(3)
翌日、信彦は近所にある信彦の兄がやっている不動産屋へ用事があると言って出かけて行った。
信彦が出かけている間、七海は一人で「Tanaka Books」の店番をした。
平日の昼下がり、客はほとんどいない。
七海は店のパンフレットを折ったり、売り物の本を整理したりしながら時間を過ごした。
あまり客がいないと「今どきの本屋は経営が……」と思ってしまいそうだが、「Tanaka Books」に関しては大丈夫らしい。
何せ、このビルが信彦の兄がやっている不動産屋の所有物だし、信彦も兄の不動産屋を少し手伝っていて、お金には不自由していないらしかった。
七海が「Tanaka Books」でのバイトでもらっている破格の時給、もちろん晶も何かしら出しているのかもしれないけれど、それくらいは出しても特に支障はないらしい。
信彦があの晶に対して穏やかに接することが出来るのも、晶が親友の息子だということだけでなく、金銭面とか余計なことを心配しなくて良いからなのかな、と七海は店のパンフレットを折りながら思った。
「――よお」
声を掛けられて七海が振り返ると、晶が店の奥のドアから入って来るところだった。「あれ? ノブさんは?」
「お兄さんの不動産屋に用事があるって出かけました」
「ふーん」
その時、ふと店の扉が開いて客が入ってきた。
「――いらっしゃいませ」
七海は笑顔で入ってきた客の方を見たが、客を見た途端、反射的にレジから飛び出して、店の奥のドアへと走って行った。
「――おい!」
後ろから晶の声が聞こえたが、七海は構うことなく一目散に店の奥の本を自由に読めるスペースへと駈けて行った。
七海は店の奥の本を自由に読めるスペースの隅まで行くと、物陰に隠れた。
(――あの人だ)
一瞬しか見なかったが、店に入ってきたのは、昨日窓の外を通り過ぎて行った「あの人」だった……。
七海はしばらく本を自由に読めるスペースの隅に潜んでいた。
七海が部屋の中でジッとしていると、ふいに腕を掴まれた。七海が飛び上がるほど驚いて振り返ると、後ろにいたのは晶だった。
「――お前、何やってんだよ?! 仕事中だろ?」
晶がふてぶてしい声でまくし立てていたが、七海は何故か晶の顔を見て安心したような気持ちになった。
(――良かった、「あの人」じゃなかった……)
「すみません、あの、ちょっと驚いてしまって……」
七海はこっそりと店の方を見たが、「あの人」の姿はもういない。
七海はホッとした。
「驚いたって? あの、さっき入ってきた男のことかよ?」
「いえ、その……」
「あいつなら、もう帰ったって。雑誌だけ買ってさ。俺がレジやってやったよ」
「あっ、あの、ありがとうございました」
まさか、晶がレジをやってくれたなんて……。
七海は今更ながら仕事を放棄してしまったことを反省した。
(――でも、「あの人」とは顔も合わせたくもないし)




