(25)
七海は思わず晶の方を見た。
七海が晶の方に視線を向けると、晶も七海の方に視線を向けた。
晶と目が合う。
(――えっ?!)
七海は晶の瞳を見て、思わず心の中で声を上げた。
いつもビー玉のように輝いている晶の瞳が、まるで光を失ったかのように暗くくすんでしまっている。
顔の表情もいつものふてぶてしさとは打って変わって、何ともツラそうな悲しそうな表情をしている。
そして、そんな暗い瞳と悲しそうな表情で、七海の方をジッと見ているのだ。
(――堀之内さん、どうしちゃったの?!)
七海は唖然として、ただ晶の顔を見つめていた。
でも、そんな「暗い瞳」と「悲しそうな表情」はすぐに消えてしまった。
晶はいつも通りのふてぶてしい表情に戻ると、手に持っていたグラジオラスの花を一輪、七海の腕を引っ張っているカッターシャツの男の方に投げた。
グラジオラスの花がカッターシャツの男に触れた途端、七海の腕を掴んでいた男の力が急に弱くなり、カッターシャツの男の体が見る見るうちに小さくなって行く。
七海は心の中で「ヒィ」と悲鳴を上げた。
男は見る見るうちに小さくなっていったが、何故か着ていたカッターシャツだけはそのまま変わらない。
やがて男は白いカッターシャツだけ残し、跡形もなく消え去ってしまった。
七海は白いカッターシャツだけになった男を、「信じられない」というような表情で見下ろした。
「――そいつ、元々ただのシャツだったんだろ? 魔法で人間にしてただけで。グラジオラス触っただけで解けるなんて、相変わらず魔力弱いよな」
晶がふてぶてしい表情のまま、何でもないような口調で言った。
「お前、この間もそうだったけど、何でビルの外で魔法が使える時があるんだ?」
親戚の男が言うと、晶は男の方をチラリと見た。
「ああ、使えるんだよ。多分、お前たちが悪事を働こうとすると、使えんじゃねーの?」
晶がまるで親戚の男を見下したかようにふてぶてしく言うと、男は目を吊り上げて、近くにいた七海の腕を掴んで力いっぱい引き寄せた。
「いっ、痛い! やめてください!」
七海はまた叫んだが、親戚の男はまるで七海の声が聞こえないかのように力いっぱい七海の腕を掴んだ。
「うるさい! そんな魔法がどこにあるんだ? 早く魔法の継承を寄越さないと、この女をどうかするぞ! 本殿に上がって来い!」
親戚の男は七海の腕を強く引っ張りながら、神社の本殿の奥へと後退りしていった。
(――いっ、痛い!)
七海は男に強く腕を引っ張られて、男が本殿の奥へと一歩進むたびに腕に激痛を覚えた。
七海が痛さで顔を歪ませると、晶が慌てたように本殿の方へと上がって来た。
「ほっ、堀之内さん、こっちに来ないで! 早くあかねさんを、お母さんを助けに行ってあげてください!」
七海は痛さで顔を歪ませながらも、力いっぱい叫んだ。
「静かにしろ!」
親戚の男が七海の方を睨むと、さらに腕を強く掴んで引っ張った。
「――痛い!」
七海が痛さでまた顔を歪ませた。
これ以上引っ張られたら、腕がちぎれてしまうのではないかと思うほどの痛さだ。
でも……、と七海は思った。
これくらいの痛み、晶がビルの中で長年味わってきた痛みに比べれば、何でもないのかもしれない。
父親が亡くなると知りつつ魔法を継承して、血のつながっている親戚からは逆恨みされ、お母さんを生き返らせたためにビルの外に出られなくなり、せっかく生き返らせた母親にも二度と会えなくなり、たった一人の理解者である大好きな信彦にも「友だちの愛美と二度と会えない」という秘密をひた隠しにしなければいけなかった……。
そんな晶がずっと抱えていた痛みに比べれば、今の自分の腕の痛みなんて、どうってことないのかもしれない。
(――堀之内さんが「お前見てるとイライラするんだよな」って言った気持ち、わかる)
確かに自分は姉の六華が亡くなってツラい思いをした。
でも、晶がずっと背負っていなければいけないものに比べれば、「過去は過去」と割り切れる話だ。
別に姉が亡くなったからと言って、ビルの外に出られなくなったわけでもないし、誰かに秘密をひた隠しにしなければいけないわけではない。
晶に比べれば、自分は何て自由なのだろう。
なのに、どうして今まであれほどまでに、姉に縛られて生きていたのだろうか……。




