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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
5.
72/105

(5)

 次の週の水曜日。


 七海は「Tanaka Books」から少し離れたコンビニの前で、車に乗った信彦と落ち合った。

「いやーっ、参りましたよ」

 七海が助手席に乗り込むと、信彦が言った。

「どうしたんですか?」

「ここに来る時に店に少し寄ったんですが、ビルの外に出る時、晶に捕まってしまって……。『ノブさん、どこ行くの?』ってしつこく訊かれてしまいました。あいつ、何というか、ヘンにカンが良い時があるんですよね」

 確かにそれはわかる、と七海は思った。


 七海と信彦は今日、晶の母親にそっくりなあかねの勤めているワイナリーに一緒に行こうとしていた。

 信彦が「その女性を直接見てみたい」と言ったからだ。

 七海はあかねが晶の母親に似ていることを晶に話した方が良いのだろうか、と信彦に訊いてみた。

 さすがに顔が似ているだけでなく、やけどの痕がある場所までそっくりというのは偶然にしては出来過ぎている。

 どういう事情があるのかはわからないが、あのあかねさんが実は晶の死んだ母親だとしたら、晶にも話した方が良いのではないか、と七海は思った。

 でも、信彦は首を横に振った。

「晶にはまだ、話さない方が良いと思います」

「どうしてですか?」

「晶は母親のことが本当に好きだったんです。たった一人の肉親ですしね。亡くなった時は本当に落ち込んで自暴自棄になっていました。『似ている人がいる』と話すのは中途半端に良くないような気がします」

「でも、もしもですよ、あのあかねさんが本当に堀之内さんのお母さんだとしたら……?」

「本当にそのあかねさんが晶の母親の愛美まなみさんだったら、それこそ晶には内緒にしておいた方が良いと思います」

「でも、どうして……?」

「晶が何かしらの事情を知っているかもしれないからです。愛美さんが生きていたなんて、本当に生きていることを知っていたら晶が僕に話さないわけがない。話さないと言うことは、何か話せない事情があるのかもしれません。とにかく、そのあかねさんという女性に会って、本当に晶の母親の愛美さんか確かめないことには……」


 七海は信彦の車の助手席に乗りながら、窓の外を見た。

 一週間前に自分の車で通ったのと同じ道路だ。日本海は相変わらずどんよりとしたグレイに煙っていて、空もどんよりと曇っている。

 雨が降っていないだけ、マシな天候だった。

「ノブさんは、あのワイナリーに行ったことがないんですよね?」

 七海が運転している信彦に訊くと、信彦は頷いた。

「はい。でも、実は2回くらい行こうとしたことがあったんですが、一回目は一緒に行く予定だった人が急に仕事になってしまって、二回目は強風でワイナリーまでの送迎バスが中止になってしまっていけなかったんです。僕はワインが結構好きなので、一回くらいは行きたいとは思っていたんですけどね」

「そうなんですね」

 2回行こうとして2回とも行けなかったなんて、何だかずいぶん運のない話だな、と七海は思った。


 七海と信彦の乗った車は、真っすぐに目的のワイナリーまでの道を走った。

「それにしても、最近、不思議なことが多いですね」

 運転している信彦がふと言った。

「不思議なこと、ですか?」

「はい。ビルの中でした魔法が使えないはずの晶が、少しですがビルの外で魔法が使えたり、愛美さんにそっくりの女性が現れたり……」


 七海は晶と信彦に自分の姉の六華の話をした日、晶がビルの外なのに魔法を使って自分を助けたりしてくれたことを思い出した。

 自分の姉のことばかり考えていたが、ビルの中でした魔法が使えない晶が、ビルの外で魔法が使えた……というのは、確かに重大事件だ。

「でも、あの時、どうしてビルの外でも魔法が使えたんでしょうか? 堀之内さんも、理由はわからないようでしたけど」

「何かしらの理由はあるはずですよ。その理由がわかれば、晶も親戚の魔法使いを気にせずに外に出られるんですが……。晶はビルの外に出られないことを『好きな時にビールを買いにいけないのが面倒だ』くらいにしか言わないんですけど、あの年代の男性がビルの外から一歩も出られないのは、やっぱりものすごく窮屈だなとは思うんです」

「そうですよね」

 七海は信彦の言った言葉に大きく頷いた。

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