07
「その言い方をするってことはさ、要するに邪魔ってこと?」
「違うよ、そんなこと言ってない」
まだ終わらせてはくれなかった。
でも樽井くんを責めることはできない。
私の言いたかったことをそのまま伝えてくれた形になるから。
「ふーん、そりゃまあ自分の家じゃないのにまるで自分の家みたいに暮らしている厚かましい存在がいたら迷惑だよね。あたしもあれだけどリョウカと仲良くなさそうだしね、ホトリは」
……しょうがないじゃん、仲良くしたいとか言っておきながら嫌いって言ってくれたんだから。
ああだけどいいか、どうせこの流れなら出ていって友達でもなくなって終わりだろう。
彼にお礼をしなきゃな、終わらせてくれてありがとうって。
だってこれのおかげでもうこんな惨めな思いをしなくていいんのだから。
「あーあ、ホトリ泣いちゃった」
「あんたのせいでしょこれは」
「いやでも実際さ、おかしいと思うんだよね。他人の家に居座っておきながら他の子とイチャイチャするなんてさ、隠れてするのならともかく見せるけるようにしているんだからさ」
こんな3人でコソコソしていたらあの子がやって来てしまう。
とりあえずは話を終わらせて二人に部屋から出てもらった。
もちろん彼にはお礼を言っておいた、また今度なにかするとも付け加えて。
父も母もがっかりするかもしれない。
ああいうセリフが自然に出るということはまず間違いなく出ていくだろうから。
それか実の娘以上にもう可愛がっていて追い出されるのは私かもね。
だから黙って生活していろで終わる可能性が高く存在していると。
「ホトリ、入るぞ」
「どうぞ」
父といられるのもあまり嬉しくなくなってしまった。
寧ろ積極的にいようとしなくなったことで父としてはラッキーかもしれないけど。
「なんでそんなところに転がってるんだ?」
「……あの二人が出ていくかもしれない」
「そうか、まあそれはふたりの自由だからな」
本当は一緒にいたいくせに。
ゲームでとことん付き合ってくれる子だ。
私より気が回って家事能力とかも高い子だ。
なにより自分の好きな相手が気に入っている二人だ。
それがこんな可愛げのない娘のせいでいなくなったら?
「仲良くできなかったんだ、全部私のせいだから……ごめん」
「他人の家で暮らすのはどうしたって気を使うからな、精神的に疲れたのなら仕方がないだろ」
「じゃなくてっ、全部私の……」
それよりどうして父が部屋に来たんだろう。
こういうことって滅多にないから軽く驚いている。
あまり怒るタイプではないから意外ではないけど怒らないことも。
なぜだかこちらの頭を撫でて優しい表情を浮かべていることも。
私にそんな優しさを向けてもらえるような資格はない。
勘違いして勝手に盛り上がる痛い女だ。
「出ていったらまた前みたいに戻るだけだ」
「……家事とかだってまたやらなければならなくなるんだよ?」
「それが専業主夫の仕事だろ。最近が寧ろおかしいんだよ、ホトリやナホに頼りすぎてたから」
呼び捨てを許可するぐらい仲良くやっていたんじゃないか。
意外と父が残ってほしいと言うかもしれないな。
もしそうなったら私はとことん謙虚に生活しようと思う。
とはいえ、あれでまだ残ることを選択するようには思えないけどさ。
「リョウカとゲームばかりやっていたもんな」
とりあえず父も追い出して一人の時間を謳歌する。
二人が下にいるのなら最後のゲームとかに付き合ってあげてほしい。
「ただいまー!」
どうして今日はこんなにも人が来るのか。
しかも耳にダイレクトアタック、こちらの鼓膜を破りにきている母。
「ホトリちゃん、どうして最近はお部屋にこもっちゃってるの?」
「お母さん、私のせいであの二人が出ていくかもしれない」
「そっかー、それは残念だね……でも、いまのままだとあの人を取られかねないからソワソワしていたからねー、だからなんとも言えない感じかな」
本気で女子高生に取られるって思ってたんだ……。
そんな心配なんかしなくてもいつでも優先度は母が1番なのに。
「さあ、1階に行こ? ご飯を作ってくれているから」
「うん……」
自ら望んだことでもある、であるならば最後まで堂々としていよう。
なにより父が作ってくれたご飯を食べるだけなのに変な気を使う必要はないのだ。
どうやら今日に限ってナホが作ってくれたご飯らしいけど最後だと思えばしっかり味わえる。
気になったのは二人が全くお喋りしていなかったことと、樽井くんがはしゃいでいたこと。
ま、まあ、彼にはお世話になったからね、ご飯を食べているぐらいで文句は言わないよ。
「というか姉さんは?」
「そこに寝っ転がってる、味見ばっかりしていたから嫌な予感してたんだよね」
お姉さん、普段からちゃんとご飯食べていますか?
