3 タスクとクライディア
タスクは杖を片手に授業を見回す。
「次にこの薬草に関して、よく覚えておいてくださいね」
セリアがボードに光りで記された文字を示す。
「毒草としては弱いですが、素手で触るのは危険ですからね」
「先生、素手で触るとどう危ないの?」
「かぶれますね」
セリアはそう答える。
「かぶれる」
「はい。もうかなり痒いですよ」
セリアが別の写真を映すと、真っ赤になった手の写真だ。
「本当にひでえ」
誰かが呟く。
「見てるだけで痒くなりそう」
「薬草は危険な物から有効な物までありますが、全ての薬草は有用です。しっかり覚えておいてくださいね」
「薬草学の基本は薬。魔法薬になると、格段に質があるモノよね」
おもに女子が話題に上げる。
「一年生は知識を学びますが、来年からは実際に育てますから、こうなりたくなければしっかりと覚えるように」
「育成実習って、そんなに早くからやるのか」
「育成は上級生で、君達は手伝い。早めに手伝いの上級生を探すのもいいわね」
「兄弟制度か、上級生に直接習う方法」
タスクの視線にキーツが説明する。
「部活の先輩や寮の先輩に直接的に学びなさい」
セリアが言う。
「ベル先輩?」
「ん~まあいいんじゃね。先輩って何年生だ?」
「理想なのは四年生ぐらいよね」
エフィリアスが呟く。
「五年生ともなると専門的な勉強に走ってるし、六年生は卒業のために動くから見てもらう暇がない」
「そう考えて四年生よね。魔法を学び後輩を指導する余裕があるのは」
「一番は部の先輩だよな。趣味が合いそうだし、寮が違うなら一日中一緒じゃない」
「それは重要かな」
「授業続けますよ」
セリアに言われて全員が前を向き直る。
「基本、上級生は忙しくしている」
キーツがジュース片手に言う。
昼で授業は終わるので、一年生は昼食を終えれば自由ではある。
「今日から部活の勧誘始まるんだよね。学院に居る方がいいの?」
クライディアが周囲を見ると、一年生は食堂を中心に学院内を居る。
「決まっている奴は部室に行っていいと思うぞ。先輩達はまだ授業だし」
「部の勧誘は放課後でしょ。それまではなにするのよ」
「部活の紹介でも読めば」
キーツが食堂の一画に集まっている一年生を示す。
「何?」
「部活のチラシでも置いてあるんだろ」
キーツは興味なく答える。
「他に何部があるの?」
タスクは人混みを見ながら訊く。
「運動系が二十ぐらい、文系が百近くはあるんじゃねえかな…ちなみに冒険者部は文系だ」
「文系?」
「冒険者を調べる部だな。フィールドワークをするだろうが、基本はごっこだろうな」
さらりとキーツが言うと、エフィリアスは渋い表情をする。
「学院の遺跡は?」
「大陸の遺跡自体が国家機密扱いよ。近付いていい訳ないでしょ」
「タスクは遺跡に興味あるの?」
クライディアの言葉に、タスクはカムイを見てから頷く。
「大陸の遺跡…未知の魔法技術、可能性としては興味深いよな」
キーツが子供のように目を輝かせる。
「未知の魔法ですか?」
クライディアはわからないという表情だ。
基本、学院にくるまでは魔法を知らなかったから、魔法には詳しくはない。
魔法は便利な道具を動かす力という感じだ。
「今ある魔法は、主に基礎魔法と呼ばれる大元の魔道機関を動かすエネルギー源とする四大元素の魔法に、飛行をはじめとする移動魔法、薬草学の医療系魔法、そして変身魔法、後は混合魔法に分類されるのよね」
エフィリアスが説明する。
「魔法の基礎はそれだな。そこからさらに分類されるけど、それは四年生からだよな」
キーツのセリフにタスクは頭を捻る。
「まあ、魔法は学問は色々とあるが、まだまだ知られていない魔法があるはず」
「そうね。新魔法形体を見つけたらもう歴史的な事よね」
エフィリアスがどこかキラキラとした目で呟く。
「物理系魔法なら改良をしている奴も多いよな」
キーツが楽しそうに言う。
「あんた、魔道機関士になるのよね。そうゆう部活もあるんじゃないの?」
「あるだろうけど、それは面白みがねえだろ。俺としては魔道機関が好きなだけで」
「あんた、魔法使いとしてはどうなのかしら」
エフィリアスがしみじみと言う。
「クランは、魔法使いになったら、何をするの?」
タスクが訊くと、クライディアは何をするべきがわからないようだ。
「タスクはどうなの?」
「俺…わからない。魔法使いになるのかな…」
タスクは遠くを見るだけだ。
「新入部員ども」
ベルベットが声をかける。
「ベル先輩…何年生だっけ?」
「俺は三年生だが、ああ、指導か」
「そう、それ」
タスクが言うと、ベルベットは他の三人を見る。
「ウチの部で先輩を探すのは無駄みたいと思ってるな」
「いや~まあ、その通りです」
「素直に言えば許されると思うなよ」
「でも冒険者部よね」
エフィリアスも素直に疑問を口にする。
「その通りだが、俺はこれでも移動魔法じゃトップクラスだぞ」
「移動魔法の?」
意外そうに全員が見る。
「後、ウチの部長は四年生のトップ、他にも極端な成績の奴等ばかりだ。考えろよ。オズワルド家が設立した部だぞ。普通じゃなくねえ」
「そりゃそうだ。俺兄貴なら一点集中でスペシャリストを楽しむな」
キーツの言葉に妙に納得してしまう。
「エリーは知っているか、リア・アルゲイト」
「アルゲイト…あの庶民の星、学院トップの魔法使いとして雑誌に載った人」
話を振られたエフィリアスがうっとりとした表情で答える。
「ウチの先輩、オズワルド先輩の子で部長の指導をした。さすがに六年生だから引退したけど、たまに来る」
「部長に指導はお願いできますか?」
「ストレートに現金なトコは嫌いじゃないぜ。受けるかは部長次第だがな」
「魔道機関に詳しい人は居ませんか?」
キーツも訊いてみる。
「俺の先輩に居るけど、部の先輩じゃあないから空きがあるかはわからんな」
「紹介ヨロ」
「軽いな。オズワルド先輩の弟じゃなきゃ殴りたいよな」
軽く言うキーツに、ベルベットも軽く言う。
「クランはどうするの?」
