1章 グロウワーズ魔道学院
ロンドン駅の構内でクライディアは辺りを見回す。
着の身着のままで飛び出してきたためか、どう見ても家出少女にしか見えないクライディアに、駅員が不審そうに近付いてくる。
「お嬢さん、どこから来たのかな?」
「あ、あの、私はグロウワーズ魔道学院に行きたいのですが、この汽車はどこから出ますか?」
チケットを見せると、駅員は笑顔でクライディアを見ると帽子を脱いで一礼する。
「あ、あの…」
「ようこそ。魔法使いの卵さん、クローディアス行の魔道機関車は零番線、こちらになります」
案内に従い続くと、なぜか駅の奥の壁に向かい合う事となり、思わず駅員を見上げて壁と見比べる。
「この先に行けるのは魔力を持つ者だけ、ここが最初の試験、通り抜ければ入学許可だよ」
帽子に飾られているのは魔道機関士の資格である杖を抱くワイバーンの紋章。
駅員が見本のように壁に歩yくと、なんの抵抗もなく壁を抜けていった。
クライディアは小さく頷くと、壁に向かって歩きだすとなんなく通り抜けた。
「これが、クローディアス行の魔道機関車だよ」
待っていたらしい駅員が示したのは、蒸気機関車を模した八両編成の機関車だ。
「出発まで少し時間がある。このチケットだと一般車両だから、四号車以降なら自由席だから」
そう言い残すと駅員は壁の向こうに戻って行く。
クライディアは存外賑わうホームを歩き、四号車へと入ると同じ封筒を抱えた同年代の少年少女が席を選らんでいるようだ。
全て四人のボックス席でだけで、クライディアは開いていた席に腰を下ろすと、ようやく周囲を見る余裕ができた。
たいがいの子供は仕立ての良いスーツなどでクライディアのような普段着の者は居らず、大きな荷物を持ってきている者ばかり、中には使い魔であろう動物を連れている者までいる。
「ここ、開いてる?」
不意にした声に顔を上げると、眼鏡をかけた白い梟と目があった。
「カムイ、重い」
白梟の下で本当の声の主が捕まえようとするが、白梟は荷物置きに移動する。片足で棚を跳ねるように移動して羽根を休めていた。
「ここ、開いてる?」
再び聞いてきたのは目線がほぼ同じぐらいの少年。
長めの黒髪に大きな灰色の目が特徴的なアジア系の少年で、クライディア同様に荷物は少なく普段着のままではあるが、白梟の使い魔を連れている以上は実力者なのだろう。
「開いてる?」
三度目の問いにようやく反応できた。
「ありがとう。どうも、俺と同じ席に座ってくれる人が居なくて」
「そうなの? 私はクライディア・ランバルト。あなたはなんて名前?」
「タスク。タスク・センドー。あっちはカムイ」
少年は白梟を示す。
白梟の方はすでに眠っているのか、ふっくらと羽根を膨らませて休んでいる。
「ランバルト? ランバルトって、あのランバルトなのか?」
その声は背後からした。
振り返るとやや背の高いスーツ姿の少年が、長い赤い尾羽を持つカラスを連れて立っていた。
短めにまとめられた茶金の髪に青い目をした少年は、整った顔立ちも相まって人の良いお兄さんのようだ。
「ランバルトですけど、あのとは?」
「わりぃ、俺はキーツ・ファン・オズワルド。キーツでいいぜ」
ニッコリと笑顔で名乗ると、二人を見て普通にボックス席に荷物を入れる。
「あの…」
「席開いてるんだろう。こいつはドロス」
使い魔のカラスを荷物と一緒に棚に上げてしまう。
「でも、オズワルドって、確か貴族院の家柄じゃ」
普通、貴族階級の者ならこんな一般車両に居る訳がないし、魔法使いの卵でも平民と会話すらしないはずである。
「違う違う。ウチは王宮魔道士が居るだけで貴族じゃねえし、単なる魔道研究の家だから」
軽い調子で言うキーツに、クライディアは困惑したように辺りを見回すと、足下に一匹の黒猫がすり寄ってきた。
「ミーツ、ダメよ」
