どっちなの?
本来のマラソンのルートとは違う道を走る。
周りにウチの生徒は勿論の事、一般の人の姿も見当たらず、正規のルートと同じ景色が広がっているので、間違えたとしても瞬時に理解するのは中々に難しいだろう。
「つうか、普通、こんなルートにするなら地図を配布するんじゃなくて、先生達が立って誘導しろよ」
つい、文句が出てしまった。
しかし、それが普通の事ではなかろうか。
恐らく面倒臭いとか、だるいとか、そんな大人な事情なんだろうな。どうなってんだよ昨今の大人達はよ……。
実際、Uターン地点に立っていたのも新米体育教師の野下先生だったし。可哀想に、下っ端プラス体育教師だから「立ってろ」みたいな指示が学年主任あたりからあったんだろうな。同情するわ。
ま、それが真実かどうか何て分からないし、どうでも良いけどね……。
そんな先生達の裏事情を妄想しながら走っているが、中々に目的の人物が見当たらない。
「結構遠くまで走ったんだな……」
この道も正規ルートと同じ様に多少整備された道なので走るならばここを走ると思うのだが……。まさか道外して草むらの方に行ったとか?
ないないないない。そんなわざわざ草むらに入っていくとかポケ○ン位でしかあり得ないだろ。
そんな事を思った矢先に豆粒程度に人の姿が見えた。
ここからじゃよく分からないが恐らく俺の探している人物であると思われる。
俺は追いつこうと走るスピードを上げた。
「――ん?」
しかし、すぐに違和感に気が付いてスピードを落とした。
「座ってんな……」
その人物に近づくにつれてシルエットが見えてきた。
はっきりと見えた訳じゃないが、それが座っている事に間違いはなさそうだ。
全然違うルートを走って萎えたのか、それとも単純に体力の限界か、その人物は地べたに座り込んでいた。
そして、距離を縮めると、その人物が体育座りで顔を腕で埋めていたので本人かどうか分からないが、俺と同じ学校指定の体操服なので瑠奈で間違いないだろう。
「瑠奈?」と声をかけ彼女の前に立つ。
「時人君……?」
俺の声に気が付いて顔を上げたのは、やはり瑠奈であった。少し涙目でこちらを見てくる。
「どした? バテた――」
言う終わる前に俺は彼女の膝に目が行き、言葉が詰まってしまった。
彼女の右膝から血が出ていたからだ。
「――あはは。派手に転んでしまいまして……」
俺の視線に気が付いて瑠奈が乾いた笑いを出す。
彼女の言い方から、大事には至ってない様だが――。
「大丈夫? 立てるか?」
俺は言いながら彼女に手を差し伸べる。
「はい……」
彼女は俺の手を握り立ち上がると「――っぅ」と痛そうな表情をした。
「歩くのはキツそうだな……」
彼女の様子を見て言ってやる。
「大丈夫です。歩けますよ」
「そんな感じには――見えないな」
俺は強がる彼女の前でしゃがみ込む。
「ほら。おぶってやるよ」
そう言うと瑠奈は首を横に振りながら言ってくる。
「そんな……。良いです。歩けますよ」
強気の発言をした手前の言葉なのか、ただ遠慮しているのか分からないが彼女は歩く気でいるみたいだ。
「女の子が足怪我してるのに歩かせる程落ちぶれた男じゃないよ、俺は」
「でも……時人君に悪いです」
中々に折れないので言い方を変える事にする。
「俺の名誉の為にもおぶられてくれないかな? 頼むよ」
逆に俺からお願いすると根負けした瑠奈は少し考えた後に「すみません」と言って俺の背中に抱きつかれる。
うっひゃー!! やっべー!! 背中が最強に幸せなんですけどー!!
――なんて、最初は瑠奈のたわわに実った胸の感触を背中に感じて理性が吹き飛びそうになる。
しかしながら、彼女をおぶって立ち上がった瞬間にそんな余裕無くなった。
あれ!? あかん! 結構キツイ!? なんで!? 思ってたのと違う! 思ってたのと違うくない!?
瑠奈の見た目は標準より痩せ型だと思われる。
なので身長が155位かな? その標準体重が52キロ位?
