アルバイトってどんな感じ?
マラソン大会の翌日。いつも通りに学校に行くと、クラスメイト達が瑠奈の席の周りに集まっていた。
「一ノ瀬さん大丈夫だった?」
「ごめんね。教えてあげたらよかったね」
「気が回らなくてすみません」
どうやら怪我した事は広まっていたみたいだな。
そんなクラスメイト達に瑠奈は微笑んで答える。
「怪我は全然大した事ないので大丈夫です。道に迷ったのは私のミスでお恥ずかしい限りなのですが、これも1つの勉強として捉えております。お気遣いありがとうございます」
話を聞く限りだと俺がおんぶした事はどうやら知られてないみたいだ。
良かった。俺がおんぶして帰ったなんて知られたらあらぬ噂をたてられて、瑠奈達有利な状況に陥る事だろう。
噂がたっていないのは恐らく裏で雫が何とかしてくれたのだろう。
何かしてくれたら昨日言ってくれても良かったのに。
まぁ多分彼女に言っても「報告の必要性を感じなかったので」なんて涼しい顔して言われるだけだろうな。
「でも本当に良かったよ。『一ノ瀬さんが帰って来ない』ってなってて皆心配してたから」
「先生達も血相変えてたもんね」
その言葉に瑠奈は「それはご迷惑をおかけしたみたいですね」と苦笑いした。
その件に関しては学校側の配慮ミスだから彼女が気にする必要性は感じないがね。
「無事で良かった。それのおかげって言うのも悪い話なんだけど、伝統もぶっつぶれてくれたもんね」
「えー。私は見たかったなー」
「あんなのは無くて良いよ」
「あの……。伝統って?」
瑠奈が首を傾げて尋ねると「あ、一ノ瀬さんは知らないよね」と伝統の事を説明する。
「――そんな伝統があったのですか」
小さく耳をすまさないと聞こえない位に「――くっ」と悔しそうな声を出す。
あ、もしかしてガチで知らなかったパターン? 完士の奴、瑠奈に教えてなかったのか?
「そうそう。で、今年は小林くんが優勝したんだけど」
「そんな場合じゃないって雰囲気だったからね。今年は見られなかったんだ」
「ま、良いんじゃない? 小林くんって告白するよりされる側でしょ」
どうやら俺達は伝統を知らず知らずのうちに断ち切ってしまったらしい。
なので、1位でゴールした小林は公開告白が出来なかったみたいだ。
小林の奴は紗雪に告白する気だったろうに気の毒にな。
ま、小林は小林で別途自分で告白するこったろ。
♦︎
「――それで、ここにこれを書くと」
「はい。分かりました」
長い授業が終わったのに、瑠奈と2人教室に残る。
何でわざわざ敵と共に残っているのかというと、本日は俺が日直であるからだ。
日直は男女2人で基本的にはその日の先生のサポート――平たく言うと雑用だ。
黒板消したり、ノート返却手伝ったりとかそんなん。
そして極め付けは日直日誌の記入。それを書き終えて先生に渡して日直お疲れ様でしたの流れになる。
瑠奈は転校してきて初の日直という事で、何をするか教えてあげて欲しいと葛葉先生から指示があったので、放課後の教室にて日直日誌の書き方を教えてあげている。
教えると言っても、今日の休みの人の名前と今日1日の事を軽く書くだけだから教える程の事でもない。
――つうか、完璧に瑠奈の学校での面倒を見る係を押し付けられているな。
ま、最初に善意で案内してあげたのが仇になったのだろう。そのままその流れになるのが自然の摂理ってものか。
「――ほい。じゃあ適当に今日1日の事を書いてみて」
日直日誌の最後の項目を指差して言う。
「何でもよろしいのでしょうか?」
「何でも良いよ。例えば『国語の授業分かりにくい』とか書いたら葛葉先生泣くかもだけど」
笑いながら言うと瑠奈は苦笑いで返してきて、ペンを顎に持っていき何を書くか考えた。
俺はそのペンを見て「あ……」と声が出てしまう。
「『ヌタローシャーペン』じゃない? それ」
そう聞くと瑠奈が、よく気が付いた、と言わんばかりの表情で言ってくる。
「はい。実は時人君が付き合ってくれた後に近くの文具屋で見つけたんです」
嬉しそうに言う瑠奈。
しかし……えっと……お店には疎いんじゃなかったの? 近くに文具屋あるの知ってるやん。近くに文具屋があるなら、わざわざ都会の生活雑貨に文房具を買いに行かなくて良かったんじゃない?