黒猫の主人らしき少女が声を上げて。
ウェーブかかった栗色の髪は自然に流し、ライトグリーンの綺麗な顔立ちの少女だ。
「ああ、大丈夫です。あなたの使い魔?」
「ええ、あたしはエフィリアス・カーシャよ」
「クライディア・ランバルトです」
「ランバルトって、あのランバルト?」
エフィリアスもクライディアを見て問いかけるがクライディアはキョトンと見るだけだ。
「キーツ・ファン・オズワルドだ。キーツでいい」
「オズワルド家の末っ子よね」
すでに席に座っているキーツと、荷物置き場のドロスを見て呟く。
「タスク・センドー」
視線を向けられたタスクが名乗ると、今度は首を傾げるだけだ。
「座れば、出発するみたい」
窓の外を見てタスクが言うと、クライディアは窓側に座り、エフィリアスも周囲を見てから開いている席に腰をおろした。
「えっと、キーツにクランでぃ…エフ?」
「呼びにくいなら、クランでいいわよ」
「あたしはエリーとでも呼んで」
タスクに少女二人が言う。
「何かの縁だ。仲良くしようぜ」
「いやよ。あたしはブルーローズに入って、エリートコースを進むのよ」
キーツにすっぱり切り捨てる。
「無理だと思うぜ。ブルーローズは魔力だけじゃなく家柄を取るらしいから、一般はキツいぜ」
キーツがケラケラと笑うのをエフィリアスは睨みつけるが、キーツは気にするつもりはないようだ。
「海」
窓を見ていたタスクが言うと、三人も窓の外を覗き込んだ。
「魔道機関車は海も関係ないからな。噂じゃ、宇宙にも行くるとか」
キーツが嬉しそうに声を上げる。
クライディアはタスクと一緒になって海を見つめ、エフィリアスは席に座り直すが気にするようにチラチラと見るだけだ。
「三時間ぐらいでクローディアスにつくんだぜ」
「早いわよね。飛行機だと半日はかかるのに」
「魔道機関の飛行機はないからな。やっぱ、魔道機関士はすごいよな」
キーツは楽しむように言う。
「あなた魔道機関士になる気? なのにグロウワーズ魔道学院に行くの?」
「そうだな。魔道機関士も、魔法使いになるのが近道だからな。新理論を組むにはいいんだよ」
「エリーはエリート志望なら、王宮魔道士とか公立魔法院の公式魔法使いか?」
「なによ。悪い」
「お二人とも目標があるんですね」
「クランも魔法使いになりたいんだろ。ランバルトなんだろう」
キーツが訊くと、クライディアは小首を傾げる。
「あなた、ランバルトよね。あのクラスター・ランバルトとクレイアス・ランバルトの娘よね」
「そうですが、お父様達を知ってるの?」
クライディアの言葉に二人が目を見開く。
「英雄クラスターと聖女クレイアスを知らない魔法使いは居ないぜ」
キーツが声を上げると、周囲にいる者達もクライディアを見てくる。
「私、あまり両親の事は知らないの。叔父が話してくれた事はないし、ずっと魔法使いから遠ざけられていたから、今回の事も間違いかと、グロウワーズ魔道学院に入学できるならあの家を出られるって」
クライディアがぼそっと言うと、三人は目を丸くするとキーツが納得するように頷く。
「そうか、どうりで眼鏡をしているのか、今時、視力補正を眼鏡ってな」
キーツが静かに言うだけだ。
「まあ、ランバルトの娘として注目される事は覚悟しておいた方がいいわよ」
エフィリアスに言われて、クライディアはよくわからないままに頷いていた。
「あなた、ランバルトって本当?」
ホームに降りて周囲を見ていたクライディアにそう声をかけてきたのは、やけに派手なドレス姿の少女で、金髪の巻き毛にキツめの青い瞳をクライディアに向けてくる。
「私はトルチェリア・ダルク。フランスのダルク家の娘ですわ。覚えておきなさい」
少女は指を突き付けて言い捨ていく。
「キーツ・ファン・オズワルド。やはり入学許可がおりたようだな」
