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ビルの中の魔法使い  作者: 木原式部
6. Stand by Me(スタンド・バイ・ミー)
105/105

(32)

* * * * *


 七海のバイトの期間は「3ヶ月」ということにはなっていたが、七海は3ヶ月が過ぎても「Tanaka Books」でバイトを続けた。

 相変わらず信彦は優しいし、「Tanaka Books」での仕事は楽しい。

 晶も相変わらずふてぶてしいし、毎日「ホットケーキ!」とねだって来る。

 晶と信彦がいつもいる日常が、七海の中ではすっかり当たり前になっていた。


 そして、3ヶ月を過ぎた今では、そんな日常に新しいメンバーが加わりつつあった。


「――こんばんは」

 閉店近くの「Tanaka Books」のドアが開くと、あかねが顔を覗かせた。

「あっ、あかねさん、いらっしゃい」

 レジにいた七海はあかねに気付くと、あかねに向かって笑みを浮かべた。

「あかねさん、こんばんは」

 本棚で本を並べていた信彦も、手を止めてあかねの方へかけ寄った。

「七海ちゃん、ノブさん、これお土産」

 あかねは手にぶら下げていた紙袋を信彦に手渡した。

 七海が紙袋の中を覗いて見ると、あかねが働いているワイナリーのワインやビール、パンや焼き菓子が入っている。

「わあ、美味しそう! あかねさん、ありがとうございます」

「ううん、こちらこそ誘ってくれてありがとう」

 あかねが七海に向かってまた笑みを浮かべた。


 今日は「Tanaka Books」の閉店後に七海と晶と信彦とあかねの四人で、店の本を自由に読めるスペースで食事会をすることになっていた。

 本当なら四人でどこかのレストランへ出かけて……ということにしたいのだが、晶がビルの外へ出ることができない上にかなりの偏食なので、信彦が料理を振る舞うことになっていた。


「あかねさん、ありがとうございます」

 信彦があかねにお礼を言うと、あかねは今度は信彦の方に笑みを向けた。

「ノブさんこそ、この間、ワイナリーに来てくれてありがとうございます」

「いえ、ずっと行きたいと思っていて、やっと行けたんですよ」

 七海が「堀之内さんとノブさんがお母さんに会えるようになる」という願い事を叶えた後、信彦はあかねの働いているワイナリーに行ってみたらしい。

 前に七海と行った時はあんなに行く手を阻むようにいろいろな障害が起こっていたが、願い事が叶った後は、驚くほどスムーズにワイナリーまで行けることが出来たと言っていた。


「後、この間、ノブさんが薦めてくれた本、読みましたよ。とっても面白かったです」

 あかねがカバンの中から文庫本を取り出すと、信彦は嬉しそうにニコニコとした。

「良かった。この本は最近の中でも一番面白かったんですよ……」

 七海は信彦とあかねが楽しそうに話しているのを見ながら涙ぐみそうになったが、「そうだ!」と思い出した。

「私、堀之内さん呼んできますね」

 七海は足早に「Tanaka Books」を出て行った。



 晶と信彦があかねに会えるようになって、晶はもちろん喜んでいたが、信彦も晶と同じくらい喜んでくれている。

 やっぱり、あの二人があかねに会えることを願い事に選んでよかったな、と七海は思った。

 ただ、あかねにあかねの過去の「愛美まなみ」という女性がどういう女性だったかと言うことは、まだ詳しくは話していなかった。

 過去の記憶がない女性に、いきなり「実はあなたは魔法使いの妻で、息子も魔法使いなんです」なんて話すのは混乱を招いてしまうだろうし、時間をかけて慎重に話した方が良いと信彦が言っていた。

 それでも、あかねは何となくではあるが晶のことを息子として、信彦のことを友人として認識し始めていた。


 これから先、あかねが自分の過去の全てを知った後にどういう選択をするのかはわからない。

 息子である晶とこのビルで一緒に暮らすのか、今まで通りの生活をし続けるのかはわからない。

 でも、どちらにしてもあかねと晶と信彦はこれからもずっと会い続けることになるだろう。


(――でも、本当に堀之内さんとノブさんがあかねさんに会えるようなって良かったな)

 七海はニコニコと笑顔を浮かべながら、軽い足取りで降りて来たエレベーターに乗り込んだ。




 七海の身体に夜風が当たる。

 七海がエレベーターに乗り込むと、そこにはビルの屋上の風景が広がっていた。


(――あれっ?)

