。
「じゃあ、今日のやたら引っ付いてくるのも?」
「瑠奈お嬢様の単独行動みたいなものだ」
「えー。止めろよ」
「止められないんだよ。昔から――」
「おいおい。こっちの身にもなれよ」
「いや、本当にすみません……」
立場もあり、何も出来ない為か、完士は素直に頭を下げてくる。
「いつまで続くのやら……」
女の子に追いかけられるのは好きだけど、俺の事好きでもない女の子に追いかけられるのは違うよな。
「あ、瑠奈お嬢様が言ってたのだけど、彼女がいるなら諦めると仰っておられたな」
「え……。彼女?」
「ああ。『彼女がいないなら私がなってあげる』らしい」
「おっふっ。上から目線だねー」
「それまでは、今日みたいな日々が続くかもな」
「それ言って良かったの?」
「逆にそれを伝えろってさ」
「ふぅん……」
彼女を作れば彼女は狙ってこないか……。
でも、それを理由に無差別に彼女を作るのも違う気がする。
やはり、彼女となると本当に好きになった人ではないといけないよな。
「俺も仕事上は瑠奈お嬢様側になってしまうけど、相談とかなら乗るぞ」
「そんな変な立場の人間に相談ってのも可笑しな話だが……その時は友達として相談させてもらうわ」
別に何の意識もせずに発した言葉だが「トモ……ダチ……」と完士は地球にたった1人残された宇宙人が放った台詞の様に呟いた。
「――時人……。俺を友達と呼んでくれるのか……」
涙目で言ってきたので素直に思った事を口に出す。
「涙目になってんなよ……。キモいな……」
「だってさ……だってさぁ……」
「あー、分かったから泣くなっての。ほらほら早く飯食おうぜ」
「あ、ああ……」
俺がどんな態度か相当心配してたんだな。
この程度で変わらないっての。
友達をやめるなんて事は俺は絶対にしねぇよ。
なんて素直に言える程大人にはなれなかった。
だって照れ臭いから。