同じような格好で、似た顔立ちの少年がキーツを指し示す。
「誰?」
「このトランシス・ダルクを忘れたか!」
びしっとキーツに指を突き付けて名乗る。
「ダルク家の…あ、うん」
小さく頷くキーツにトランシスは満足そうに頷くと、ホームを降りて行く。
「今のって、フランスのダルク家の双子よね」
「たぶん…同じ年だっけ、面倒な連中だな…たぶんじゃなく、確実にブルーローズだろうな」
うんざりとしたキーツにエフィリアスが渋い表情で双子の後を見送った。
「あれが、グロウワーズ魔道学院?」
我関せずでタスクが遠くに見える城のような建物を指し示す。
「そうだ。あれが学院」
キーツは満足そうに言う。
魔道機関車を降りた子供達は、グロウワーズ魔道学院へと足を進める。
整備された石畳の道を進むと、グロウワーズ魔道学院の全貌が見える。
中世の城をイメージさせる全体像の通り、尖塔が目立つ四つの建物を中心としていて、かなり広い敷地面積に周囲は森が広がり、幻想的な雰囲気を持っている。
「さすが魔道学院」
誰かが呟くのを全員が頷く。
「よく、いらっしゃいました」
大きな門の前で、一人の女性が子供達を迎える。
「私はエレミア・ベスタ。当学院の副学院長です」
黒いドレスの初老の女性は、百人ほどの子供達を見回すと手を上げると門が音もなく開いた。
「当学院は皆様の入学を歓迎しましょう。まずはクラス分けを行いますので、こちらへ」
ベスタ副学院長の後に続き、全員が広場に出る。
「水晶柱」
一メートルほどの高さの水晶柱を示し、手近に居た少年にを招くと、手を水晶柱にかざすように説明をすると、少年は魔力を込めていくと水晶柱は白く光りだす。
「白。ホワイトリリィですね」
次の子供は赤、そして緑と子供によって色が変化していく。
「あれでクラス分けをしてんだな」
「先ほどの双子さんは青ですね」
次々と決まった者は離れた場所に待つ四人の教師の元へと向かう。
「次のあなた」
呼ばれてクライディアが水晶柱の前に立つ。
「この水晶柱に手をかざして魔力を込めて」
そう言われてもクライディアは魔力の使い方がわからないため、見よう見まねで行った結果か緑に光りだす。
一瞬、意外そうな顔をされたが、右端の若い小柄な女性教師を示す。
「次のあなた」
キーツが進み出るとさっそく魔力を込めて緑の光りにクライディアの側へとやってくる。
次のエフィリアスは何かを考える素振りを見せて、同じく緑の光りを灯して二人の所にくる。
「ブルーローズじゃなかったのか?」
「あの双子、面倒そうだもの」
しれっと応える。
次に水晶柱の前に立つのはタスクだが、水晶柱が光る事がなく、副学院長が首を傾げている。
「どうしたんだ?」
キーツが首を伸ばす。
「変ね。もう一度、お願いするわ」
「カムイ」
タスクは肩のカムイに声をかけると、タスクは水晶柱に手をかざしてみると、 緑に光りだす。
「グリーンウィードね」
言われてタスクはクライディア達に近付く。
「どうしたんだ?タスク」
「ちょっと、失敗」
小さく言うと、タスクはぐるりと学院を見回す。
「はい。この二十二名がグリーンウィードのクラスメイトですね。私は担任のセリア・ナノといいます。これから皆さんが生活する寮に案内します」
女性教師が全員を見て、先頭に歩きだすと子供達は荷物を持って後に続く。
男女半々程度で、三分の一ほどが使い魔を連れているようだ。
「グリーンウィードは二人部屋か三人部屋になりますから、部屋分けは後で、まずは全員に使い魔を選ぶためにノースマン先生の元へ行きます。その後に箒を選ぶのでカーター先生の元へ行きます」
荷物を置くと、セリアに連れられて校舎の端の小屋に集まった。
ホワイトリリィの生徒が先に来ているのは、レゼリア・ノースマンが担任教師だからだろう。
