(31)
「ノブさんが言っていたんですけど、願い事って変えてもいいんですよね?」
七海が晶の目をジッと見つめながら言うと、晶は形の良い唇の口角を少しだけ上げた。
「もちろん、変えてもいいぜ。でも、お前、あの金子の妻のことはもう良いのかよ?」
「全然良くないです! 私、やっぱりあの人のことはまだ憎いし許せないです。不幸になってほしいって思ってます」
「じゃあ、どうして願い事、変えんだよ?」
「だって、あの女の人が不幸になったって、お姉ちゃんは生き返らないし、不幸になったところで、お姉ちゃんが亡くなった悲しみなんて、全然薄れないような気がしたんです。許すとか許さないとかそういう問題じゃなくて、私がお姉ちゃんとかあの女の人に対する考え方を変えれば良いだけの話だって気付いたんです。それに……」
「それに?」
「それに、願い事が何でも叶うんだったら、自分ではどうにでもできないことを叶えてもらった方がいいと思って……。だって、あの女の人に不幸になってもらいたいんだったら、自分でもどうにでもできることじゃないですか。悪いウワサを流すとか、お姉ちゃんが亡くなった経緯をどこかのサイトに書きこむとか。まあ、そんなことはしないですけど」
七海が一気に言い切ると、晶はいきなり笑いだした。
「お前、やっぱり思ったよりも面白いヤツだな!」
「そっ、それって、どういう意味ですか?」
七海はムッとした表情で言い返したが、内心は泣きそうな気持ちだった。
晶の表情が嬉しそうだったからだ。
あんなセリフを言っているけど、大声で笑っているけど、晶の表情は嬉しそうだった。
多分、晶は自分の気持ちが伝わったことがわかって、嬉しく思っているのだろう。
七海は信彦の方を見た。
信彦も嬉しそうな表情でうんうんと頷いている。
「で、お前、願い事は何にするんだよ? その『自分ではどうにでもできないこと』って何なんだよ? まさか、今更『アラブの石油王と結婚したい』とか言い始めないだろうな?」
「そんなこと、頼みません! 第一、アラブの石油王と結婚しようと思えば、出来なくも……」
「いや、それは絶対ムリだろ? 『子どもとは結婚できない』って言われるだけだぜ?」
(――もう! 本当に何なの、この人!)
七海は晶から顔を背けた。
「私の願い事は……」
七海は背けた顔をチラリと晶の方に向けた。
「何だよ?」
「堀之内さんとノブさんが、あかねさんに……、堀之内のお母さんに会えるようになることです」
「えっ?!」
晶と信彦が同時に大声を上げた。
「七海さん、そんな……」
「お前、何言ってんだよ? そんなこと、出来るわけないだろ?」
晶と信彦がまた同時に七海に向かって言った。
「だって、願い事、何でも叶うんですよね? 何でも叶うって、ウソなんですか?」
七海は今度は晶と正面から向き合って、晶の顔を真っすぐ見ながら言った。
「そりゃあ、何でも叶うけど……。さすがに母さんに会えるようにとか、ムリだろ?」
「でも、私はこの願い事を叶えたいんです! 私の願い事は、堀之内さんとノブさんが堀之内さんのお母さんに会えるようになることです!」
七海が晶にキッパリと言うと、一瞬、辺りが「チカッ」と眩しい光に包まれた。
(――えっ? 今の光、何?)
あんな強烈な光、まさか、隕石か何かが落ちてきたんじゃあ……と七海は辺りをキョロキョロと見渡したが、特に光がチカッと光っただけで、大きな音がしたりとかはしない。
(――あの光、何だったんだろう)
七海が不思議に思っていると、「Tanaka Books」の店のドアが開いた。
「――こんにちは」
そう言いながら、笑顔で「Tanaka Books」ドアから入ってきたのはあかねだった。
「あっ、あかねさん!」
七海は思わずあかねのそばにかけ寄った。
「七海ちゃん、この間はありがとうね。今日、仕事が休みだったから、早速来ちゃったの。――あら、どうしたの? 泣いてるの?」
あかねが七海の顔を不思議そうにのぞき込むと、七海は慌ててあふれ出て来た涙を拭った。
「いえ、あの、目にゴミが入っただけで……。全然大丈夫です! もう、ゴミも取れました!」
「だったら良かった」
あかねは笑顔を見せると、お店の中をキョロキョロと見渡した。「とってもステキな本屋さんね。急に来ちゃったけど、堀之内さん、いるかしら?」
「います! ここにいます!」
七海はあかねの手を取って、晶の前に連れて行った。
晶は「信じられない」という表情で、あかねのことをただ見つめている。
信彦も、ただただ信じられないと言うような眼差しで、あかねのことを見つめていた。
七海はあかねを晶の前に立たせると、「こちらが堀之内さんです」とあかねに紹介した。
「こんにちは」
あかねは晶のことを見上げると、嬉しそうな笑みを浮かべた。「初めまして、片桐あかねと言います」
あかねはそう言って、晶の方に手を差し出した。
晶は呆気に取られた表情をしていたが、それでもあかねの差し出した手に、恐る恐る自分の手を差し出した。
「――堀之内晶です」
晶があかねの手を握ると、呆気に取られていた晶の表情がみるみる笑顔に変わっていった。
店の窓から差し込んで来る光が、晶のビー玉のような瞳をキラキラと輝かせている。
いつもよりも輝いてように見えるのは、晶がやっと母親に会えた喜びからなのだろうか。
晶の瞳が潤んでいるからなのだろうか。
それとも、両方の理由からなのだろうか……。
「――ノブさん」
七海は涙を浮かべながら、信彦の方を見た。
「――七海さん」
信彦も涙を浮かべながら、七海の方を見て大きく頷いた。
七海は晶とあかねが向かい合って握手している光景を見ながら、「晶が母親に会えるようになること」という願い事をお願いして、本当に良かったと思っていた。