「クランは引く手あまたなんじゃないのか、ランバルトの娘として、俺等の学年でも有名だぞ」
「そうなんですか」
意外そうに訊くクライディアに、ベルベットはキーツを見る。
「家が悪かったらしいな。何も知らないらしい」
「英雄ランバルトとを娘が知らないのか」
心底意外そうに呟く。
「英雄と言われても、何がなんだか…」
「まあ、魔法の近代史を学ぶと必ず出てくるぞ。オズワルド家もだろうけど、普通に学科ででる」
「お父さんって、何をしたの?」
「ん~、魔道士ゼゼル・ブーナソンは?」
顔を近付けてベルベットが訊いてくる。
ざっとタスク以外が血の気の引いた表情で頷く。
「誰?」
「うん、まあ、想定内」
キーツが頷く。
「ブーナソンは最悪の魔道士、魔王の再来と呼ばれてその名前をも口にするべきではない」
ベルベットが辺りを見回す。
「主に『あのお方』とか呼ばれるな。大陸の南方の遺跡を破壊した」
ベルベットがさらに声をひそめる。
「破壊?」
「そう破壊。『あの方』を倒したのが、クランの両親だよ。歴史の授業でもやるだろうが、不死の魔王たる『あの方』を倒した英雄。それがクラスター・ランバルト」
「そうなの…」
不死の魔王ブーナソンの事は知っている。
子供の大半はイタズラなどをすれば大人から「ブーナソンが拐いに来るぞ」などと言われているものだ。
そんな魔王を倒したのが英雄ランバルト。
幼い娘を守るために戦い、相討ちになったと語られる現代の英雄譚。
「小学校でも歴史で習うだろ。教科書に載ってただろ」
ベルベットが不思議そうにクライディアを見る。
魔法使いじゃなくても、特にランバルトの出身国であるイギリスでは絵本も出ている。
「私の叔父さんは地元の名主で、魔力がない方で、魔法使いがあまり好きじゃなくて…」
「今時魔法否定派」
エフィリアスが呆れたように声をあげる。
「否定派というよう、単に劣等感による拒絶だろ。あのクラスター・ランバルトの身内が、とか言われてたんじゃねえの」
「母方のイトコです。父は身内がいないので」
「そういや、英雄ランバルトは天涯孤独だっけ、ロンドンに幼少を過ごした孤児院があって、今じゃ子供の学習塾になっているらしいな」
「ああ、特にランバルトの作った秘密基地が人気だな。俺も行ったぜ。今でも魔法陣が使えるんだ」
「ランバルト・サークルのオリジナルか、現代の魔道機関のベースになっているよな。自然界の魔力、魔素を効率よく運用できるから、ほとんどの機関で使われてる」
「あれ、クランのお父様って、特許を持っているわよね。その財産はどうなの?」
エフィリアスの問いにクライディアは首を傾げる。
「そりゃ叔父さんだろ。あ~そりゃ調べた方がいいな…ヘタすりゃいいように横領…」
キーツが渋い表情で呟く。
「まあ、魔法特許は年間使用料だから全額はないだろ。俺が調べるか、ツテはある」
「ベル先輩が」
「エリー、俺は三年生だけどできる三年生だぞ。まあ…クランも学院に入ったから、独立した事になるから財産管理は自分でできるぜ」
「えっ、えっ」
突然にクライディアの財産の話になった事に本人がついてこれなかった。
「クラン、前から思ってたけど、女の子としてあなたは荷物少なすぎ」
「そ、そう?」
「私服が少ないだけでもないのに、何、あの古くてダサイの、リボンの一つもないし」
「それは思うわ。あのパジャマ、男物のうえに古着というより、よね」
エフィリアスの叫びに、アターシャが割り込んでくる。
「あたしもアレはないと思うわ。ハンカチが布切れなのよ。この子」
「髪が綺麗なんだから、髪飾りが輪ゴムはやめて」
「洗顔料も持ってないのよ。化粧水もないの」
「化粧水もなくこの肌、でもやめて、この肌が荒れるのは罪よ」
「でも手荒れはしてるわよね。ハンドクリームはいいの用意しないと」
「シャンプーだけ、コンディショナー使って、この髪がボロボロとか、あたしの貸すわ」
美容の話になると、一年のみならず通りかかった先輩女子までが加わりクライディアを撫で回す。
「金髪も明るいし、リボンはパステルカラーがいいかしら」
「この長さだと編み込むと可愛いわよね」
「ちょっと、毛先が傷んでる。バラバラだし」
「少しカットするべきね」
先輩女子に囲まれて身動きができなくなる。
エフィリアス達もここぞとばかりに、クライディアの髪をいじりまくる。
「よし、俺等はこれ以上は手出しも口出しも無理だな」
ベルベットがすんなりと諦める。
「そうですね。女子には逆らうのは」
姉も多いキーツも同意して離れようとするが、タスクは逆に近付いてしまったためか、女の子の集団に飲み込まれた。
「ベル先輩、調べるって、どうやってですか」
「あっさり諦めたな。俺の実家は弁護士」
タスクを見捨て、二人はその場を離れた。
「それでその頭か」
木を見上げたゼントが笑いをこらえてタスクに言う。
長めとはいえリボンをするには苦しい長さの髪を無理に束ね、いつものクセのある髪もなぜつけられていてヘアピンが無数留められている。
うっすらと化粧までされているようだ。
「だから、降りてこないワケ」
ギリギリ姿が見える位置に座っているタスクを放っておくようだ。
「意外に可愛がられているようで」
「そう」
やや暗い声音で呟く。
「女子はドコでも同じだな」
「そう」
今度は興味ありそうに訊く。
「俺のトコでも、女の子の興味は美容とファッションだな」
「そう」
納得するように頷く。
「しかし、不死の魔王ね…ブーナソン?そんなのが居たんだ」
「うむ。魔王は言い過ぎだがな。強力な魔法使いだったな」
カムイが語る。
よくは見えないが、カムイも首にリボンをされているようだ。
「カムイ、知ってるの?」
「タスク…お主の先任のタスク…いや、お主の両親を殺したのもあやつだ」
カムイの言葉に反応したのはゼントの方だ。
タスクは理解してないかのように無反応だ。
「反応が薄いな」
タスクを不信そうに見上げる。
「何度か話してはおる」
「それでも、親の仇の話だろ」