背の高い若い女性教師は使い魔を連れていない生徒を招き、小屋の中に立ち入ると奥が見えない広さがあり数多の動物が居る。
「使い魔は魔法使いのパートナーです。相性の良い子を選ぶようにしてくださいね」
そう言われてか、子供達はぐるりと見回すと動物に話しかけたりしている。
一人使い魔のいないクライディアも小屋に入ったとたんに一羽の白い梟が降りてきた。
「ホウッ」
そこが定位置と言わんばかりにクライディアの肩から降りる気はないらしい。
「私とくる?」
「ホウッ」
当然といった感じで鳴く。
「パートナーが決まった子は名前をつけて、彼等と契約してください」
「名前…クローリー」
そう呼ぶと白梟は頭をすり寄せてくる。
「梟、白いのは高位よね」
「カムイと一緒」
エフィリアスが言い、タスクがカムイを示す。
「同じ白梟でも、なんか違うな」
見比べてキーツが言う。
「カムイはシマフクロウ。片足のジジイだし」
タスクが言うと、カムイが思い切りつつく。
「痛い」
「あら、あなたは学院の使い魔、梟なんてありがちなものね」
白鳥を連れたトルチェリアと、鷹を連れたトランシスが少し離れた所で声をかけてくる。
「ブルーローズは全員使い魔持ち込みのくせに来てたのか」
「でも、連れていなかったですよね」
「あいつ等のは魔法生物で宝石とかにしまえるんだよ。俺は完全に道具みたいで嫌いだがな。ドロスみたく魔獣系統の方が良いのに、あいつ等にしたら意思のある使い魔はいらないんだろう」
キーツはドロスをなぜながら言う。
「どう違う?」
タスクが訊くと、クライディアもチラチラと訊きたそうに見る。
「使い魔は大きく分けて二通り、魔獣系統の魔力持ちの動物で意思があるから自分で行動できるし魔力も高いが、言う事を聞かないってコトがあるドロス達みたいなのな」
エフィリアスのミーツやクライディアの白梟などを示す。
「もう一方は魔法生物、自我はほとんどなく生きた魔法結晶と言われているぐらいだ。命令には絶対で宝石とかにしまえるが、ロボットペットだよな」
「あたしも嫌いね。使い捨て前提で考えているふしがあるもの」
ミーツを抱き締め、エフィリアスがぼやく。
グリーンウィードのメンツもそう考えているのか、自分の使い魔を抱き締めている者が多い。
「次に生きますよ」
先生方に言われて、今度はぞろぞろと全員で考え広場の方へと向かう。
「学院では、箒は学院の箒のみの使用となります。持ち込みしてきた箒は学院敷地内では封印しますので、後で申し出てください」
移動魔法担任のトリエ・カーターが小太りの腹をさすりながら生徒を見回す。
「なんで?」
「普通に、学院内でも広いからマーカーのない箒を乗るのは危険だろ」
「普通に迷子よね。悪くすると行方不明」
キーツとエフィリアスがさらっと言う。
箒小屋はブルーローズから入っているので暇そうに会話を交わしている。
「ブルーローズからだから、いい箒から選ぶな」
小屋から出てきた奴等を見て、キーツが言う。
「まあ、最新鋭とは言わないけど、せめて三期前ぐらいの箒はあるといいわよ」
エフィリアスは諦め口調で言う。
「箒も相性、最新鋭がスゴいとか考えはバカ。俺はアリエル社製があるといいな」
「聞かない社名ね」
「いや、存外、チートなスタンスでおもしろいんだよな…改造前提のタチ悪さが魅力」
「悪趣味ね。ウィルズ社辺りならいいかしら、クランはわからないなら選びましょうか?」
「ありがとう」
「タスク」
ホウホウと鳴くカムイをタスクは見るだけだ。
「まあ、ごまかしようはあるでしょ」
タスクはしれっと言う。
「次のクラス」
最後に入ると、広めの小屋の内部ではまだ充分に箒がある。
「おっ、最新鋭。でも、こっちだよな」
「クランならこっちかしら、それか、こっち?」
箒を選ぶクラスメイトの中で、タスクは入口の横に無造作に置かれているボロい箒に目を止めた。