そんな様々なツッコミが思い浮かんでしまうのだが――。
「めちゃくちゃ可愛いです。お気に入りです」
何か本心から嬉しそうだから、わざわざ、その嬉しそうな顔を潰すのも気が引けるので何も言わないでおこう。
「好きなんだな、そのキャラ」
「はい。大好きなんです」
その感性は俺には全く分からないが、彼女の何かを確実に刺激する物があるのだろう。この間抜けな顔したウサギ様には……。
「あとは『ヌタローノート』に『ヌタロー定規』『ヌタロー蛍光ペン』を探しているのですが、それは無いみたいなんです。でも、諦めません。探し続けます」
そこまでいったら清々しいな。グッズは人を熱くするよな。楽しいよな。グッズ集め。
「――あ……。すみません。早く書かないと……。時人君がアルバイトに遅れてしまいますね」
「いや、良いよ、ゆっくりで。今日はバイト休みだし」
ここで雫みたく「バイトなんだから早よしろや」みたいな事を言えたら瑠奈の好感度は下がるのだろうな……。俺には度胸が足りないな。
「そうなんですね。それでしたら……少し質問があるのですが……よろしいですか?」
「ん? 良いよ。どうした?」
「あの……。アルバイトってどういう感じなのでしょう?」
「どういう……感じ? うーん……」
質問が抽象的すぎてどう答えて良いか分からずに首を捻ると瑠奈が付け足す。
「どういう雰囲気というか……。やっぱり新人さんは厳しくされるのでしょうか?」
やっぱり? その、やっぱり、という所に引っ掛かりがあったが、彼女の言葉は一旦置いておき、質問に答える。
「働く場所によって違うだろうね。俺の所は優しく教えてくれたよ。人は優しくて親切な人達なんだけど、仕事が忙しくてね」
「そうなのですか……」
瑠奈が相槌を打つ。
「それと同じチェーン店でも、店舗が違えば人も変わるし、細かいルールとかも変わると思うよ。例えば同じコンビニでも優しく教える人もいれば、厳しい人もいると思うよ。バイトって言っても社会に出ている訳だからね。年齢も違えば性格も違う。色んな人がいるから店の雰囲気も違うのは当然だと思うよ」
「同じ店でも店舗で違う……」
瑠奈は少し沈んだ声を出して呟く。
「――あ、そういえばバイトは見つかった? あの羊の鳴き真似するバイトとか」
そう聞くと「羊?」と彼女の頭に?マークが浮かび上がるのが見えた。
そして「あ、あー」と思い出したかの様に言ってくる。
「すみません。あれは冗談です」
「ですよねー……」
あれは明らかに誤魔化しにきてたもんな……。でも、逆に本当にそんなバイトがあったのはミラクルだよな。
「あの時、時人君とお話させていただいた中で、私もアルバイトをしてみたいと思ったのですが……」
「どういう系?」
あの時と同じ質問をすると、今度はすんなりと答えてくれた。
「お洒落なカフェとか、ケーキ屋さんとか憧れてます」
「あ、似合いそうだな」
そう言うと首を横に振られる。
「ですが、親から反対されていて……」
「あー……。そうなんか……」
まぁお嬢様だからバイトする意味はないという社長様の考えなのだろうか。
もし、そう言っているのであればだが、バイトは意味なくはないと思うがね。
「時人君はどう親を説得したのですか?」
「説得?」
おうむ返しで聞くと頷かれる。
「説得何かしてないよ」
「え? そうなんですか?」
何故そこで不思議そうな顔をするのか。
立場が似ているから、俺の親も同じ感じだとでも思っているのか?
一応、設定上は俺の親は営業という事になっているのだが――もう忘れてます?
「ウチの親は『社会経験は早くからして損はない』って言ってくれたからな。『色々な仕事に触れてみろ』って感じだったな」
ま、設定の事は置いといて、リアルに親父に言われた事を言っておく。
「――そう……ですか……」
瑠奈は固まってしまい、また何か考えている様子だった。
「これは、1度偵察ですね」
「てい――?」
俺が聞くと「あ、いえ、何でも」と濁らせてくる。
「あ、すみません。早く書きますね」
そう言って瑠奈は日直日誌にペンをいれた。
偵察とはなんぞや……。また何か仕掛けてくるのだろうか……?