「そうだね。でも、俺は忘れるから」
「?」
「俺はタスクでも、タスクにはなれなかったから、忘れるんだ。何もかも」
タスクの言葉にゼントは訝しげに見上げるだけだ。
「日本人は日本からは出れない。出る事ができるのはタスクだけ」
カムイが説明をするのを、タスクは興味ないかのように天を見ている。
「資格、タスクは世襲か?」
「うむ。先代のタスク、こやつの両親が探しものを見つけはしたが、あの男と戦い、亡くなった」
「ブーナソン?」
「ランバルト夫婦は協力者であったが、ブーナソンに目をつけられ、戦い、亡くなった」
「ん?すると、ブーナソンを倒したのは、ランバルト夫婦とタスクの両親なのか?でも、英雄はランバルトだけ?」
「世界は日本を認めない。だから、英雄になれない」
当然のように答える。
「ふうん」
「タスクが亡くなれば、新たなタスクが生まれるのを待たねばならぬ」
カムイがため息混じりに言う。
「三百年で、何人居るんだ?」
なんとなくで訊いてみる。
「先代の夫婦を含め五人」
「少な」
ゼントが声をあげる。
「うむ。タスクは生まれる事が珍しい、せっかくの手がかりが見つかったが、タスクが居らぬゆえに儂も戻らねばならなかった」
「でもタスクは居るだろ」
ゼントがタスクを見上げる。
「タスクはタスクとして生まれてはおらぬ。両親がタスクであった事と、こやつは神々に好かれておるからか、無理にタスクを継いだのだ」
「無理に…弊害がありそうだな」
「うむ。タスクは記憶力が弱い。儂が一緒に居らぬと、昨日の記憶も失う。そのためか、昔の事には関心を持てぬようなのだ」
「そりゃ、まあ、仕方ないんじゃねえの」
身軽に木に登ってくると、タスクはキョトンとゼントを見る。
「仕方ない。俺は不憫?」
「そうか?お前がそう思ってないならそうでもないんじゃないのか、そう思うようになったら考えればいいだろ」
頭からリボンだのヘアピンだのを外してやる。
自分に対しては無頓着なのがわかったからか、ゼントが外してやる。
「儂のも外してはくれぬか?」
片足なので自分ではリボンが外せないらしい。
「結構似合ってるぞ。お前は」
「幼子ではあるまいし」
「そうか、白梟に赤いリボンってよくね」
軽く笑うゼントをタスクは不思議そうに見上げる。
「ん、どうした?」
「ゼントは俺を不憫と思わない?」
「意味がない。お前を不憫に思ってもお前は理解しないんだろ。理解できないコトを言われても、意味がないだろ」
ゼントは外したリボンなどはタスクに渡す。
カムイのリボンも外してはやる。
「そうなのか?」
タスクはキョトンとするばかりだ。
「それでいいんじゃねえの」
ゼントは軽く答える。
「ゼント」
下からの声に視線を向ける。
「アーク、じゃ、またな」
タスクの頭を軽く叩き、さっさと木を降りて戻って行く。
「カムイ、俺は不憫じゃないらしい」
ゼントを見送り、タスクはカムイに嬉しげに言う。
「そうだのう」
カムイは何度も頷く。
「今日は機嫌良い」
箒片手にタスクが訊く。
その言葉に箒が小さく震える。
「唐突に飛ばぬようにな」
カムイの言葉もわかるらしい箒は、わずかに震えるだけだ。
飛行魔法は学年合同なので、緑以外にも広場に集まる。
「タスク、班行動だからはぐれるな」
キーツに呼ばれ、小走りに歩み寄る。
「嫌ね。人をジロジロと」
エフィリアスが周囲を見回す。
タスクとクライディア、初日から目立った二人を遠巻きにして見ている。
「いや~それだけじゃないだろ」
ボソッとキーツが呟き、クライディアを見る。
視線の割合を考えて、エフィリアスがなにやら満足そうに頷き、他のクラス女子も満足そうだ。
「あ、あの…この髪じゃなきゃダメ?」
注目されているクライディアがエフィリアスに小声で訊くと、エフィリアスは大きく頷く。
いつもは自然に流すかゴムで束ねているだけの髪を、今日は編み上げてリボンで飾っている。
眼鏡ではあるが、クライディアの美少女ぶりは遜色はない。
「元がいいんだから」
エフィリアスが言い切る。
緑の男子はともかく、他のクラスの男子の目の色が変わっているのはわかる。
「変な祭にならなきゃいいけど」
「浮わついた奴を近付けるワケないじゃない」
エフィリアス以外の女子も同意らしい。
「クライディア・ランバルト!」
いきなりの声にクライディアが目を向ける。
「どっちかというと、俺はあっちがな」
キーツも視線を向けると、似た顔が二つこっちを見据えている。
声は女の方で、青いスカーフを押さえながらトルチェリア・ダルクが震えながらクライディアを指し示す。
「な、何?」
「それ、その、そう」
何を言うべきかわからないのか、言葉が繋がらないようで、真っ赤になって口を閉ざす。
「イイ気にならないようにね。お兄様」
隣でクライディアを見ている兄トランシス・ダルクを引っ張って行き、同じ班のメンツらしき少年達が頭を下げて行く。
「な、なんでしょう?」
「クランの圧勝ね。さすがあたし」
勝ち誇るエフィリアスに、クライディアはわからないという表情でキーツを見る。
「あ~まあ、クランはそのままでいいと思うぜ」
キーツはそう言葉を濁した。
「は、はあ~」
やはりよくわからないという表情だ。
「女の子は、忙しいね」
ぽそりとタスクが呟く。
「俺等は関わらない方がいい。女の戦いに口出しするとアウトだ」
キーツが渋い表情で言うだけだ。
「数学、英語、歴史」
「普通学科は本国の中等教育と変わらんな」
教科書を見ながらキーツが呟く。
「当たり前でしょ」
エフィリアスが言うと、キーツは相槌をうつばかりだ。
「数学、わからない」
タスクが渋い表情で呟く。
「本当に歴史の教科書に両親の名が」
クライディアは教科書を閉じて机に突っ伏す。
「正式な授業は来週からだから、慣れるだけだな」
「キーツは大丈夫なワケ?」
「俺は数学は得意だぜ。魔道機関士が数字に弱いワケないだろ」
「通常授業の教科書か」
ベルベットが声をかけると、全員が一緒に居る人物を見る。
「赤?」