「これ、これがいいか」
「タスク、また古いな。手作りか」
微妙にシンプルな箒を持ってきたキーツが見る。
「気になるから」
「タスクも決まったの?」
似たような箒を手にしたクライディアとエフィリアスが声をかけてくる。
「それでは、入学式は明日です。今日は、寮の部屋分けを行いますので戻ります」
先生に言われてそれぞれの寮へと戻る。
荷物をクローゼットにいれ、クローリーは天井の止まり木に放つ。
「アターシャ・カスラ。フィンランドの出身よ。この仔はメティね」
三人部屋で一緒になったのは明るい金髪をまとめたモデル系の美少女で、白い猫の使い魔を最初から連れていた。
「三人部屋といっても広めね」
エフィリアスは荷ほどきをしながら室内を見回す。
部屋にベッドが三つ並び、机にクローゼットがそれぞれあり、壁には箒立てに使い魔用か高い天井には止まり木などが完備されている。
「制服があるわね」
アターシャがクローゼットから黒に緑のリボンがあるフードつきのローブを取りだす。
「やっぱ、魔法使いはローブなのね」
エフィリアスも取ると、自分の体にあてがう。
制服はすっぽりとかぶるためか、あまりサイズに大差はないらしい。
「ベルトは自由なようね」
アターシャは制服をに着替えるが、ベルトのたぐいはないらしく、手持ちの黒のベルトを締める。
エフィリアスも同じように締め、クライディアはベルトがないので長めの布を縛る。
「教科書は机の中、トイレと洗面所はここだけど、お風呂は共同で、後は準備が済みしだい食堂に集合だったわね」
「鍵は魔力登録制で、部屋の人間が招かないと入れなくなっているから」
「魔法使いの杖は?」
クライディアが辺りを見るが、魔法の杖らしきものはない。
「伝統的なこの学院なら杖よね。もっと簡単なデバイスがあるけど、自分のは使わないでしょうね」
アターシャが鞄から小型化された魔法モバイルを取りだすが、机にしまう。
「そうね。そろそろ食堂に行った方がいいかしら」
時計を見てアターシャが言うと、二人も頷く。
「食堂に行くのか?」
部屋を出るとキーツが声をかけてくる。
こちらも制服姿だが、タスクは少し大きいのかだいぶ腰の辺りで折っている。
「センドーは制服を替えてもらいなさい」
見るなりアターシャが言う。
「あんた達は二人部屋よね」
「正確には三人部屋を二人でだな」
「じゃ、作り自体は同じね」
「たぶんな」
「部屋って、なんで奇数なんだろ」
タスクは制服のたるみを気にしているようで、帯を縛り直している。
「本当に替えてもらいなさい」
クライディアがしみじみと言うと、タスクも仕方なしに頷く。
「食堂は一階だったな。風呂は男が一階なのに女子は地下だっけ、なんでだ?」
「覗き防止でしょ」
キーツの疑問にエフィリアスが冷めた表情で言い捨てるのみ。
「おう、一緒に行くか」
暫くすると、他の部屋からも出てくる。
「お前、制服替えね」
制服の丈が短い奴がタスクに声をかけてくる。
「男女で制服の差はないのね」
「でも、リボンとリボンタイ」
何人かが話しをしながら一階の食堂に入る。
「入学、おめでとう」
先頭を歩くアターシャが食堂に着くと、突然に声がかけられた。
「な…何?」
食堂には制服姿の男女がすでに集まっている。
「先輩方…」
二百人ぐらいが新入生を見ている。
「歓迎会ですよ。並んだら自己紹介ね」
セリアが招く。
「まず、寮母のイノンさん、皆さんのご飯や共同の場所のお掃除をしてくれてます」
紹介されたのは小柄なドワーフらしき女性。
「ドワーフだ。さすがクローディアス」
誰かが呟く。妖精族は確認されているが、主にこのクローディアス大陸ぐらいで生きている。
「じゃあ、右側から名前と出身を教えてね」
「アターシャ・カスラ。フィンランド出身です」
セリアにうながされて、アターシャから名乗りだしていく。