あ、あの子が笑っているのはボコボコに負かしたからか、それでお姉さんは不貞腐れていると。
「ホトリ」
「な、なに?」
急にナホから話しかけられてたじたじに。
「厚かましいけどさ、出ていってなんかやらないから」
「えっ」
「文句あんの? だったらいまここで直接言って」
「いや……出ていくものだと……」
「だから出ていかないから!」
父がナホを落ち着かせて、少しだけ落ち着いたのか静かに席に座り直す彼女。
そっか、じゃあまだ苦しい生活は終わってくれないんだ。
せっかく彼が動いてくれたというのにさ、これじゃあ申し訳ない。
「残る理由ってなんで? お父さんやお母さんがいるから?」
「それもある、暖かい気持ちになれるのもある、色々大きいから楽しいのもある」
「……ならお父さんとお母さんとリョウカちゃんと先輩と樽井くんとだけ仲良くしなよ」
いちいち部屋に来てくれたりしなければ割り切れる。
頻繁にからかうかのように変な距離感で近づかれると困るのだ。
「どうせ仲良くないし求められてないのはわかっているんだから、お風呂行くね」
とにかく黙っていたあの子が不気味だった。
が、お風呂でもトイレでも部屋でも、1度入ってしまえば侵されることはない。
「ふぅ」
「入るよ」
私にできることはちゃんと温まって出るだけ。
まあこういう風にまとめて入れば両親の入る時間が早くなるからいい。
私もね、こんなのでも一応大人だから慌てて出たりはしない。
「ホトリの家のお風呂ってでっかくていいよね、温泉みたいでさ」
「うん、お母さんが頑張ってくれてるから」
その割にはこんな明るくもなんでもない娘が生まれてきちゃったけど。
ナホが本当の娘だったら絶対に喜んだと思う、意味のない考えだけどさ。
「ホトリは結局あたしと仲良くしたいのかしたくないのかどっちなの?」
「それより樽井くんが言ったことって実は全部私の気持ちなんだよね」
「出ていかないからね?」
「それならせめて目の前でイチャイチャしないで」
この状況を見たらまず間違いなくあの子は怒る。
本当なら嬉しいはずなのに嬉しくない、だってここには勢いしかないんだもの。
私が逃げるから追ってきただけ、言いたいことを言い終えたらあっという間に側から消えていく。
「ということは嫉妬しているだけであたし個人が嫌というわけではないのか」
「……嘘言っていたとでも思ってるの? 商業施設で言ったことは本当だよ。あの後はメチャクチャ帰りたくなったけどね、あの子とばかり仲良くしてさ。しかもお父さんとも本当の娘みたいに話してるから私いらないなーって……ナホやあの子が来てからいいことなにもないもん……」
こっちの心内はずっと大嵐だ。
それでもなんとかやれているのは樽井姉弟がいてくれたから。
最初は嫌だと感じていた二人のおかげでまだ普通にいられることを考えたら不思議なものである。
「あたしとリョウカを見ているのが辛い?」
「うん……」
「でも、その相手は出ていこうとしていないけどどうするの?」
「……基本的に部屋にこもって生きるから来ないで、お弁当とかも需要ないからお父さんに作ってもらって、仲良くしたいなら外で見えないところでして、話しかけなくていいからいない者扱いして」
そうすれば両親だって可愛げのある二人を可愛がるようになるだろう。
そうすれば二人が気を使う必要だってなくなってくるわけだし、悪いことばかりではない。
「出るね、いまからスタートだからね」
ぜひとも守ってほしいことだった。
「――ナホ? ナホ、どうしたの?」
「ん? ああ……ってかあんたなんでまだいんの?」
「今日は泊まらせてもらうことになったからね」
リョウカが気に入っているソファに遠慮なく座ってこちらを見てくる佐久。
いつの間にか二人が仲良くしていたことに困惑していた。
だって一緒にいるのやめた方がいいとまで言っていたのに。
「佐久姉は?」
「まだそこでちーんだよ」