見覚えがないのは当たり前で、別のクラスの少年だ。
「誰?」
「キーツが魔道機関士だろ。この前に言ってた奴。アル先輩な」
「キーツ・ファン・オズワルド。僕はアルベルト・ヒルダだ」
赤毛の少年が名乗る。
「ども、キーツでいいですけど、アルベルト・ヒルダ先輩」
「三年生?」
エフィリアスがアルベルトの学年を表す制服の模様を見て呟く。
「四年への昇格試験を蹴って、今は三年だけど、俺の先輩で元指導者」
視線をそらしつつ、ベルベットが説明する。
「ベル先輩の指導って、本当は幾つなんですか?」
「六年…一応、学科で落とさなきゃ留年も一回は大丈夫なんだよ…普通はやらないけど、アル先輩は単に昇格試験を忘れてただけかも」
「昇格試験ってなんですか?」
クライディアが説明を求める。
「あるのは二年からだけど、学院では昇格試験をクリアしないと留年するんだよ」
「ちなみに、進級試験とは別物」
キーツが言うと、タスクも顔を上げる。
「進級試験は赤点じゃなければいいけど、こっちはようは通常テスト」
ベルベットがテーブルの教科書を示す。
「昇格テストは魔法の試験だ。俺は移動と薬学で試験は取ってる。四年までは二つ以上、五年に上がる時は専行を決める試験と思え」
「アル先輩は、なんで三年生?」
タスクが空気を気に止めずに訊く。
「僕は、部活をやってたら忘れてた」
あっさりと答える。
「部活?」
「僕は魔道機関士部の部長だよ」
「アル先輩、部活じゃなくて同好会、先輩一人で部活じゃない」
胸を張って言うアルベルトの後ろで、ベルベットが手を振る。
「一人だけ?」
「先輩が言ってるだけ、学院では魔道機関学はないだろ。基本、魔道機関は機械工学、ようは科学の分野だからな」
ベルベットが渋い表情で言う。
「ベル、魔法あっての機関だよ」
「せめて、進級しましょう」
改めて言う。
「進級する必要がなくて」
「次は退学です。一緒に進級しましょう」
「そうか、キーツは僕と一緒に新しい機関を考えない?」
「楽しげで、とりあえず、普通に学校生活していたいですね」
キーツが軽く笑い飛ばす。
「ちなみに進級こそしないけど、アル先輩は成績はトップだぞ」
「トップですか?」
エフィリアスが困ったように言う。
「天才的だぞ。学院が手放したくないほどの天才的、あくまでも天才的だけどな…魔道機関にのめり込んでなけりゃ、宮廷魔法使いも当然と…」
どこか遠い眼差しでキーツを見る。
「聞きたくないですが、兄ですか?」
「入学当所の天才、だって、アル先輩は俺と年は一緒、ようはスキップで入学してるんだ。その天才児も真の天才には染まったと」
「失礼な、僕はオズワルド先輩は尊敬してる。だから、キーツの面倒は見るぞ。趣味も合いそうだし」
「キーツ、せめても試験日は忘れずに」
「一年に試験はないです」
「俺が教える」
「なんか、ウチのせいみたいだし、必ずや」
男二人ががっちりと握手する。
「エリーは今日から部活だから、部長に直接頼みな」
「わかってます」
「後はクランだけど、俺のトコにも紹介してくれって話がきてるんだが」
「私にですか?」
「当然だな。君はランバルト、君にコネクションを持ちたい輩はたくさんいるだろう」
アルベルトが言う。
「そんなこと…」
困ったようにクライディアは視線をさまよわせる。
「クランはそんなんだから、お前がいいなら指導は俺かもう一人、冒険者部の奴がついてやるよ」
「ベル先輩か、もう一人?」
「そいつも家とか気にしないし、その方が気楽だろ」
「そのですね」
「ちなみに、あまった方がお前についてやるな。タスク」
仕方なさそうにタスクを見る。
「俺?」
「お前放っておけないだろ。常識が留守な時あるしな…何をしでかすかわからない」
しみじみと言うベルベットに他の三人にカムイまで頷いた。
「もう一人の冒険者部の先輩には、迷惑はかからないですか?」
自分の価値はわからないが、周囲の反応から迷惑になるようなら、遠慮するべきだろう。
「大丈夫。俺もたいがいだが、あいつもたいがいだから」
「まあ、ベル先輩は神経太いですよね」
「お前の兄のおかげでな」
キーツの頭をかきみだす。
「俺に言われても困ります」
さらりとかわす。
「まあ、いいけど、オズワルド先輩には俺の弟だからと言われているしな」
ため息混じりに呟く。
「家族だよな」
「あんたが言うワケ」
エフィリアスがつっこむ。
「まあ、オズワルドの末っ子が来るしなと思えば、それ以上に変わった奴が来るとはな…」
クライディアを見て、なま暖かい目でタスクを見つめる。
「ああ…」
クラン以外が納得するように頷く。
「私…ですか?」
「ランバルトの娘で、今年の新入生の話題はもちきりだったぜ。それにオズワルド家だろ…正直、他の名高い家のガキの話題はなくなったな」
「青の連中はいい気分じゃないだろうな。本当なら青の連中が上の学年から呼ばれるのにな」
「そうそう、緑なんざ毎年余って緑の奴が適当に子になるのに、今年は狙う奴が多い」
「なんで?」
素直にタスクが訊く。
「クランに少し接点が欲しいんだろう。指導者が決まれば、部活かぐらいが接点なのに、それも決まれば同じクラスの奴を狙うだろ」
「私のせいで、皆に迷惑…」
「逆だ逆。緑が青の先輩を指導者を持つなんてないんだぜ。クランのせいじゃなく、おかげだな。まさしく選び放題」
「オズワルド家も名門よね。青じゃなかったの?」
「エリー、俺の兄弟だぞ」
素朴に訊いたエフィリアスに、キーツはにこやかに答える。
「そうね」
心底納得して頷く。
「まあ、俺はガチで魔力が弱いだけだけど、兄貴達はわざとだよな…青じゃ自由度がたりない」
しみじみとキーツが言い切り、ベルベットも同意している。
「魔力でクラスを分けるのはなんで?」
「今は差はないけど、二学期からはやる事が変わってくる」
ベルベットが言うと、タスクはきょとんとするばかりだ。
「青は担任が担任だからな…絶対に授業はつまんないぜ。教科書の読み込みとか、ひたすらに基礎練習とか、反復をずっとしてんの」