「エフィリアス・カーシャ。イギリスです」
「キーツ・ファン・オズワルド。イギリスだ」
キーツの名前に上級生達もざわめく。
「クライディア・ランバルトです。イギリスから来ました」
クライディアが名乗ると、上級生達のざわめきは一気に高まる。
「タスク・センドー。日本だよ」
タスクが名乗るとざわめきは一瞬鎮まり、そして、全員が何事もなかったかのように、キーツやクライディアの事を話しているようだ。
「J・ナーク、シチリア生まれロンドン育ち」
次の少年が名乗る。
全員が名乗ると、先輩達に混じって夕食が始める。
「杖は明日の授業で貰えるぜ」
「移動魔法の大半は箒だな」
「女子は地下にお風呂あるけど、時間外でもシャワーだけはいつでも使えるわよ」
「薬草園は立ち入り禁止だから、下手に入るなよ」
「部活に入るなら、趣味最大がいいぜ」
あちこちで先輩達が好き放題に教えてくれる。
「部活?」
タスクが聞き返すと、隣に居た少年が大きく頷く。
「魔法系の部活から普通の部活まで、ちなみに、俺は探究部だ」
「探究部?」
キーツが聞き返す。
「冒険者ごっこみたいなもんだけど、ウチの学院の地下にある古代遺跡を探索したり」
「そこ、入る」
先輩の言葉が終わる前にタスクが答える。
「タスク、入るの? 俺も付き合うか?」
「オズワルドも入るか?」
先輩がタスクよりもキーツに興味があるようだ。
「魔動学の部活でもいいけど、大陸に来たら冒険者に興味を持つだろ」
力説するキーツに、何人かは頷いている。
「それはな」
「確かに」
「そう?」
男子は同意するが、女子はさらりと流される。
「冒険者なんて単なるギャンブラーじゃない。グロウワーズに入学できる人が、何夢見てるのよ」
エフィリアスが冷めたく切り捨てると、数人の先輩達までもうなだれる。
「大陸が発見されて三百年、新発見とかないわよ」
アターシャも冷淡に言い捨てる。
「でも、冒険者なんてこの大陸だけの職業だろ。妖精族とかと仲良くできるしさ」
誰かが言うと、女子は少し考えはしたようだが、すぐに甘い考えは捨てたようだ。
「魔法使いはどの国でもエリート職種、それをロマンとかで棒に振るとかないわー」
エフィリアスの言葉に女性陣は先輩達も頷いているぐらいだ。
「わかっているから、学生の間ぐらいは冒険者ごっこでもしたりしたい」
「先輩、わかります」
キーツがうなだれた先輩の肩を叩く。
「俺は四年のベルベット・ヴァレンチノだ。副部長を勤めてる」
「イタリアですか?」
「ベルベッド?」
「ベルでいいけど、アジア系の奴は舌足らずか」
タスクを見て言う。
「部活は必須ではないが、何かやる方が六年間、楽しいだろうからな」
「六年間同じクラスだしな。勉強だけはつまらんよな…うん、わかります」
キーツは気があうのか、ベルベットと頷きあっているほどである。
「よく、やるわね」
「あっ、今学院に冒険者滞在してて、話しを聞く事ができるぞ」
「リアル冒険者!」
キーツの声に全員が目を見る。
「しかも、あのレダ・ラーズ」
ベルベットの言葉に、男子のみならず女子も目を見張る。
「誰?」
タスクの声に全員が目を見張る。
「知らないの? エルガイア主聖殿の若き司祭長、農村から最高位の司祭に若くしてついた天才」
エフィリアスが食いぎみに声を上げると、タスクはコクコクと頷くだけだ。
「聖殿の司祭様が冒険者なの?」
クライディアが訊くと、ベルベットは少し考えるような仕草で視線を反らしていく。
「レダ様は若いからか? なんていうかざっくばらんな方でさ、見ればわかるけどね」
かなり言葉を選ぶ感じで答える。
「神様?」
「まあ、普段からウチの部室に居るから、会いたければ会えるぞ」
「ぜひ」
エフィリアスに力強くおされて、ベルベットはコクコクと頷く。
「神様、居ない?」