そして標準より痩せ型と仮定すると50キロ程度と思われるから余裕と思っていたのに――。
だが、おぶると言った手前、降りて欲しいと言えずに、ゆっくりと歩き出す。
「あの……。重くないですか?」
歩き出してすぐに定番の質問が来たので、定番の答えを返す。
「全然。軽いよ」
内心の阿鼻叫喚とは裏腹に、台詞は出来るだけ涼しげに言ってやる。
いや、まぁ確かに軽い方だとは思う。いや軽い方だと断言出来る。だってスタイル良いし、そんな凶悪で男を魅了する乳ぶら下げてるのに軽いとか女の敵だろ。
そう思うが、いくら軽いといえど人間をおぶって歩くのは体力がかなり消耗される。
「お姫様抱っこでも余裕で行けたな」
なんて軽口を叩いた後に、じゃあそれで、とでも言われたら死んでまうので即座に言い直す。
「でも、お姫様抱っこってのは現実的じゃないよな。あはは……。お姫様抱っこで送ってあげりゃカッコ良かったけど」
そう言うと瑠奈が抱きつく力を少し入れてくる。
「ううん。そんな事ないよ……。とってもカッコいい……」
耳元でそんな台詞と共に瑠奈の息が耳に当たり、俺のボルテージが上がったのであった。
♦︎
人をおぶって歩くというのは、とんでもなくしんどい事であった。
立ち上がりと比べると段々と重さにも慣れ、結構いけんな、とか思ってたのも束の間。河川敷を出た辺りから足が笑ってきていた。
しかし、俺にも男のプライドがある。
例えどんな相手でも1度言った事は貫く。それが堂路家の誇りでもある。
それは、いくら政略結婚目当てで俺に近づこうとしている女の子であっても関係はない。
それに、女の子にダサい姿は見せられない。見せたくない。
そんなプライドのお陰でノロマの亀みたいにゆっくりと学校を目指す。
瑠奈は俺に気を使っているのか、特に話かける事もせず、ただ黙っておぶられてくれていた。
正直、話かけられても返せる自信は無かったのでそれはありがたかったな。
途中、学校の通学路に入った辺りで、あまりにも到着が遅い俺達の様子を見に来た野下先生と合致した。
ここでもパシられるのは新米下っ端先生か……。なんて嫌味を思ってしまう。
心配そうな顔をしてくれていたので事情を説明し、もうすぐ学校だし、現状維持のまま俺は瑠奈を直接保健室へ連れて行った。
保健室に着いた頃には既に放課後であった。
「これでよし……と」
保健室にて保険の先生がいなかったので勝手に救急箱を使わせてもらい、丸椅子に瑠奈を座らせて仮処置をしてやる。
「ありがとうございます。時人君」
「いえいえ、どういたしまして。軽い怪我とは思うけど酷くなったら病院行けよ?」
「はい……」
瑠奈の沈んだ返事を聞きながら、俺は救急箱を元の位置に戻す。
「私、自分が情けないです」
救急箱をしまうと、そんな声が聞こえてきた。
「ん?」
「道を間違えるなんて……」
瑠奈は顔を伏せ、溜息混じりで言った。
「いや、瑠奈は悪くないだろ。学校側がちゃんと瑠奈にルートを教えてないのが悪いと思うけど」
「しかし、冷静に考えれば分かった事です。周りに誰もいないのは気が付いていたのですから――」
「うーん……。でも、気が付くのは難しいと思うけどな」
そんなフォローを入れたけど、彼女は嘆く様に言う。
「それに……。間違えただけならまだしも、転んで怪我までして――」
そこはドジっ子属性なのかな? 瑠奈は。
「その上、時人君に迷惑かけて――」
「瑠奈、それは違うぞ」
彼女の言葉に瞬時に言葉が出てしまった。
「俺は迷惑だなんて思ってない。瑠奈が怪我して困っていたから助けたんだ。困った時はお互い様だろ? だから、俺は迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないよ」
当たり障りのない言葉をかけてやると瑠奈は少しだけ瞳を輝かせた。
「時人君は優しいのですね……」
「人が人を助けるのは当然の事だろ」
そう言うと瑠奈は視線を逸らして言ってくる。
「時人君の思っている当然の事というのが出来ない方々は沢山おります。なので時人君は優しい方なのですよ」
彼女は言いながら「そう……とても……」と呟いて立ち上がる。
「――大丈夫か? 痛まない?」
声をかけると瑠奈はその場で少し間を置いて言ってくる。
「大丈夫じゃないかも……。またおんぶで送ってくれますか?」
「え……? マジ……?」
そんな俺のリアクションを見て瑠奈はクスクスと笑い「冗談です」と舌を出す。
「やめろよな。心配するだろ」
「ごめんなさい。また、時人君におんぶしてもらいたくて、つい」
「はいはい。それも冗談だろ?」
そう言うと首を横に振られる。
「冗談じゃありませんよ。時人君の背中たくましくて……とても居心地が良くて……。――あ……」
瑠奈は口元に手を持っていき、頬を赤く染めた。その姿はあざとくなく、なんだか本当のリアクションの様であった。
え? なに、その反応。可愛いんですけど。
「い、今のは――あれです。違いますから!」
そして「違いますからね!」と言いながら脱兎の如くその場を立ち去ってしまった。
足は大丈夫なのか? と、思っていたら保健室のドアから瑠奈はひょっこり顔だけのぞかして言ってくる。
「今日は本当にありがとうございました。――またね」
瑠奈は軽く手を振ってその場を今度こそ去って行った。
――えっと……。あの反応はどっち? 作戦なの? 天然なの? どっちなの?