「魔力だけで?魔素を組み入れるとかはしないの?」
エフィリアスの素朴な疑問にベルベットは首を振る。
「ないない。青は魔力主義、瞑想も自己暗示みたいなもんで、自然魔力たる魔素を使うとかないない」
「非効率的、今時にその考え」
あっけにとられてエフィリアスが渋い表情になる。
「まあ、伝統と格式はいいんだけど、基礎も大事なのはわかっているが、現代には現代のやり方があるもんだ。今時杖を使う魔法使いなんて居ないけど、杖が使える魔法使いは応用が高い」
「そうなの?」
タスクがあっさりと訊くので、クライディアは同意を示すだけだ。
「杖は全ての魔法の基礎、基礎が出来ているという事は全てが使えるって事だ。キーツが持つモバイル型でも基礎は同じだからな」
「モバイル型は式を組み入れるのは」
キーツがバックからモバイルを取り出す。
「ネットから式を読み込むのが一般的だけどが杖の使い方を知っていれば本からでも組める。より自由に式が組めるようになる」
実践をしてみせると、タスクは面白そうにみている。
「ちなみに、緑は自由度が高すぎてマッドな先輩が多いぜ。このモバイルだってウチの先輩が趣味で学生時代に作ったもんだしな」
「現社長は青の卒業生より緑が多いよな。白は医療系に走るし、赤は運動系に行くよな」
「各国の軍人はたいがいよね。スカイ・ボールの選手はたいがいそうじゃない」
「スカイ・ボール?」
聞き返したクライディアを全員が目を丸くして見る。
「えっ、何?」
きょとんとクライディアは全員を見回す。
「スカイ・ボールを知らない…」
エフィリアスの問いにコクコクと頷く。
「魔法使いの花形スポーツだぞ」
ベルベットが訊くが、首を傾げるしかない。
「テレビは何見てたんだ?」
「私…テレビって見た事がなくて…」
「嘘!」
エフィリアスはキーツのモバイルをひったくると、ネットからデータを読み込む。
「スカイ・ボール。空の芸術」
ボートに乗ったカラフルなユニフォームの選手が、羽根の生えたボールを追っている。
「スカイ・ボールは魔法の総合的なスポーツとして有名。元々は訓練的なモノだったらしいが、今では立派なスポーツ」
ベルベットがモバイルを操作する。
「空に三十メートル四方のフィールドキューブを形成し、昔は箒だけど今はボードが主流かな、箒のチームもあるけど両手が使えるのは重要。で、このボールを追いかけゴールする」
羽根の生えたボールと、丸い円のゴールを示す。
「一チーム七人、ウチキーパーは二人、大中小のゴールを操り守る」
タスクが説明に参加する。
「ルールはシンプル。ボールをゴールに入れるだけ、大きさで点数が変わるがどのゴールを狙うかがいいよな」
「何言っているのよ。キーパーの腕前でしょう」
キーツとエフィリアスが主張し合う。
「キーパーは二つの役割がある。浮いてるゴールを相手方に設置する事と、自陣に置かれたゴールを守る。三つのゴールは自然に浮いてるだけで、まずはゴールの設置から始まる。設置された陣が点数になるから、自陣に設置されたゴールに入れると設置したキーパーチームの点数になる」
「フィールドがどう区切られているかわからないから、中央にあるゴールに入れる時は賭けだよな」
「ゴールをするのは主にシューターかな。ボールを追って掴まえる役割、ラケットといってこれで掴まえないとボールは逃げる」
「ラクロスのラケットみたい」
「まあ、網だよな。で、ボールを掴まえてゴールにぶちこむ」
「シューターに攻撃というか、妨害するのがアタッカーで体張ってシューターを止めるのが役割。ボールを追えるけどラケットの変わりに杖を持つ、それで押さえるまでは可能」
「ふうん…」
「今度試合見に行くか」
今一つ反応の鈍いクライディアに、キーツが提案する。
「二週間後に学院とヨーロッパの名門マーリン魔法学園との練習試合をするぜ。両校の新入生のお披露目をかねての交流試合がある」
ベルベットが日付を見て言う。
「そうなのか、楽しめるな」
キーツが呟く。
「じゃ、後でな」
授業の鐘にベルベットが教室へと戻る。
「先輩も授業でしょう」
すぐに戻ってきてアルベルトを引きずって行く。
「よう、ガキども」
ドアを開けると、レダが軽く手を挙げて声をかけてくる。
「レダさん達、何してるの?」
キーツが部室内に居る四人を見る。
「大丈夫。許可はとってる」
レダは手にしてる本に目を戻す。
「ここの部長には自由にしていいってな。図書館より資料があるんだ」
本棚の前で背表紙を眺めていたゼントが答える。
「資料?」
タスクが近付く。
「地下遺跡。いや、どうやって集めたのか」
「興味があれば、なんでもするだろうな…兄達は」
キーツの呟きに、レダは視線だけを向けて納得したようだ。
「遺跡の資料」
ゼントの手元を覗き込む。
「あるのか?」
「一応、レダこいつも」
一冊の本を取ると、レダに渡す。
「自分で読まないの?」
エフィリアスが本の題名を見て問う。
「英語は読めるが、魔法の用語が理解できん。後、お前等は大人しくしてろ」
部室内をウロウロし始めたJとアークに声をかける。
「暇だ」
「いいから、本でも読んでろ」
適当な本を押しつける。
「暇なら茶くれ」
「俺が淹れるか?」
「コーヒーはいらない」
ゼントを見て、レダは仕方なさそうに本を置く。
「あたしが淹れます」
エフィリアスが言うと、レダは立ち上がりかけた腰を降ろす。
「部長さん達はまだ」
近い椅子に腰かけて、キーツはレダの読んでいる本に目を止める。
「冒険者アーサーの手記」
「小説ですよね。タイトルだけは知ってます」
「小説じゃないぜ。お嬢ちゃん」
クライディアに話しかける。
「アーサーの手記は実話だよ。本人は十年前に行方不明になっているが、手記はその後に発行された。大陸の遺跡を巡り幾つかの遺跡の資料を残しているな。これもその一冊だが、ここの遺跡の手記はなかったはずなんだよな」
レダは本を読み進めながら答える。
「というか、それ手製だよな」
キーツが本を見て呟く。
