*(20)
七海の記憶はここからしばらく途切れてしまう。
後で両親から聞いた話だが、七海の記憶が途切れた日に六華は容体が急に悪くなって入院し、そのまま栄養失調による多臓器不全で亡くなってしまっていた。
七海は姉の死のショックで、それこそ抜け殻のようになってしまい、ずっと部屋に閉じこもり、食事もほとんど摂らなかったらしい。
そう、且つての自分の姉のように、ショックの余り七海も引きこもってしまったのだ。
七海がふと我に返った時には、母親からの着信に気付いてから3ヶ月ほどが経過していた。
我に返った七海は自分のやせ細ったカサカサの手を見ても、しばらくは何があったのか理解できなかった。
それでも、自分の母親が涙を流しながら自分に抱きついてきたのを見て、大体の状況を思い出した。
そして、七海も涙を流した。
結局、七海は完全に健康を取り戻すまでにかなりの時間が掛かってしまい、専門学校は留年することになってしまった。
留年するくらいなら専門学校を辞めてしまえばという話も出たが、七海は「通う」と言った。
身体の具合が良くなると、七海は本当にすぐに復学した。
学校を辞めて、家で何もせずにボーッとしている期間が出来るのが怖かったのだ。
このまま学校を休んで家に引きこもってしまったら、姉の六華と同じになってしまう。
あの暗い表情をして、世間から忘れ去られて亡くなってしまった姉と、同じになってしまう。
七海はやっぱりまだ六華のことが大好きだったが、六華と同じように亡くなってしまうのは、あまりにも悲しすぎると思った。
七海は留年こそしたが、学校に復帰した後は卒業まで順調に通い続けることが出来た。
学校で普通の生活を送る内に、六華が亡くなったショックも徐々に和らいで行った。
七海と同じように悲しんでいた両親も徐々に落ち着きを取り戻し、やがて、元々三人家族だったのではないか、と錯覚するほど三人で過ごす毎日が日常となって行った。
でも、七海は生前姉が引きこもっていた部屋の前と通るたびに、どこかで美味しそうなホットケーキを見るたびに、ふと六華のことを思い出すのだった。
六華が亡くなって数年経った。
七海は勤めている会社からの帰り道、道の向こうで見覚えのある人物を見つけて、思わずビルの影に隠れた。
道の向こうから笑顔で歩いて来たのは、亡くなった六華の彼氏だった金子だった。
六華は「金子が別の県へ転勤になった」と言っていたが、もしかして、転勤を終えて七海が暮らしているN県に戻って来たのかもしれない。
七海はビルの影からそっと金子の方を覗き見た。
金子は一人ではなかった。
金子の横に寄り添うようにして笑顔で歩いている女の人がいた。
顔が小さくて美人で、六華とは違ってスレンダーな体型の女性。笑顔が、まるで太陽のように輝いていて、いかにも幸せそうだった。
あの女性がきっと金子と結婚した相手なのだろう。
六華から金子を奪い取って結婚した……。
七海は女性の笑顔を見ながら、言いようのない「怒り」と「憎しみ」の感情が自分の心に湧いてくるのを感じた。
お姉ちゃんはあんなに暗い表情のまま、みんなから忘れ去られて亡くなってしまったのに……、
今、目の前にいるあの女の人は、金子だけでなく六華の幸せさえも奪い取ったかのような満面の笑顔で生きている。
本当だったら、お姉ちゃんが金子の隣で笑っていたはずなのに……。
(――ひどい)
七海は金子の隣にいる笑顔の女性を睨みつけながら心の中で言った。(お姉ちゃんが亡くなってしまったのも、あの女の人のせいなのに)
どうして、あんなに完璧で優しかった姉の六華が亡くならなければいけなかったのだろうか。
そして、どうして姉から彼氏を奪ったあの女の方が幸せに生きているのだろうか。
――あの女の人、不幸になれば良いのに。
お姉ちゃんみたいに苦しんで悲しんで、ひどい目に遭ってしまえば良いのに、と七海は思った。




