エピローグ
今回の出撃は、どうやら旧ハワイらしい。
やはり海上は結界維持が大変で、4年前に構築されてからこれで通算…通算…8度目?
年に2回破られてんのか…道理で旧ハワイの地理に詳しくなるわけだ…。
「ミノル、行けるか」
「はい。出番だぞ、ミィ」
「ん!」
元気よく飛び出して行った幼女を見送り、オレも駐屯基地のモニタールームで念話の回線をフルオープンにする。
座るのは指揮官席。
ここから目の前に広がるモニターと、オペレーターたちの頭を見下ろす度、オレは嫌な汗を手の平に感じる。
が、仕方ない。これがオレの選んだ結果だ。
「ラインオールグリーン、こちらカルバリン。マチェット戦地投入完了、これより指揮権はカルバリンへ移行する」
これを最初口に出したときは恥ずかしくて死にたくなったのにな…慣れって怖いな…。
モニターの中では、そろそろミィが前線に到着しようというところだった。
気を引き締めて、オレは再度口を開く。
「戦端E-H、マチェットへ引き継ぎを。アルファ・チャーリー隊は地点M,12まで後退…――ポイント34に魔導砲着弾、衝撃に備えよ」
ミィがさっそく魔物を一掃し始めた。
最初はオレの不手際なんかもあって、ミィも砲撃前に連絡を逐一寄越していたものだったが…あっちも慣れたらしい。
今では阿吽の呼吸で、オレが部隊を下げるのとミィが砲撃するのがタイムラグなしで行われる。
成長しているなー、と頭の片隅で考える程度には余裕も、いまのところある。
相変わらず、手汗はすごいけどな!
******
「お疲れ、ミノル」
「…リアムさんも…サポートありがとうございました」
基地のいわゆる食堂的な魔導式テントの外に、休憩用に備え付けられたイス。
それにぐったりと座り込んでいたオレに声をかけるのは、相も変わらずイケメン…いや、30代になって男盛りの魅力が増したと評判のリアムさんだ。
オレ?
オレは今年20になったが、未だに国連の魔術部隊では少年扱いだ。日系人若く見られるツライ。
そうそう、新人の皆さんには、指揮官席に座ってるのがオレで二度見されることが多い。超ガン見されて「アメイジング…!」とか言われる。ツライ。
「…まだ慣れないんだね」
細かく震える手に温かいコーヒーを渡される。
冷え切った指先に、ステンレスなんて熱伝導最高だぜイエーってコップが憎い。
「そりゃ…オレ、一般人でしたから」
でした、なんて過去形にはできるようになったわけだが。
両手でコップを包んで、かじかむ指先が解けるのを感じる。
「そうだね、今日の指揮も可もなく不可もなく…本来なら戦端Aから取り掛からせるべきだった」
「ぐっ…。リアム先生の鬼畜…」
「ハハ、可愛い生徒にはボクが出来る限りのサポートをしてあげなきゃと思ってね」
リアムさんは、オレの補佐役…つまり、教師役をしてくれている。
ミィを実戦投入し始めて4年。最初の1年はリアムさんが指揮をして、オレがミィに指示を出して。2年目からはオレが指揮を執るようになったが、まだまだリアムさんから見るとオレは未熟者らしい。
らしいというか、オレも駄目だったなと思う点を上げればきりがないから未熟ってのは間違いない。
「小宇坂君」
リアムさんはオレを名前で呼ぶようになったが、未だに名字呼びなのは白木さん。
っていうか白木さんが名前で呼ぶのはリアムさんだけだ。つまりそういうことだ。ちくしょう…。
「あ、白木さん…白木さんもありがとうございました」
「私は何も。リアムと比べれば微々たるものです」
白木さんも同じくオレの教師役…リアムさんが軍事的なものの教師であるとすると、魔法的なものの教師だ。
リアムさんも魔法はもちろん天才的だが、天才ゆえに凡人の苦悩がわからないようだ。天才イケメン乙。
それに比べ、白木さんは魔法を教えるのが抜群にうまい。
おかげでオレは魔術検定初段に合格した。
また、指揮をとったりはしないが、回線整備やノイズ除去、モニターの維持に一役買ってくれている。
あと相談もしやすい…日系人特有のギャグとかについてきてくれるのはいまんとここの人だけだ。
そんなオレたち…いや、まだ震えの治まらないオレを慰めてくれる二人と談笑をすることしばし。
そろそろかな、と思っていると頭上に影ができる。
「…おー、おかえりミィ」
親方!空から女の子…ちがう砲弾が!!
影が出来てからオレの手元に来るまでがマッハだったが、それはそれ。
インパクトの瞬間に急制動がかかってオレが挽肉になることはきっちり回避できる子。
ミィ…小瓶の精霊、小鬼、殲滅者等々の呼び名が定着し始めている、国連の切り札のご到着である。
ちなみにミィとはオレ命名だ。
彼女は4年前とおんなじ姿だ。
成長しない、幼女姿。
今は国連印の特製バトルスーツに身を包んでいるが、これ、なぜか縁あって魔攻少女ジーンのデザイナーさんが描きおろしてくれたためとっても可愛らしく、かつ機動性に富んだ、軽く高級車リミテッドエディションが買えるレベルのお値段が突っ込まれている代物である。
「よーしよしよしよしよし」
なでくりなでくりと抱き着いてくるミィの頭を撫でまわしていると、微笑ましいものを見る目で通行人(国連職員)の皆さんに見られている。
ミィが最強の錬金生物っていうのは周知なんだが、まあ可愛いからな。
うん、今のオレはこんな感じだ。
オレは国連に所属して特別戦闘員なんて大層な肩書を持つに至っている。
巷では…っていっても各地域首脳陣の間くらいだが、救世主とか勇者とか、そんな名前で呼ばれたりもする。
笑ってしまう。どこに奇跡の起こせない救世主様がいるのか。自分で戦わない勇者様がいるのか。
だから、というわけではないが、オレは選択したあの時、ひとつ提案をしている。
それは、オレが安全地帯に引き籠らないこと。
当初はオレは国連本部にひきこもる予定だったんだ。
が。
ミィと名付けた幼女がひとりであの地獄に行くって。しかもオレの命令で。
馬鹿じゃねぇの。
結局オレと同じ、望んでないのに巻き込まれた形になるわけだろ。
そんなん、一般市民にできるかっての。良くも悪くもオレは小心者なんだよ。
で、オレもこうしていっぱしの指揮官を気取っているわけだ。
まあ正解だったとは思う。ミィとの連携が、オレ以上にできるヒトはいない。
そういう風に、オレたちは人間が住む世界を広げてきた。
でもまだやっぱり地獄は続いているし、魔物は失くせない。
――つまりはあれだ。
オレたちの戦いは、これからだ!ってことだな。
「小宇坂戦闘員、マチェットに出動要請です」
「………うっ 胃が…」
これからだって言ったのがまずかったか…。
〈了〉
読んでいただいた皆様、少しでも楽しい時間を過ごせていましたら幸いです。
彼らの冒険はまだまだ続くぜ?