第10話
霧の中枢が、一歩“前に出た”。
それだけで、空間が悲鳴を上げた。
ズン。
音ではない。
圧力だ。
存在そのものが押し寄せてくる感覚。
凪は思わず歯を食いしばる。
「……っ、重っ……!」
弥國は一歩も動かない。
だが銃口だけは、微動だにせず霧の中枢を捉えていた。
「凪」
「何だよ!」
「今のは“殺意”じゃない」
「は?」
霧の中枢は何もしていない。
攻撃も、捕食も、破壊もしていない。
ただ“存在している”だけ。
それなのに。
「存在圧だけで世界を壊してる」
弥國の声は冷たい。
「そういう類だ」
凪の顔が引きつる。
「そんなの反則だろ……!」
その瞬間だった。
霧の中枢が、ほんの僅かに“傾く”。
まるで首をかしげるように。
そして。
(理解開始)
凪の脳に、直接響く
今までと違う。
ノイズじゃない。
“言葉に近い何か”
(個体:朝雛凪)
(運命干渉:未完成)
(適応:高)
「またそれかよ……!」
凪が叫ぶ。
「俺の何がそんなに気になるんだよ!」
霧の中枢は答えない。
代わりに、今度は弥國を見る。
(個体:齋藤弥國)
(解析:更新中)
弥國の指が、わずかに動く。
「……やはりな」
小さく呟く。
「何が“やはり”だよ」
凪が横目で見る。
弥國は淡々と答える。
「俺の異能は“固定された世界”でしか成立しない」
「だから当てられる」
「今のは?」
「世界が固定されていない」
一瞬の沈黙。
凪の顔が真顔になる。
「それ、つまりどういうことだよ」
弥國は霧を見たまま言う。
「ルールがまだ決まっていない世界だ」
その言葉の瞬間。
霧の中枢が、再び動いた。
今度は“上”ではない。
“内側”。
凪と弥國とメフィスト。
その全ての中心へ。
ズズズ……
空間が沈む。
いや、違う。
“定義”が沈んでいる。
凪が息を呑む。
「おい……これやばいって……!」
その時だった。
遠くの層が裂ける。
雷鳴。
空間切断。
メフィストが霧の揺らぎの中から姿を現す。
「ようやく本体か」
赤い瞳が細くなる。
「長い」
霧の中枢は、メフィストを見る。
そして。
(観測一致)
「……一致?」
凪が呟く。
弥國がわずかに眉を動かす。
メフィストが一歩踏み出す。
「霧」
「お前はいつもそうだ」
「勝手に世界を弄ぶ」
霧は答えない。
だが。
空間が“静かに震えた”。
その瞬間。
凪の中で何かが弾ける。
(運命支配)
勝手に発動する。
だが今までと違う。
「……は?」
凪の目が見開かれる。
「制御できねぇ……!」
弥國が即座に叫ぶ。
「凪、離れろ!」
だが遅い。
霧の中枢が“決定”する。
(選択:確定)
世界が、一瞬だけ止まった。
そして。
次の瞬間。
凪・弥國・メフィスト。
三人の存在が。
霧の中に“飲み込まれた”。
暗転。
そして、霧だけが残る。
まるで何もなかったかのように。
静かに、そこに立っている