タスクが首を傾げている事に気付く者はなかった。
「神様、全部封印されたんじゃないの?」
眼下に広がる森を見据え、タスクはカムイに声をかける。
「エルガイアはこの大陸の神であり、かの者が我等をこの世界に繋げておる」
カムイの答えに、タスクは首を傾げる。
「天神ヒルメ様の友人」
「お友達か、それは会いたい」
「無理だのう。かの神も封印されておるようなもので声を届けるがやっとと訊く」
「ふうん。神なのに?」
「神だからじゃ。魔を封じるための制限と言うのう…まあ、わからぬが」
カムイが言うと、タスクはさらに首を傾げる。
「仕方ないか、アレが見つかれば、大丈夫?」
タスクの問いにカムイは小さく頷く。
「じゃ、俺が俺で、そう、タスクである間に見つけないとね」
タスクの言葉にカムイは静かに目を閉じる。
「やっぱ、月が多数ってのは慣れねえな」
不意にした声に、タスクは足元の方、立っている木の下に目を向ける。
「誰?」
「ん?」
タスクの声に気付いたのか、木の上を見上げた。
年はタスクより少し上か、長めの黒髪をバンダナで押さえ、闇の中でも翡翠のような瞳がわかる。
「誰か居るのか?」
下からはよく見えてないのか、声をかけてくる。
「タスク」
カムイが鳴くと、少年は軽く首を傾げている。
「梟? 使い魔?」
ホウッと聞こえた音に怪訝そうに見てくる。
「お兄さん、先輩?」
木から降りて少年の前に立つと、カムイが慌てているがタスクは気にせずに見上げた。
「ん、生徒…今、飛び下りたか、変わった格好してんな。お前」
木の上から現れたタスクを見ても、平然と木の高さを見上げはするが、十メートル以上の高さから飛び下りてきた事を気にしていないようだ。
「お兄さん、学院の人?」
タスクはやや距離を取る。
「ああ、違う。俺はゼント・ミカグラ。冒険者ってやつだな」
「ゼント?」
「ん~ま、いっか、お前は生徒か? すでに就寝時間じゃないのか?」
腕時計を見て、タスクを見ると、逃げようとしたタスクの襟首を掴む。
「俺は学院関係者じゃねえから、告げ口とかはしねえよ」
「…タスク・センドー」
観念したように名乗る。
「タスク? 日本人みたいな名前だな」
ゼントの言葉にタスクが目を見張る。
「この使い魔白いけど、シマフクロウか? 眼鏡ってよくこんなサイズがあるな…シマフクロウは、コタンコロカムイだったか、まどうでもいいか」
「カムイ、覚えてる」
目を丸くしたまま、カムイに声をかけるとカムイも目を丸くしている。
「カムイ? 本気でカムイ? 偶然って感じじゃなさそうだが…ここでは日本を知る奴はいないはずじゃ」
ゼントの方も訝しげにタスクを見る。
「ゼント、タスクじゃないのに、なぜ覚えてる?」
「タスクはお前だろ? 話が合わないって、お前はここの日本の? この世界には日本があるのか?」
「日本はある。でも、ゼントは日本人?」
お互いに噛み合わない話に固まる。
「ゼント」
呼び声にゼントの意識が離れた瞬間、タスクは背を向けて走りだす。
「ちょっ、待て」
止めようとするが、闇の中にカムイの白い姿すら見えなくなる。
「ま、まあ、学院の生徒なら見つけやすいか、Jか気にしなくていいぜ」
木陰からそろりと出てきた長髪の少年がに声をかける。
「ゼント、レダとアークが探してた」
「そうか、戻るか、J、この世界に日本はないんだよな」
ためしのように訊く。
「知らない。というか、俺には記憶がないから何も覚えてない」
「お前に訊く方が間違ってたな」
「その通りだ」
「お前、外見詐欺なんだから喋るなよ。特に生徒の前では絶対に口開くな」
ゼントは呆れたように言う。
百七十四ぐらいの背丈で体格は良い、栗色の髪を束ねていて、整った顔立ちの中でも紫水晶のようなきつめの瞳が印象的だ。
「ファンタジーの王道みたいな外見で、記憶喪失という設定が無駄だな。単なるバカだしな」
