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葉隠桜は嘆かない  作者: 玖洞
八章

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211.優しさの形

 鶫が魔獣対策室に入ると、室内に漂っていた張り詰めた気配が一瞬だけ止まり、職員たちがバッと一斉に鶫――葉隠桜へと視線を向けた。その勢いに、思わず肩を揺らす。


「ええと、すみません。シミュレーターを使用したいのですが、その前に次の魔獣の詳細を聞きに来ました。話をしても大丈夫ですか?」


 鶫が遠慮がちに問いかけると、近くの職員が慌てて資料を抱えてきてくれた。


 資料を受け取って中身を確認すると、雷獣の攻撃パターンや出現予測が、図や補足を交えながら分かりやすくまとめられている。紙の端には折れ跡がいくつもつき、何度も読み返された形跡があった。


 ……調べる時間は半日もなかったというのに、これを作るのに一体どれだけの労力が割かれたのだろうか。流石としか言いようがない。


 鶫がお礼を言いながら頭を下げると、職員は苦笑しながら口を開いた。


「気にしないでください。一番大変なのは葉隠さんだってみんな分かってますから。それに国の存亡が掛かってるんですから、これくらいは当然のことです。むしろ、こき使うくらいの気持ちでいてください」


 その言葉に続くように、周囲から思い思いの声が上がった。


「副室長がまた調子のいいこと言ってる」


「僕は急かされるよりは優しく応援されたい派なんですが」


「ま、俺らのことは気兼ねなく使ってください。多分終わったらそこそこのボーナスが出ると思うんで、気にしなくて大丈夫っす」


「葉隠さんは無理しちゃダメですよー。体が資本ですから」


「あっ、攻略が終わったらここのやつらと一緒に打ち上げ行きません?もちろん全部俺らが出しますから」


 普段通りの軽口が飛び交い、張りつめていた空気が少し和らいだ。

 ……きっと本当は大変なはずなのに、それを見せないように明るく振る舞ってくれているのだろう。本当に優しい人たちだと、鶫は心からそう思った。


「――ありがとうございます。打ち上げが出来るように、私も頑張りますから」


 鶫がそう言って微笑むと、職員たちの表情もどこか誇らしげに緩んだ。

 彼らは葉隠桜が塔を攻略することを信じている。ならば自分は、その期待に応えるために努力するしかない。


 鶫がそう答えたところで、副室長と呼ばれた職員が思い出したように口を開いた。


「その、別にこれはプライベートな質問なので答えなくてもいいんですけど、天吏さんと葉隠さんが友人という話は本当ですか? なんと言いますか、昨日そんな話が出たもので……」


 そう申し訳なさそうに言った職員に、鶫は小さく首を傾けた。


 ……昨日、行貴は魔獣対策室に行くと言っていたが、どんな話をしていたのだろうか。

 鶫は困惑しながらも、別に隠すことじゃないなと思い、軽くはにかんで言った。


「はい、彼とは仲の良い友人ですよ。それ以上は、その、詳しく話していいか分からないので何とも言えないんですが……」


「ああ、全然大丈夫です。ダメ元で聞いてみただけなので」


 そんな会話をしていると、奥の方から声が上がった。


「葉隠さん、シミュレーターの準備終わりました。部屋に行けばいつでも起動できます」


「あ、分かりました。すぐに移動します」


 鶫は軽く礼を言い、対策室を後にした。


 去り際、何人かが頭や胸を押さえているのが目に入ったが、無理をしていないか少し気にかかった。せめて食事だけでもまともなものを取るよう、後で進言しておいた方がいいかもしれない。