「アーサーの手記は彼女が書き残した本が元だ。俺が知る限りは七冊の手記があるが、これは知らないんだよな」
紐で綴じられた本を示す。
「アーサーって女性?」
「本名はアレックス・ラーズ、俺の伯母だ。当時も今も女一人で冒険者なんて、だから男の名で活動していた」
レダはあっさりと答える。
「そうよね」
エフィリアスが紅茶を机に置く。
「あら、随分と人が居るわね」
ドアを開けて入ってきた少女が声をあげる。
「誰?」
タスクが少女を見る。
「この部の部長だぞ」
ゼントが視線を一瞬移してから答える。
「部長」
「君達が新入部員ね。キーツ、エリー、あなたがクランでタスクね」
少女が四人を当てる。
「あたしはミズーリ・フィナンシェ。部長よ」
にっこりと笑いかける。
「初めまして、あたしがエフィリアスです。フィナンシェ部長」
「ミズでいいわよ。エリー、ベル君から聞いてるから、あなたがあたしの子になりたいのよね」
「は、はい」
大きく頷くと、ミズーリはエフィリアスとクライディア、キーツを見回す。
タスクはゼントの陰に居て気付いてないというより、最初から見ていない。
「キーツはアル君で決まったのよね」
「気が合いそうだし」
「クランはこだわらない」
「は、はい」
「エリーはあたしでいいのかしら」
ミズーリはエフィリアスを見て訊いてくる。
「あなたがいいです」
はっきりと言うエフィリアスに大きく頷く。
「いいわ。エリーを妹にしてあげる。近いうちにあたしの姉たるリア姉様に会わせてあげるわ」
「ありがとうございます」
「すると、僕はその子につけばいいのかな」
ミズーリの陰から声がして、新入部員達が目を見張る。
「僕はミアリー・アーネスト」
すすっと前に進み出たのは小柄な子供。
タスクよりもさらに一回りは小柄な子供、帽子で髪の長さもわからず、パッと見では小学生、眠そうな表情でクライディアが見上げてくる。
「えっと…ミアリー先輩?」
「ミアは同じ四年よ。赤のトップよ」
「ミア先輩はエリート軍人家系だからな」
ベルベットが入ってくる。
「アーネスト家といえば、アメリカ有数の軍人一家だよな」
キーツが言うと、ミアリーは頷く。
「アーネスト家か、面倒な家柄だよな」
レダが軽く言うと、ミアリーは頷く。
「海軍のトップの家柄だよな。魔法兵団の指揮で有名なもんだが、だな」
レダの言葉に頷く。
「僕は家はどうでもいい」
「お兄さんが居るから、ミアが継ぐ必要ないもの」
「三人兄弟だっけ、長男がすでに軍人だよね」
「そう、僕は家に戻る必要もない」
「それは良かったな」
レダが適当に言うと、ミアリーは微かに頷く。
「ミア先輩、よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げるクライディアに頷く。
「冒険者部は後一人居るけど、ほとんど幽霊だからそのうちにね。これで全員ね」
ミズーリが言うと、部員が全員頷く。
「タスクは俺か…」
微妙にベルベットが呟いていた。
「ベル先輩、よろしく」
近付くとぺこりと頭を下げる。
「冒険者なんてなるもんじゃねぇぞ」
現役冒険者のレダが言う。
「なる気はないですよ。冒険者はロマン以外のなにものでもありませんよ」
ミズーリがあっさりと答える。
ベルベットも同じように頷いている。
「俺は兄達の影響かな。あいつ等も冒険者じゃないし」
さらりとキーツが言うと、タスク以外はどうでもよい感じだ。
「この部は、基本は冒険譚を読むだけの部よね」
本棚を示す。
「後、これ」
ゼントは背後の紹介劇を気に止めず、本を選んでいるだけだ。
「ゼント、本が積まれる」
レダが手記から顔を上げて言うと、ゼントは気にも止めずに本棚を眺めている。
「はあ~よく的確に選びますね。ウチの本棚は整理してないのに、ゼントさんは本当に魔法使いじゃないのですか?」
「魔法~使えないし、知らないよ。俺は単に勘がいいだけ」
ミズーリの言葉にゼントは軽く流す。
「遺跡に潜っても最短距離で行動するな」
「遺跡、潜った事あるの?」
反射的に訊く。
「そりゃ冒険者、まあ、成果はなかったな。棄て遺跡で隠し通路見つけたのに」
レダが面白くなさそうに言う。
「本当、あれは珍しかったね。久しくだった」
アークがボソッと呟く。
「まずは、お喋りでもする。姉妹の絆でも深める。リア姉様の研究でも見る?」
ミズーリが訊くと、おのずとミズーリとエフィリアス、クライディアとミアリーが同じ席につく。
タスクがゼントの側に戻ったためか、キーツとベルベットが座っている。
「なついてるな」
「なんとなく、あの二人って似てるなーと」
「それは言えるね。国が同じなのかね」
「女子トークになってきたし、こうなると、俺達には何もできん」
男二人は室内を見回しながらぼやく。
「ベル先輩、あの二人はなんですか?」
ふとキーツがアークとJを示す。
「なん?」
「いや、レダさんは司祭…回復役のような戦士、ゼントさんは戦士?というか、リーダーで間違いなさそうだけど…」
ぼんやりと空中を見ているだけのJと、子供にしか見えないアークを示す。
「魔法使いじゃないですよね」
そう念を押すと、ベルベットは渋い表情をする。
「Jの方は戦士だと思う」
「思い切り前のめりなパーティーですね」
「アークはなんだろ。俺もわからないが、あの中で一番タチが悪そうなんだよな」
ベルベットがそう小声で言うと、アークがこちらを見てきた。
聴こえる距離でも声音でもないはずが、アークは二人を見てきた。
「アーク」
ゼントが本棚から目を離さずに声をかけると、アークはふいっと視線を外す。
「で、あの兄ちゃんが制御してるよな」
「ガキども、世の中には知らない方がいい事があるもんだぞ。そういう勘を外すとシャレにならん事になるから、気をつけろ」
レダが本から顔を上げずに言ってくる。
「大丈夫、よくわかってます」
キーツがあっさりと頷く。
「お前、普通に英語い読めるの?専門用語は?」
ゼントは手元を見続けているタスクに訊く。
