第13話 『目撃』
どうしよう。
見てしまった。日村君が、女子生徒の首を絞めてる衝撃的な光景を。
目撃してしまったのは、偶然だった。いえ、ある意味必然だったのかもしれない。
告白の決心がついた今日、授業が終わってから、あたしは日村君の後をずっとつけていた。日村君が水野さんと一緒に帰るのなら諦めていたし、万が一、二人っきりになれるシチュエーションに出会えたならば、実行に移そうという程度のものだった。
そして今日は運が良かった。どうやら日村君は水野さんとは別々の帰路を歩むようであり、水野さんが学校を出たのを見送ってから、あたしは日村君を尾行した。
どこへ行くのか、訝しげに思いながら後をつけていくと、日村君はふらついた足取りで旧校舎へ。トイレに入り、なんと洗面台の前で嘔吐しているではないか。背中をさすって少しでも気を楽にさせてあげたいけれども、ここであたしが出て行ったら不審がられるに違いない。尾行していたことがバレて、気味が悪いと思われるのは嫌だ。
だからあたしは待った。日村君の入ったトイレから少し離れた場所で、ひっそりと。
別に機会としては今日じゃなくてもよかったかもしれない。それにこんな寂れた旧校舎じゃなくても、例えばこの前純也が言っていたように、屋上で告白した方が雰囲気も良かったかもしれない。
でも気持ちまでもそうとは限らなかった。決心が固まっている、今日しかない。明日明後日もその決心が維持できているとは限らないのだし。
それから三十分くらい経っただろうか。日村君はトイレからまだ出てこない。嘔吐の時に伴う呻き声は次第に小さくなり、あたしが隠れている場所まで届かなくなるくらいまでには治まったけど、まだ姿を現さない。ずーっと口の中で用意してきた告白の言葉を呟くあたしも、だんだん心配になってきた。
そしてようやく廊下に出てきた日村君に対し、一瞬の戸惑いが不運を招いた。
先を越されたのだ。あたしが顔を覗かせると、すでに眼鏡でショートヘアの女の子が、日村君と対峙していた。
彼女は何者だ? 日村君の彼女……は水野さんだから違う。まさか私と一緒で、日村君が一人になるところを狙って告白しに来たのか? ……それにしてはずいぶん親しげに、というよりは慣れた感じで話している。女の子の方は私に対して背中を向けてるから話している言葉は聞き取りにくいが、日村君はどうやら女の子の言葉に対して質問をぶつけているようだ。時に呆れ時に納得し、お互い単調なリズムの会話が進んでいく。
日村君が女の子の脇を通過しようとし、ようやく別れるのかと思いきや、女の子の一言で日村君が立ち止まった。証拠? 殺された? 何のことだろう。
そうしてあたしにとっては理解できない言葉が延々と紡がれ、飽きて意識を二人から離しかけたその時、
「……とかなんとか言っちゃったりしてな!」
日村君の唐突な口調の変化に驚いた。そこで目撃する。日村君が女の子の首を両手で締め付けている、衝撃的な現場を!
何? どういうことなの? なんで首を絞めてるの? ふざけてるわけじゃないよね? だって女の子の顔が冗談じゃないくらいに赤くなって……。
「×××××! ×××××」
それにこの声は何? 本当に日村君の声なの? 意味不明な単語の羅列を叫び、声質がさっきとはまるで別人になったかのようだ。心の奥の何かに響くような、どろどろと粘着性を帯びた金切り声。痛い。心の奥底が痛い。
「××金本××××したん××××! ヒャハハ!」
あたしは身動きが取れなかった。もし勇気を出して二人の元へ飛び出していれば、日村君の意識はあたしに移行し、女の子が不意をついて逃げ出すことができたかもしれない。
でもしなかった。できなかった。
恐怖していたのだ。足が竦んで動けなかった。震えが止まらず、立つことだけでも困難だった。おかしくなった日村君の声が、あたしの中に眠る何かと共鳴と反発を繰り返し、生み出された不協和音が嫌悪感を促進させる。
混乱する頭の中で過ったイメージとしては、昔観た映画のワンシーンだった。
それはエイリアンの子供が、人間のお腹を食い破って外に出てこようとするシーン。
まだ子供だったあたしは、映画の内容やあらすじなどはまったく理解できていなかったけど、そのシーンだけは軽いトラウマとなってしまった。もし自分のお腹の中に違う生物がいたのなら、どんな感じがするのかと、考えてしまって。
その感触が、今のあたしには丸々当てはまった。
お腹の中で何かが蠢く。その何かは円を描くように、内臓をぐるぐると掻き回す。痛くはない。けれど気持ち悪いし、気味が悪いし、お腹の内側が妙にむず痒かった。
「さぁ、早く××せよ! 傲慢の××を吐きだ××、俺に恐怖に怯えた断××××見せてみろよ!」
嗚呼、やめて、やめて! 来る……割れる! お腹の中で何かが割れる!
それは封印が解かれた妖怪か。それとも映画のように、いつの間にか植えつけられたエイリアンの卵が孵化する瞬間か。
な、何かはわからないけど、私の中で何かがああぁぁぁ!
「あ……ああぁぁぁ…………」
「さぁ、もう少しだ! 死ね死ね、死ね!」
恐怖と気分の悪さに耐えきれず、今度はあたしが叫びだしそうになった直前に、どさりと大きな物体が床に落ちる音と、落胆の限りをつくした日村君の溜め息が耳に入った。同時に、心の中の何かは急激な勢いで正常な状態へと戻り始める。
日村君は何度か周りを見回してから、その場を去った。倒れた女の子の体躯をその場に残して。あたしは日村君が旧校舎から出ていくのを見届け、息を整えてから女の子へと駆け寄った。
揺すって小さく声をかけてみるが返事はない。脈に指を当ててみても、鼓動を感じることはできなかった。案の定、胸に耳を押し当てても同じこと。瞳孔も開きかけている。
死んでいる。
日村君が人を殺した。普通に会話してると思ったら、突然日村君が女の子の首を絞め、生命が失われるまで絞め続けた。理由も経緯も知らない。あたしはただ目撃しただけ。
どうしよう。どうすればいいんだろう?
やっぱりここは警察に通報を? いえ、それだと日村君が捕まっちゃう。あたしは日村君が捕まってほしいと思っているのか?
……嫌だ嫌だ嫌だ。日村君が刑務所に連れていかれるなんて嫌だ。日村君の顔が見れなくなるのは嫌だ。日村君に告白するチャンスがなくなるのは嫌だ!
じゃあどうすればいい?
どうするも何も、決まっているじゃないか。あたしが何とかすればいいのだ。この殺人を知っているのはあたしだけなのだから、あたしがこの死体を処理してしまえばいいだけのこと。
そう、この殺人を無かったことにさえできれば……。