 ◆ ◆ ◆



 その後、鶫は二回ほどシミュレーションを試し、そのまま行貴を呼んで塔の第三階層に挑んだ。


 雨のフィールドでの戦いだったので、感電で少し体がしびれたが、それでも約三十分ほどで討伐が終了した。これも、対策室の人たちがしっかりと資料を用意してくれたお陰だ。


 戦いが終わったのはちょうど午後七時頃で、一度行貴と別れた鶫は政府に戻り、食堂で食事を取ることにした。

 変身が解除できれば行貴と一緒に外食に行くこともできたのだが、今の状態ではどうしても難しい。


 食堂で普通の定食セットを一つだけ頼み、受け取って席に着く。


 食堂の職員からはそれだけで足りるのかと何度も聞かれたが、なぜか以前のような量を食べられる気がしなかった。

 実際、今まで感じていた妙な空腹感もさっぱり消えてしまっている。前がおかしかったのか、それとも今の状態がおかしいのか。鶫には判断がつかなかった。


 考え込みながら食事を口に運んでいると、食堂に備え付けられた大きな液晶画面から緊急速報が流れた。どうやら塔の件で非常事態宣言を出すらしい。


 ――どうやら政府は天照の新しい器の件を開示せず、「神様案件における重要な儀式」とだけ発表するようだ。

 まあ、全てを話すわけにもいかないだろうし、それが無難だろう。


 宣言の効果期間は長くて四月の中旬まで。その間、政府所属の魔法少女は強制的に割り振られた場所へ動員され、休みはほとんど取れなくなるという。受験シーズンであることを考慮し、動員された魔法少女には救済措置が設けられるらしい。


 政府職員には厳しい守秘義務が課され、案件の内容を聞き出そうとする者も罰せられるという。おそらくメディアや諸外国への対策だろう。


 一般人に対しては、塔がある赤口町跡地に近づかないこと、政府公式以外から情報を得ようとしないこと、動員された者への配慮が求められていた。


 まだ叩きの段階で細部は詰められていないようだが、おおよそこの内容で宣言が施行されるらしい。

 半日程度でここまで決めたことに驚きつつ、鶫は政府上層部への見方を少し改めた。

 政府の上層部に関して今まで少々穿った見方をしていたが、いざとなればかなり頼もしい存在なのかもしれない。


 ――だが一番気になるのは、他の魔法少女に対してどれくらいの情報が開示されるかだ。


 おそらくある程度の情報は開示されると思うが、それがいつになるかはまだ分からない。

 食堂を見渡すと、他の魔法少女たちが困惑した表情でテレビ画面を見つめ、周囲と小声で話し合っていた。――十華である葉隠桜にも「何か知っているのではないか」という視線が向けられたが、許可が下りていない以上、何も話すわけにはいかない。


 顔見知りの魔法少女から直接詳細を問われた際も、鶫は申し訳なさそうに小さく首を横に振り、「話す許可がまだ下りていない」とだけ答えた。それだけで納得してくれたのは本当に助かった。


 そうしてようやく食堂を後にしようとしたところで、出入り口付近で誰かに手を掴まれた。


「待って。話したいことがあるの」


 ――話しかけてきたのは、鈴城だった。


「ちょっとだけ、いいかな。……こっちに来て」


 その声音に逆らう気になれず、鶫は静かに頷いた。


 鈴城に手を引かれ、十華に割り振られている休憩室へと向かう。鶫はあまり使わない部屋だが、他のメンバーは待機時間に自習をしたりと有効に使っているらしい。幸い、今は誰もいないようだった。


 パタンと扉が閉まり、静かな空間に二人だけが残る。

 鈴城は困惑したように鶫を見ると、心配そうに口を開いた。


「……昨日から連絡の返信がないし、電話も通じなかったけど、何かあったの?」


「ああ、ごめん。携帯が壊れちゃって、いま修理に出してるところなんだ」


 鶫が思わずそう答えると、鈴城は不満そうに眉をひそめた。


「何か誤魔化そうとしてるでしょ。分かるよそれくらい」


 鈴城は鶫にぐっと近づき、鶫の頬に自分の両手を添えて言った。


「おかしいよ。だって、昨日から千鳥ちゃんとも連絡が取れないんだもん。……うちにはよく分かんないけど、あの塔が関係してるんじゃないの? ねえ、何があったの?」


「……それは」


 ――何があったか。それを話してしまってもいいのだろうか。


 鈴城は十華の一人なので、いずれ情報のほとんどは開示される。今ここで軽く話す分には問題はないはずだ。


 ……それでも、喉の奥に重い石が詰まったように言葉が出てこない。


 鶫は言葉を慎重に選びながら、端的に話し始めた。


「携帯が壊れたのは、本当だよ。……でも千鳥の件は、蘭さんが言うようにあの塔が関係してる。俺は暫くその件にかかりきりになるから、あんまり連絡は取れなくなると思う。詳しいことは、政府からの連絡を待ってほしい。……ごめん。これ以上は話せない」


