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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
6. Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)
97/105

(24)

「ほっ、堀之内さんはここには来ませんよ!」

 七海が言うと、晶の親戚の男はチラリと後ろで倒れているあかねの方を振り返った。

「あいつが来なければ、母親は……」

「だっ、だって、来られないんですよ! 堀之内さん、ここには来られないんです!」

「何だ、それ? あいつ、そこまで来てるんだろ?」

「だって、堀之内さんはお母さんと会えないんです。お母さんと会えないことになっているんです! そういう取引みたいなことをしたから……。だから、堀之内さんの魔法の継承がほしければ、あかねさんをここから解放してください。でないと、堀之内さん、いつまで経ってもここに来られないし、あなたも魔法の継承をもらうことができませんよ?」

「取引……?」

 七海の言葉を聞くと、親戚の男は黙り込んでしまった。


 晶が母親を生き返らせるために「ビルの中でしか魔法を使えない」という条件だけでなく、「母親と二度と会えない」という条件を引き合いに出してしまったことを言って良かったのだろうか。


 七海は言ってしまった後も「本当に言ってしまって良かったんだろうか」と自問自答を心の中で繰り返した。

 でも、とにかくあかねをここから助け出すには、晶があかねに会えないようになっていることを言わなければ何も始まらないような気がした。

 だって、あかねがここにいたままでは、晶は本当にこの本殿には来ることが出来ないのだから……。


「だから、あかねさんをここから解放してください」

 七海がもう一度言うと、親戚の男は深く頷いた。

「なるほど、そういうことだったのか。――おい、お前」

 男は七海の腕を掴んでいた白いカッターシャツの男に手招きをした。「あいつの母親を表に停めてある車に連れてって、そこに閉じ込めとけ。あいつがどっかにいるかもしれないから、絶対に見つからないようにしろよ」

「えっ?! 待ってください。あかねさん、ここから解放してくれないんですか?」

 七海が慌てて言うと、男は七海に向かって「ニヤリ」と笑って見せた。

「解放するわけないだろ? ただ、場所を変えるだけだ」

 白いカッターシャツの男は本殿の床に倒れていたあかねを担ぎ上げると、どこかへと連れて行ってしまった。


 どうしよう……と七海は思った。

 良く考えてみれば、「あかねさんを解放してください」と言って、晶の親戚の男たちが大人しく「はい、わかりました」なんて言うわけがない。

 あかねがいて晶がこの本殿に来られないのであれば、ただあかねの監禁している場所を変えれば良いだけの話だ……。


 七海がガックリとうつむくと、地面の上に涙がひと滴こぼれていった。

(――ごめんなさい、堀之内さん)

 やっぱり、自分は足手まといだったんだ。それこそ晶の言った『ミイラ取りがミイラになる』って、本当に自分のことじゃないか、と七海は思った。

(――堀之内さんが本殿に来て、この男の人に魔法の継承を取られてしまったら、私、どうしよう)

 せっかく、お父さんが死ぬ間際に親戚の反対を押し切って教えてくれた魔法なのに、「生き返らせたお母さんに二度と会えない」という条件をのんでまで手放さなかった魔法なのに……。

 自分が全て台無しにしてしまう。



 白いカッターシャツの男があかねをどこかへ連れて行き、また本殿戻ってきてからも、しばらく七海はずっとうつむいたまま、その場を動かなかった。

「――おい、本当にあいつは来るのか?」

 なかなか訪れようとしない晶に苛立ったのか、親戚の男が七海に怒鳴るように訊いてきた。

 七海はただ黙ってうつむいていた。

(――堀之内さん、ここに来なければいいのに)

 ここに来ないで、どうにかしてどこかの車の中に閉じ込められているあかねさんを見つけて、あかねさんを逃がして、そのままビルへ戻れば良いのに、と七海は思った。

(――私のことなんて、置き去りにしてしまっても良いから)




 七海がそう心の中で呟いた時、背後で「ガツガツ」と大きな足音が聞こえてきた。

 七海が「ハッ」と顔を上げて後ろを振り返ると、グラジオラスの花束を持った晶が、本殿に駆け込んで来るところだった。

「――よお」

 晶は七海と親戚の男に気付くと立ち止まった。「ここまでたどり着けたってことは、そこに母さんはいないってことか。まさか、解放したってことは……。まあ、絶対にないよな。母さん、どこやったんだよ?」

「堀之内さん!」

 七海は晶の姿を見ると、ありったけの大きな声で叫んだ。「あかねさん、この神社の表に停まっている車の中にいるんです! だから、早く行って、あかねさんを助けて……」


 七海が言い始めると、親戚の男がカッターシャツの男に目配せをした。

 カッターシャツの男が七海の腕をガッチリと掴んだ。

「そいつ、離せよ! そいつは何も関係ねーだろ?」

 晶がグラジオラスの花束で七海を指さしながら言うと、親戚の男はまた「ニヤリ」と笑った。

「関係ないんだったら、この女を置き去りにして、母親を助けに行けばいいだろう? その代わり、この女がどうなっても知らないからな」

 親戚の男が言うと、晶は男の方にふてぶてしい視線を投げつけた。

「お前さあ、って言うかお前の周りの奴らもだけど、本当、ヤなヤツばっかりだよな。いっつも父さんのこと悪く言いやがって。父さんが魔法の継承をお前たちにやらなかったのは自分たちが悪いのに、いつまで逆恨みしてんだよ!

 まあ、お前たちがまともで魔法の継承をもらったとしても、俺みたいに超優秀な魔法使いにはなれなかっただろうけどな」


「うるさい! ビルの中でしか魔法が使えないお前に言われたくない!」

 親戚の男は、七海の腕を掴んでいるカッターシャツの男にまた目配せをした。

 カッターシャツの男は七海の腕を掴んだまま、本殿の方へと入って行こうとした。

「――いっ、痛い!」

 七海はカッターシャツの男に腕を引っ張られて、悲鳴に近い声を上げた。

(――すごい力)

 七海はその場から動かないように精いっぱい頑張ったが、男の尋常とは思えない力の強さに全く抵抗出来なかった。ずるずると身体が本殿の方へと引きずられてしまう。

(――助けて!)

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