心配になったのでペチペチ叩いて起こしてみた。
「んあっ!? あ……おはよう」と実に可愛くない感じだったけど普通に起きて安心。
拗ねて味見ばかりしていたからだ、正直に言って自業自得でしかない。
「うん、とりあえず姉弟でお風呂に入ってきたら?」
「だな、行くぞ佐久!」
「ま、別にいいけどね」
ちなみに今日はもうリョウカは寝ている。
恐らくあたしのベッドの中央を陣取ってぐーぐーやっていることだろう。
「珍しいな、一人なんて」
「あ、うん」
友達の父親にタメ口を使っているなんて不思議どころかかなり無礼だけど。
先程ホトリから言われたことを説明しておくことにした、どうしたらいいのかがもうわからない。
「なるほどな、最近あんまり明るくないからな」
あたしたちが来てからなにもいいことがないと言った彼女。
確かにそうだ、見せつけるためにしていたわけではないけどリョウカとばかりいたから。
しかも全く彼女の気持ちなど考えずにドカドカと部屋に入って行ってしまったりしてね。
「私のせいで二人が出ていくかもごめんってさっき謝られたんだ」
「……あたしたちが残ってもいいの?」
「気にするな、住みたきゃいつまでも住めばいい。ただ、ホトリも忘れずにいてくれるとありがたいんだがな。ひとりだけ仲間外れみたいになっていたらナホも嫌だろ?」
頷いて膝曲げてそこに顔を埋める。
そんなつもりはなかったんだ。
寧ろ彼女の方が積極的に距離を作ろうとしていたとも言える。
ワガママを言いまくるリョウカみたいなのはともかくとして、なにも言ってこないのも違うわけ。
二人きりになれて嬉しいと言っていた、なのに今度は完全に距離を作ろうとしているのも彼女だ。
「リョウカのことはどう思っているんだ?」
「え? それは世話のかかる妹的な感じだけど」
「恋愛感情は?」
「ないよそんなの」
「ならホトリには?」
だからそういう領域以前の話……なはず。
仲がいいのかどうか聞いたのはあたしが確証を持って仲がいいとは言えなかったから。
「質問を変える、ナホは本当にホトリの希望通りに動くのか? これからは部屋にも行かず話もせず弁当も一緒に食わず一緒に帰らず、同じ家の中にいても気づかないフリをして生きるのか?」
それがホトリの望みなら。
だけど既にあたしは望みを突っぱねてしまっている。
なのにいまさら律儀に守ったところでしょうがない。
というかさ、いまそれを呑んだらただ怖くて逃げてるみたいになっちゃうじゃん?
なんで同級生の女の子から逃げなければならないのかという話。
大体さ、あたしたちが友達になってあげた側なんだ。
なら最後まで堂々としていなければ舐められるというものだろう。
「そんなの守らないよ」
「なら部屋に突っ込むのか?」
「当たり前でしょ、そういうことだから今日はゲームという気分じゃないから」
「わかってるよ、元々手が腱鞘炎気味でな、リョウカに付き合うのは大変だ」
お礼を言って2階へ。
本当にここに来られたおかげであたしはメチャクチャ楽をすることができている。
特にゲームに付き合うのが大変だったんだ、その点お父さんがいるからいい。
「ホトリ、入るよ」
返事がなくても気にせず突入。
「あ、寝ちゃってる」
まだそんなに遅い時間じゃないのに。
心を疲れさせてしまっているということだろうか。
自分一人だけ歩いて帰ったりとか、さっきみたいなことを言わせてしまったりとかで。
あたしたち――あたしが原因なら少しでも取り除けるようにしたいけど。
いまのままだと逆効果なような……。
「ん……はれ……?」
両手を上げて降参のポーズ。
また彼女の要求を突っぱねてやって来たのだ、変な言い訳はしない。
「ナホ!」
「え、きゃっ!」
冗談抜きで床と後頭部がゴッツンコした。
あまりの痛さに涙が出たぐらいだけど、あたしを抱きしめながら泣いているホトリを見たらどうでもよくなったのは言うまでもない。