「俺は知らない」
「儂がわかるが」
「カムイの方が頭がいいのな」
カムイを横目にゼントは一冊の本を渡す。
「何?」
「多分、お前の知るべきコト」
「ゼントの指輪は何?」
本を受け取りつつ、その右手の中指の銀の指輪を示すだけだ。
「あ、これ」
ゼントは自分の指輪を見て、タスクを普通に見る。
「俺の親の形見のはず、ちょいとタチの悪い代物でここに居る事になったワケか」
ゼントの言葉にタスクは首を傾げ、カムイは指輪を見るなり羽根を膨らませた。
「何?カムイ、どうした?」
ぼんやりと見ていたキーツが声をかけると、全員がカムイに注目する。
「本当、どうしたのよ」
エフィリアスがカムイを指し示す。
「わからない」
「なんじゃ、その指輪は、一体なんなのだ?」
カムイの言葉がわからない一向には、使い魔が突然に騒ぎだしただけだが、タスクが止める気がなさそうなので、首を傾げるしかない。
「タスク、使い魔を放っておいたらダメだろ」
「カムイは大丈夫なの?」
心配そうに訊くクライディアに、タスクはこくりと頷く。
「落ち着け、カムイ。こいつがなんなのかなんか俺も知らん、ただ使えるから使っている。これの事がわかれば、俺の帰り道がわかるのかね」
短く笑うゼントを見て、カムイは羽根をつくろって落ち着く。
「他の三人もしてる。アレが大きい」
タスクが全員の視線を気に止めず、アークに視線を向ける。
「僕?」
にんまりとアークが笑う。
その右手薬指にはめられた二連の指輪を示す。
「そいつは気に止めるな」
ゼントに言われてタスクは視線を外す。
「アレはよくわかんない」
Jの左手人指し指の細い二連の指輪を示す。
「アレは本人がわからないから」
「レダは安定」
目立たない左手小指の指輪を示す。
「よく見えたな。そして呼び捨てか」
本から顔を上げずに呟く。
「レダは一番気に止めるな。一番面倒だから」
ゼントがさらりと言い捨てる。
「面倒?」
かくんとカムイと一緒に首を傾げる。
「面倒。アレは一番面倒になる」
「ゼント、俺がなんでも聞き流すと思うなよ」
「ん、聞き流すだろ。一番面倒くさがりでもあるんだし」
「確かに、すでにメンドイ」
「えっと…」
エフィリアスが渋い表情をする。
「レダさん、思うより面白い人よ」
さらりとミズーリが答える。
「そのようで…」
「エリー、諦めは肝心だよな」
キーツの言葉にエフィリアスは渋い表情を深める。
「お前等、本人の前で言うセリフか?気にならんが、気分は悪いぞ」
「あ、すみません」
「三十秒で気にしなくなる」
ゼントが本を積み重ねながら言う。
「ゼント、これは」
タスクが本棚の奥から一冊の本を取りだす。
「その本は止めておけ、タスク」
ゼントは渋い表情で本を見据える。
「クラン?」
タスクの持つ本を見てクライディアが青ざめている。
「何、その本…」
「大丈夫、所詮は本だ」
ゼントが言うと、クライディアは困ったような素振りで全員を見回すが、何かわかっているのはゼントだけのようだ。
「ダメなのか?」
「気にするな。俺にはまったく関係ないが、お前等はダメなんだろ」
ゼントが本を取ると、クライディアは不安そうにしていたが、本が視界から外れると一息つく。
「俺等がダメって…」
「よくわからないが、お前等はそいつの名前も禁忌なんだろ。まったくもって意味がないと思うが、名前を言ったら化けて出るのか?」
「そうゆう訳でもないが、単に魔法使いだからだろ。あの男は魔王に数えられた存在だからな」
「魔王じゃないけどね。本物の魔王なら死なない」
アークが本を見て言う。
「それって、『あの方』の事が書かれているのか?兄貴、なんつう本を手に入れてる」
キーツが頭をかかえる。
「俺も知らなかったな…先輩ならなんでもありだしな…」
ベルベットも渋い表情をする。
「あの方ね…名指しがたきってコトか、魔王にしてもありえないよな」
ゼントはさらりと言う。
アークは軽く笑っている。
「アーク」
「僕は知らない」
さらりと答えた。
「何?」
エフィリアスが不思議そうに訊くが、学生組はきょとんとするだけで、冒険者組は仕方なさそうにしているだけだ。
「魔王が悪いモノじゃない」
アークの呟きに、冒険者とタスク以外は頭をひねった。
「魔王が悪いモノじゃなかったら、魔王は一体なんなの?」
エフィリアスの問いにアークは静かに笑う。
「そいつの言う事は気にするな。魔王なんて、所詮は物語のラスボス、単なる倒されるだけのモノだ」
「身もフタもねえ…実際、魔王が居たとかいう事はないけどな」
「魔王のような魔法使いだっただものね」
ミズーリがコロコロと笑いとばす。
「そうですね」
ミアリーが同意する。
「俺等司祭をはじめ、神の使徒はあいつがなんであろうと気に止める相手でもない。魔法使いとは線を引いているからな。どれだけ凄かろうが偉かろうが関係ない」
レダは本から顔をあげクライディアを見た。
「あの方なんて呼ばして悦に入ってた奴も、英雄たるランバルトもだな。だが、俺達は英雄たる彼等の行為は英雄的ではあった」
「…あった?」
クライディアが聞き返す。
「俺は、英雄的行為より、ガキと一緒に居ればいいだけだろ」
レダの言葉に、クライディアはきょとんとする。
「英雄になるつもりじゃなく、子供のために英雄にならざる場合は?」
タスクの問いにレダは少し考えるような素振りをみせる。
「そうなると英雄的じゃなく、英雄だろ」
そう言うと、手記に目を戻す。
「英雄的…英雄…」
クライディアは何度か繰返し、微かに微笑む。
「俺はどっちにしろバカに目をつけられた運のない人ぐらいだな…悦に入ったバカがバカやっただけの行為で、迷惑以外のなにものでもないだろ」
ゼントがさらりと言い捨てる。
それを冒険者組とタスク以外は青ざめて見る。
「ゼントさん、『あの方』自体は亡くなっていることになっていますが、彼を信望している狂信者が居るので」
「何?どこにでも現れて、人に害を成す。とでも?」
ゼントの言葉に学生組は青ざめたまま頷く。