ゼントが無駄なイケメン呼ばわりを気に止めていないというか、次には忘れていそうなJにゼントはあえて放っておいた。
「ゼント、どこ行ってたんだ?」
与えられた部屋に戻ると、黒髪の少年が声をかけてきた。
「散歩、何か用か?」
「別に、あんまウロつくとうるさいんだ」
面倒くさそうに頭をかく。
「外見詐欺ツーだな」
「何が?」
ボサボサな長めの黒髪をそのままに、眠そうに伏せられた瑠璃色の瞳、北欧出身らしく色白な美形ではあるが左頬に大きな傷がある。
全身で面倒ですと表現しているような仕草。
「散歩、俺も行くのに」
奥から出てきた子供が声をかける。
長めのクセのある金髪に紅玉の目をした子供。
「アーク、外見詐欺ばっかだよな…」
ゼントは仲間を見て呟く。
「俺は、このアーク・ティア・ノヴァは昔からこのですが、嘘だけど」
しれっと言い切る。
「存在詐欺でもあるしな」
近くの椅子に座りアークを見る。
「存在詐欺はひどくない? レダよりマシでしょ」
「俺は詐欺した覚えはないぞ。TPOに合わせて、適当に活動してたら、司祭になっただけだ…俺は刃物が好きなだけの一市民だ」
「肩書き司祭で十二本も刃物を持つなよ。だいたい刃物好きの段階で一市民じゃねえ」
「面倒だから大陸に来たのに、より面倒だ」
舌打ち混じりにぼやくレダに、ゼントはため息混じりに息を吐く。
「俺はどうでもいいけど、ガキどもを絶望させるなよな…外見詐欺のままで居てくれ」
「違うって言ってる。で、お前はわかるのか?」
「たぶん、間違いなくな。もう少し、自由にならないのかよ」
「なんかな…あの学院長、昔とだいぶ変わったような気がするんだよな…面倒だから、そのうちかね」
レダは頭をかく。
「何年前の話だ?」
「八年ぐらい前か、俺が司祭になったぐらいだからな…あの時は、ガキに甘いジジイだったはずだったんだがな」
「お前、いくつで司祭?」
「九つだが、天才だったから」
ニヤリと笑うレダを胡散臭げに見るだけだ。
「まあ、別にいいけど、目的さえ達する事ができるならな」
ゼントはふとレダを見る。
「お前は、日本を知っているんだろう」
「そりゃな。俺はガイアの使徒だからな」
「日本は封じられたよ。だから、俺が居るから」
アークは不思議そうにゼントを見る。
「普通に人間は覚えてないよ」
そう付け加える。
「日本か、わからんが」
「お前には何も期待しない」
Jをすっぱりと切り捨てる。
「タスクって、知っているか?」
「知らない」
アークは首を傾け、わからないと示す。
「ふーん、じゃ、なんであいつは逃げたんだ?」
軽く頭をかきながら呟く。
「よくわからんが、夜はあんまウロつくな。冒険者ってのはあんまよく思われてないしな」
「まあ、魔法使いがエリート職なら、そりゃ、無駄に浮浪者的な不特定収入職業はないな」
「自由で好きだけどな。俺は」
「お前は一番ダメだろ。立場的に」
やる気ゼロで椅子に座り込んでいるレダを、呆れたように言う。
「司祭なんて面倒だけだ。お前をダシにようやく出れたんだから、もっと遊ばせろ」
「おい、立場詐欺、もう少しオブラートに包め。後刃物はやめろ」
懐から小型な刃のナイフを取り出して手入れをはじめるのを、ゼントは呆れたように見る。
「刃物好きな段階で、本当に司祭なんて職業を選んだんだよ。お前は」
「農村だと、刃物はナタぐらいしかない」
ある意味ストレートに返す。
「本当にストレートで、どうでもいいか、俺はここの人間じゃねえし」
ゼントは軽い調子で言うだけだ。
「ここは夜にやる事がねえ。暇なんだよ。もう寝るかな…あいつが生徒なら明日にでも探せるか」
ゼントが寝室に向かうと、Jやアークも向かう。
「よし。呑むか」
「いいから、お前も寝ろ」
レダを引きずり連れて行く。