 七海は思わず後ろを振り返った。

 後ろには階段がある。

(――私、いつ階段登ったっけ?)

 いや、さっき自分は確かにエレベーターに乗り込んだはずだ。


 前にもこういうことがあったな、と七海は思った。

 確か、二回くらいあったような気がする。

 ――と言うことは。

 七海は屋上に入ると、キョロキョロと辺りを見渡した。

 屋上の端っこの方に見覚えのある人影を見つけた。

 アディダスのスニーカーにリーバイスのジーンズを履き、フレッドペリーの黒いジャージを羽織っている。晶だった。


 晶は片手に持った缶のギネスビールを飲みながら、ぼんやりと夜空を眺めていた。


「――よお」

 晶は屋上の入り口で立ち止まっている七海に気付くと、声を掛けた。

「あっ、堀之内さん、もうビール飲んでる! 今、あかねさんが来て、ワイナリーのビールをお土産にくれたんですよ」

「マジかよ! やった! もちろん、それも飲むに決まってるだろ?」

 晶はそう言うと、手に持っていたギネスビールを一気に飲み干した。

「ちょっと、飲み過ぎじゃないですか?」

 七海が晶に近付きながら言うと、ふと歩いている七海の視界の端にスーッと光りの筋が通り過ぎた。

(――あっ、流れ星)

 七海が慌てて夜空を見上げると、そこにはいつも自分が見ている夜空とは違う光景が広がっていた。

 大小の宝石のように輝く星が、夜空いっぱいにひしめき合っている。

 七海は夜空の低い位置で十字に輝く南十字星を見て、この夜空が前に晶が魔法で見せていた宮古島の夜空だと言うことに気付いた。


「お前、何、空見上げてボーッとしてんの?」

 七海が思わず夜空に見とれていると、晶がふてぶてしい口調で言った。

「だって、すごくキレイじゃないですか、この宮古島の星空。堀之内さん、前もこの星空、見てましたよね?」

 七海が言いながら晶の横に行くと、晶は少しだけ笑った。

「まあな、確かにキレイだよな」

「宮古島の夜空、好きなんですか? 宮古島行ったことあるんですか?」

「いや、ないけど。でも、行く予定だったんだけどさ」

「行く予定だった?」

 七海が訊くと、晶はゆっくりと夜空を見上げた。


「宮古島、父さんと母さんが新婚旅行で行ったところなんだ。あそこ、すげー神聖なところなんだぜ。知ってるか?」

「何か、そういうのは聞いたことあります」

 そう言えば、宮古島はパワースポットとして有名な場所だったな、と七海は思い出した。

 宮古島の神聖さは、魔法使いもお墨付きということなのだろうか。

 まあ、晶があのふてぶてしい口調で「神聖なところ」と言っても何だか実感がわかないけど……、と七海は思った。

「魔法使いだったら、誰でも一度は行きたいと思う場所なんだよ。本当は俺が高校卒業をしたら父さんと母さんと俺とで宮古島に行く予定だったんだけど、父さんが亡くなってそれどころじゃなくなったんだ」