「俺もガキの頃には言われたぜ。悪い事をすると、『あの方』に拐われるぞってな」
レダは軽く言うだけだ。
「俺も、信じちゃいないが、子供の頃はムダに怖れてたな…実際、行方不明になった奴が居たんだ」
ベルベットがしみじみと言う。
「俺も昔あったな…子供が行方不明になったから、外出禁止になった事、それが信望者の仕業だったっていう話」
「あたしの故郷でもあったわね。子供じゃなく、彼を貶した一家だったわね」
ミズーリが思い出したくないような表情で語る。
「故郷から離れてはいたけど、あたしも子供の頃に集団自殺とかあったわね」
エフィリアスが厭な表情で呟く。
「あたしの故郷でもあった」
ミアリーも暗い表情になる。
「私はなかったかな…」
クライディアは思い当たる事件はないらしい。
「クランの故郷はなまじっか魔法使いから離れていたから、逆に信望者が手を出せないんだろうな」
「信望者はドコにでも居るはずだけど、魔法使いが遠い地だと、よね」
キーツやエフィリアスがしみじみと言う。
「バカの信望者もバカ、カルトはドコにでも出るな…面倒なバカだな」
「ゼント、バカをバカ呼びするのは正しいが、バカをバカと言うのはキレるだけだから、もう少しオブラートに包め」
「レダさん、その言い方もダメかと」
ミズーリが言うが気にしていない。
「俺は司祭なんで、信望者ごときを怖れる訳がないだろうが」
「それもそうなのかしら…」
エフィリアスが首を傾げる。
「というのか、あるのかオブラート」
ぽそりとゼントが呟く。
「何?オブラート?」
タスクが訊くのを、ゼントは軽く首を傾げる。
「俺の英訳がおかしいのか?」
「オブラート、何?」
「俺の故郷の薬を飲むための紙、こっちは薬自体が特殊というか、魔法薬が普通だしな」
「治癒魔法もあるのう。神官しか使えぬが」
カムイが呟く。
「神自体が一柱だしな」
ゼントの言葉にカムイが見つめる。
「柱…」
「こっちはそう呼ばない?カムイは違うか?俺はアイヌじゃないからわからないからな」
「それでも良いが、神をそう呼ぶは久しいと思っただけだ」
カムイはふっくらと羽根を膨らませる。
「ゼント、ここ」
不意にレダがゼントを招く。
「なんだ?」
一緒に手記を覗き込む。
「ここ、わかるか?」
レダの示す文を声に出さずに口にする。
「ああ、なるほど」
何度か繰返しそう頷く。
「どうした?」
アークがゼントに近付くのを、ゼントは一瞥しただけで、無言で手を払う。
「僕は邪魔か?」
「いや、一番邪魔はそこの置物」
ずっと本棚の側に座っているだけのJを示す。
「俺か」
「普段は役立たずなんだから、もっと大人しく角に居ろよ」
「仲、悪いんですか?」
クライディアが訊くと、邪険にされているJ本人は気にしてはいない。
「仲、うんぬん以前だから、そっち側はとにかく」
ゼントは意味ありげにJとアークを見る。
「お嬢ちゃん方、知らない事は知らない方がいいってもんだろ。冒険者なんざ物語だからいいんだよ」
レダはあっさりと言う。
「そのワクを越えたウチの兄弟が迷惑で」
キーツが部室内を見回す。
「それにのっかるのはこっちの勝手、迷惑なら自己責任だろ」
ベルベットがさらりと答える。
「そう言えるのは覚悟を持った時だ。まあ、お前等は結構面白いな」
レダの言葉にミズーリが苦笑いしている。
「レダ…お前、無責任なのもほどほどにしとけ」
「俺は思った事しか言わねえ」
「無責任司祭が偉かろうか、俺には関係ないか…アークもJもわかってるな」
ゼントが声をかけると、二人は小さく頷く。
「僕は知らないつもり」
「わからないは標準だしな」
「ゼント?」
「タスク、お前は自分で決めればいい」
ゼントはタスクを見ると、タスクはじっと見上げるだけだ。
「俺は決まっている」
そうあっさりと答える。
「いつでも、やるべき事は決まっている」
「タスク、どうかしたの?」
クライディアが訊くと、タスクはきょとんと見るだけだ。
「タスク、クラン」
キーツが声をかけると、タスクはきょとんとするだけで、クライディアは困ったような表情になる。
「本は借りていっていいか?」
レダが積まれた本を示す。
「返してくれるならいつでもいいですよ」
ミズーリが答えると、レダは腰をあげた。
「腹減った」
「昼メシも食ってないな…部屋に戻る前にメシだな」
ゼントが時計を見る。
「ゼント」
タスクが呼ぶと、ゼントはちらりと見るだけだ。
「いつでも、な」
そう言い残す。
「夕飯の時間だな。帰るか」
ベルベットの言葉に、ミズーリやミアリーも時計を見て頷く。
「明日からは来たい時に来てもいいわ。ここの本を読むのも自由、あたし達はたいがい居るから、話してほしい事は訊いてね」
ミズーリが言うと、四人は頷く。
「早く帰らないと、メシがなくなるぞ」
「メシ、メシ重要」
ベルベットの声にタスクが慌てて後を追う。
「カギはあなた達の魔力で開くから、出入りは自由よ」
ミズーリに頭を下げて、クライディアとエフィリアスも後を追い、キーツも二人の先輩に頭を下げてから追いかける。
「変わった子達が入ったね」
「英雄の子に末っ子、エリーはまともみたいだけども、あのタスクって子、オズワルド一族並の不穏さを感じるわね」
「レダさん達が居るのもどうかと思ったけど、ね」
二人は顔を見合わせてから、それぞれの寮へと帰っていった。
「キーツ君より、クセの強そうな子よね」
ミズーリが小さく呟く。
「昔、私を倒す子供が現れると言われた」
暗闇に小さな炎が灯る。
「その言葉の中心に居たのは一人の少女」
その言葉を訊く者は闇の中で小さく蠢く。
「邪魔をした者、あの時の少女がここに来て私の前に立ちはだかるか」
「お主の思う通りにはなるかのう」
小さな言葉に炎は強くなる。
その炎に照らされたのは、学院長その人だ。
「だが、あの子供はなんだ?」
さらなる声が呟くが、学院長は聞いてはいないようだ。
「今なら、あのレダ様がいらっしゃる…動くなら今なのかも知れないのう」
小さな影が蠢いた。




