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「晶は母親が亡くなってから、なぜかこのビルの中でしか魔法を使えなくなったんです。もしかして、母親の死のショックかとも思ったのですが、それだったら魔法自体が使えなくなるだろうし、僕にも理由はわからないんです。晶に訊いても『わからない』と言うし……」
「そう、だったんですね」
信彦の話を聞いて、七海は内心、かなりショックを受けていた。
晶のあのふてぶてしい態度。
時々「もう!」みたいな感じで怒りすら感じることもあるが、晶は自分が思っていたよりも遥かに複雑な過去を背負っていたようだ。
親戚から狙われているということは、母親も死んでしまったし、頼ったりする身内もあまりいないのだろう。
両親の友達だった信彦は世話を焼いてはくれるが、もしかすると、信彦以外に頼れる人間もいないのかもしれない。
「――七海さん、どうしましたか?」
信彦に声を掛けられて、七海は顔を上げた。
「あっ、いえ……。その、堀之内さんには結構複雑な事情があったんだな、と思って。私、そう言うことあんまり知らなかったから……」
「七海さんは優しいですね。晶が七海さんのことを気に入っているのもわかります」
「いえ! そっ、そんなことありません」
「でも、そんなに心配しなくても大丈夫です。確かに晶はいろいろと複雑な事情も背負っていますけど、僕もいますし、七海さんもホットケーキを焼いてくれますし、晶の魔法を必要としている人もいますし、それなりにやっているので、七海さんがそんなに心配しなくても大丈夫です。確かに、ビルの外に出られないは不便だとは思いますけどね。――そうそう!」
信彦は何かを思い付いたような表情をすると、レジの奥に入って行き、写真を一枚持って来て七海に手渡した。
「これは……?」
「小さい頃の晶と、生きていた頃の晶の両親の写真です。この写真、僕が撮ったんですよ」
七海は信彦から手渡された写真を見て、「あっ」と声を上げそうになった。
まず目に飛び込んできたのは、晶にそっくりな男性だった。
多分、晶の父親なのだろう。服装こそちゃんとしたスーツを着ているが、信彦が言う通り、晶にそっくりだ。
晶にそっくりな男性……、晶の父親は、穏やかそうな笑みを浮かべている。
今の晶は絶対にこんな穏やかそうな表情はしないな、と七海は思った。男性のこの穏やかそうな表情を見ただけで、この男性が信彦の言った通り「優しい」人間なのだろうと言うことが手に取るようにわかった。
横には小さい子供を抱いた女性が、晶の父親と同じような穏やかな笑みを浮かべて佇んでいる。
女性……、晶の母親であろうその人は、細くて色白でとても美しく優しそうな女性だった。
そして、女性の腕の中で心地よさそうに収まっている小さい頃の晶も、穏やかな笑みを浮かべている。
その写真の中には絵に描いたような「幸せな家族」の肖像が広がっている。
七海は写真を見ながら、何だか目頭が熱くなるような気持ちになってきた。
「とても、ステキな写真ですね」
七海が信彦に写真を返しながら言った。
「はい、自分で撮っておいてなんですが、とても良く撮れた写真で気に入ってます。時々、思い出したように見てしまうんですよ。まあ、被写体が良いからなんですけどね。この写真、確か晶も持っていたと思います」
晶も信彦のように時々この家族写真を取り出しては見たりしているのだろうか、と七海は思った。




