(4)
「お前、さあ」
晶は七海のことをジーッと見た。「さっきから、何だよ? 『いえ、その』とか『あっ、あの』とか。気の抜けた返事ばっかで」
「いえ、その……。すみません、仕事に戻ります」
「あっ、おい!」
七海は晶の横を通り過ぎようとしたが、晶が七海の腕を掴んで引き留めた。
七海が晶の方を振り返ると、晶は七海を掴んでいるのとは反対の方の手の平を七海の顔にかざそうとするような仕草を見せた。
七海は前に晶が言っていたことを思い出した。
確か、晶は「こうやると、(心の中が)読めるんだよ」と言って、自分の顔に手の平をかざしていた。
「ちょっと、何するんですか?!」
七海は慌てて顔を背けた。「まさか、私の心の中を読もうって言うんですか?!」
「はあ? そんなことしねーよ。前にも言っただろう? お前の心の中なんて、読んだってつまんなそうだしって」
晶が自分の顔に手の平をかざそうとしたように見えたのは、気のせいだったのだろうか。
七海が晶に捕まれている腕を自分の方に引き寄せると、意外にも晶はいとも簡単に掴んでいた手を離した。
「――ただいま」
信彦が帰って来たらしい。信彦は店の奥の本を自由に読めるスペースにいる七海と晶の方を不思議そうに見た。「二人とも、どうしたんですか? そんなところで」
「――ノブさん、お帰りなさい。何でもないんです、仕事に戻ります」
七海は晶の方を見ないように、店の方へと足早に駆けて行った。
七海はその日はずっと上の空みたいな状態で一日を過ごした。
店に客が入って来るたびに、「あの人がまた来たんじゃあ……」とギクッとなるのがわかる。
いつも通りにしないと……とは思っていても、つい態度に出てしまう。
(――でも、あの人は私のことなんて覚えてもいないかもしれないし)
そうだ、数年前に何回か会っただけだ。
自分のことなんて覚えていないだろう……。
店の閉店近くになると、七海は緊張のせいか身体中が痛いような感覚に襲われた。
七海が自分の肩や首を揉むような仕草をすると、信彦が話しかけてきた。
「七海さん、疲れましたか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「だったら、良いんですけど。すみませんが、またちょっと兄のところへ行ってきます。少し店の方をお願いしても大丈夫ですか?」
「はい、わかりました」
店に一人で残るのはイヤな気もしたが、信彦は昼間の七海に起こった出来事を知らないのだから仕方ない。
七海は笑顔で信彦を見送った。
信彦が出かけると、店の中は七海一人だけになった。
店内の爽快なジャズの音楽が、今日は何だか違う音楽のように聴こえる。
七海はため息を吐いた。
そう言えば、昼間の「あの人」の一件があった後、晶の姿を見ていない。
いつも通りのふてぶてしい態度だったが、自分が仕事を投げ出してしまったことをフォローしてくれたし、一応は自分のことを心配はしてくれたのだろうか。
いくら突然の「あの人」の登場で驚いていたとは言え、晶にはつれないことをしてしまって悪かったな、と七海はまたため息を吐いた。
(――次に堀之内さんにあったら、もう一度お礼を言わないと)
「――石橋七海さん、ですよね?」
物思いにふけっていた七海は、突然声を掛けられ、驚いて後ろを振り返った。
七海が振り返ると、いつの間に自分の後ろに立っていたのだろうか、一人の青年が自分のことを見下ろしていた。
歳は30歳になったばかり位だろうか、色白で中肉中背で品の良さそうな顔立ちをしている。キチンとした仕立ての良さそうなスーツを着ている……、「あの人」だった。
七海は驚きのあまり、ただ目を見開いてその場に立ちすくんだ。