 そこで言葉が途切れ、鶫は苦しそうに視線を落とした。

 別に、鈴城を信頼していないわけではない。むしろ相談するなら一番親身になってくれる人だと思っている。

 鈴城に全てを話し、弱音を吐けば、彼女は何をおいても協力してくれるだろう。

 行貴とは違い、きっと優しい慰めの言葉だって掛けてくれるはずだ。


 ――だからこそ、彼女には話すべきではないと感じた。

 自分は、その優しさに甘えてしまうから。


 あの塔は、一度でも足を止めれば攻略が間に合わなくなる。そんな予感が鶫にはあった。故に、甘えはやがて毒になる。鈴城が優しい人間だと知っているからこそ、頼るわけにはいかなかった。


 ……本当は誰でもいいから全てを打ち明けて、弱音を吐いて楽になりたかった。

 けれどそれをしてしまえば、きっと千鳥は教えない。鶫は心のどこかでそう悟っていた。


「政府から色々話を聞いた後に、また協力してくれると嬉しい。……俺がもう少し強ければ、きっと全部話せたんだと思う。でも今は、上手く話せる気がしないんだ」


 そう言って、鶫は頭を下げた。


「余裕ができたら、また連絡する。だから今日は……本当にごめん」


 鶫はそのまま鈴城の顔を見ずに転移した。自分が情けなくて、鈴城の顔が見れなかったからだ。



 ……きっと、彼女を傷つけた。


 鈴城は優しい人だから、友達にこんな風に距離を取られたらきっと悲しむだろう。


 ずきんと、胸の奥がひどく傷んだ。



 ◆ ◆ ◆



「……何それ。言い逃げじゃん」


 誰もいなくなった部屋で、鈴城は不満げにそう呟いた。


 ――鶫と千鳥に何らかの異変が起こったことは、鈴城も早くから察していた。


 急に連絡がつかなくなった二人。あの事件があった赤口町に突如として建った塔。政府の緊急速報に、ピリピリした空気と慌ただしさ。これで何も読み取れないほど、鈴城は馬鹿ではない。


 だからこそ、こうして早めにコンタクトを取ったのだが、それが裏目に出た。

 拒絶されたことは悲しいが、それ以上に鶫には余裕が無かった気がする。何かに追われている様な、焦っている様な――そんな感覚。まるで、神様と契約する前の自分のようだった。


「あの感じだと、うちと話したくないとかじゃなくて、話せないっぽい?それとも、時間的な余裕がない?……うーん、どうしようかな」


 鶫の口ぶりからして、これは政府の重要案件であることは確かだろう。それも日本全てを巻き込むような、重大な案件。きっとその核心に――鶫はいる。


「鶫君は、優しいから。そのせいかな……多分、人に頼るのが苦手なんだろうなぁ」


 幸いなことに、鈴城は情報を得られる立場にいる。上の者に問いかければ、ある程度の事情は把握できるだろう。


 ――大事なことは、一からコツコツと。くよくよしていても仕方がない。


「まずは、すみれさんに話を聞きに行こうかな。その方が確実でしょ。あ、神様も何か知ってるかも。そっちを先にしようかな」


 鈴城はそう呟きながら、静かに部屋を後にした。


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葉隠さんから直接友だち発言を聞いてしまった職員ABCの脳が破壊された!
もう大食いできないなんてキャラ崩壊大食い企画行けなくなっちゃった いざとなったらベル様に元気づけてもらいましょう
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