 晶はただジッと宮古島の夜空を見上げている。

 七海はそんな晶の顔を、ただジッと見上げていた。


 だから、前に屋上にいた時も、魔法で出した宮古島の夜空を見ていたのか、と七海は思った。

 父親と母親の新婚旅行先で、家族で旅行へ行くはずだった宮古島。

 魔法使いなら一度は行きたいと思う宮古島に自分は行くことが出来ないから、せめてビルの屋上で宮古島の夜空を眺めていたというのだろうか。


「そう、だったんですか……」

 七海は何だかいたたまれない気持ちになり、晶の顔からそっと視線を外した。

「そうだよ」

 晶の発した言葉は相変わらずふてぶてしく、晶の心の中が今どのような状態なのかわからない。

「やっぱり、宮古島、行ってみたいんですか?」

「まあな。でも、別にいーよ、行けなくたって」

「そう、なんですか?」

 七海は思わずまた晶の横顔を見上げた。

 七海は晶が投げやりな気持ちで「別にいーよ、行けなくたって」と言ったのかと思ったが、その横顔は意外にも清々しいくらい晴れやかな表情をしていた。

「そりゃあ、行けたら行けたらでいいけど、別に行けなくたっていーよ。母さんに会えるようになったし、ノブさんは俺のそばにいてくれるし、それでいーよ。別に宮古島に行けなくたって、ビルの外で魔法が使えなくたって、それでいいんだよ。魔法で宮古島の空が見られるし、ビルの中で魔法使えるし、それで十分なんだよ。

 ――それに、お前だって、俺のそばにいてホットケーキ作ってくれるし」


「えっ?!」

 七海は突然の晶の言葉に胸をドキドキさせた。

(――それって、どういう意味なの?!)

 七海が顔をほんのり赤くし始めると、晶は七海の方をチラリとだけ見て、「まあ、母さんやノブさんのついでみたいなもんだけどな」とニヤリと笑った。


「つっ、ついでってどういう意味ですか?!」

 七海がムキになって言うと、晶は悪戯が成功した子どものように笑った。

 そして、七海に背を向けて、屋上の出入り口の方へと歩き始めた。

「別についでだっていいじゃん。お前のホットケーキ美味いし。でも……」

「でも? 何ですか?」

 七海も晶の背中を追いかけるように歩き始めた。

「でも、ありがとな。まあ、いろいろとありがとな」


 七海は思わず歩みを止めた。


 ふと立ち止まって言った晶の口調は、相変わらずふてぶてしい。

 何て投げやりな感謝の言葉なんだろうと、普通だったら「ムッ」とするのかもしれない。

 でも、きっと、多分、今の晶は珍しく真剣な表情をしているのではないだろうか、と七海は思った。

 背中を向けているから表情は見えないけど、きっと、多分、真剣な表情をしているのだろう……。



 七海と晶はしばらくそのまま動かなかった。

 七海は晶が歩き出すのを何となく待っていたが、ふと何かに気付いたように晶の隣へとかけ寄った。

 七海が隣にかけ寄ると、晶はゆっくりとビルの屋上の入り口に向かって歩き始めた。

 七海も晶の隣に並んだまま歩き始めた。


 歩きながら、七海は晶の横顔を見上げた。

 ふと、歩いている七海の視界の端に、スーッと光りの筋が通り過ぎる。

(――あっ、流れ星)

 七海は流れ星が流れてきたことに気付いたが、そのままずっと晶の横顔を見上げ続けていた。






これで「ビルの中の魔法使い」のお話はお終いになります。

お読み頂いた方、本当にありがとうございました。

心の中から感謝致します。


まだ、小説を投稿し始めて日が浅いため、いろいろとお見苦しい点もあったかと思います。

申し訳ございませんでした。



この小説は、私の個人的な趣味と動機で書き始めた小説です。

そんな個人的な趣味と動機で始めた割には、今まで書いた私の小説の中でも一番長い話になってしまいました。

そして、今まで書いた私の小説の中で、一番書いていて楽しかった小説になりました。


読んでくださった方も、少しでも楽しんで頂けたなら、嬉しいです。


本当にありがとうございました。

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