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最終章:無限の鏡
翌朝。久瀬は、かつてないほどの爽快感と共に目覚めた。瑞希からの連絡に明るく答え、新作の執筆も魔法のように捗る。世界は以前より鮮やかに見えた。
「ああ、これが『自分』であるということか」
彼は洗面所で顔を洗おうとして、ふと鏡を見た。
鏡の中に映る自分。その「瞳」が、自分の意志とわずかにズレて動いた気がした。鏡の中の久瀬は、彼が笑っていないのに、あの不敵な笑みを浮かべていた。
その時、背後のドアが開いた。
「……ただいま」
聞き慣れた「自分の声」が、冷たく部屋に響く。
ゆっくりと振り返った久瀬の目に映ったのは、血のついたナイフを握りしめ、ボロボロのパーカーを着た「三人目の久瀬」だった。
鏡の中の自分。目の前の死に物狂いの自分。そして、今の自分。
果たして、自分が殺したのは誰だったのか。そして、今自分を殺そうとしているのは誰なのか。
無限に反転し続ける鏡の迷宮の中で、久瀬は自分が「実体」なのか「影」なのかさえも分からなくなり、ただ無音の絶叫を上げた。




