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王女の恋煩い  作者: 岸野果絵
クーラヴェルハイム邸
8/10

リーラレイアの帰館

ボッズはのろのろと玄関へと向かった。


 そろそろリーラレイアの帰館する時刻だ。

 リーラレイアは毎日のように、王宮に住む王太后・レスティアーナの元に通っていた。

 レスティアーナの唯一の子・エリオスはリーラレイアの夫だ。

夫に裏切られ、最愛の息子・エリオスを失ったレスティアーナにとって、嫁であるリーラレイアと孫のカイナスだけが本当の家族だった。

 レスティアーナは大きな悲しみを背負いながらも、王太后として、内乱を鎮圧し、病弱なシルヴェス王を支え、国内の平和を取り戻した。

心の休まる時がないレスティアーナだったが、リーラレイアやカイナスが傍にいる時は気持ちが和らぐようで、頻繁に会いたがった。

 リーラレイアはそんなレスティアーナのために、ほぼ毎日、顔をだし、でき得る限り傍にいるようにしているのだ。



「カイナスを呼んできなさい」

 ボッズの顔を見るなり、柳眉を逆立てたリーラレイアが低い声で言った。

 かなりご機嫌が良くないらしい。


「かしこまりました」

 一礼したボッズはそそくさと、カイナスの元へと向かった。


 思った通りになった。

年頃の娘を抱えたカイナスが帰館した瞬間から、ボッズはイヤな予感がしていたのだ。


 娘は顔色が悪くぐったりしていて、まるで病人のようだった。

素姓を尋ねたところ、「ララウェル王女だ」と、カイナスはためらいもせずに答えた。

さらに追い打ちをかけるように「陛下から賜った。今宵から我が正妃だ」と言い出した。

この発言には、ボッズだけでなく、他の者たちも驚いた。

 賜るというより強奪してきたようにしか見えなかった。

娘が本当に王女だとすれば、突然連れて来るなんてことは有りえない。

 庶民の嫁取りならいざ知らず、王族同士の婚姻だ。

事前にそれなりの打診があるはずだ。

正式に決まった後も、それ相応の準備が必要だし、決まった手順をちゃんと踏んでいかなければならない。

 それなのに、カイナスは全てをすっ飛ばし、王宮から王女を連れ出して来てしまった。

いや、この場合、「攫ってきた」と表現する方が適切だ。

 ララウェル王女といえば、春先から体調を崩し、以来、ずっと床についたままだというのは有名な話だ。

カイナスは、その病身の王女を、王宮から攫って来てしまった。


 真面目なカイナスのことだ。

「陛下から賜った」というのは事実だろう。

おそらく、シルヴェス王から直々に、ララウェルとの縁談について打診があったはずだ。


 この縁組みは、両家に取ってメリットがある。

 シルヴェス王は、娘をカイナスに与えることで、本来は王となるはずだった血筋のカイナスを取り込むことができる。

 カイナスはカイナスで、王女を娶ることにより、シルヴェス王への忠誠心を、わかりやすいカタチで表明することができるのだ。


 シルヴェス王がどのように言って、身分の高い娘を娶る気のないカイナスを口説き落としたのかは解らない。

しかし、外見からは想像もできないくらい堅物なカイナスを口説き落とすことに成功したのだから、少々過激なことを言った可能性は高い。

そして、カイナスはそれを真に受けてしまったに違いない。


 カイナスは生まれながらに王位を約束されていた。

幼い頃から、国王に成るべく、厳しい教育を受けて育った。

しかし、祖父であるタイナス王の乱心により、逃亡生活を余儀なくされたのだ。

 逃亡先で、父であるエリオス王太子の死の知らせを受けたとき、カイナスはまだ9歳だった。

復讐心に燃えるカイナスを、リーラレイアは諫め、それまで以上に、君主としての心構えや在り方を厳しく教え込んだ。


 タイナス王が崩御した知らせを受けたときには、寵妃の子・ギルダー王即位に勇み立つカイナスを、リーラレイアは厳しく叱責し、民の生活をわからせるために、大農の下男となるよう命じた。

 カイナスは内乱で国が荒れていく姿や逃げ惑い倒れる民の姿を、下男として目の当たりにし、自身も民とともに逃げ惑いながら、なんとか生き延びた。


 多感な青春期を内乱の混乱の中で過ごしたカイナスは、色恋するひまもなく、普段は驚くべき洞察力を働かせることができるが、そちらの方面には鈍い堅物に成長してしまった。


 おそらく、シルヴェス王は「今すぐにでも娘をもらってほしい」というような主旨の台詞を言ったに違いない。

それをそのまま受け取ったカイナスは、その足でララウェルを連れて来てしまったのだろう。

 大抵のことはそつなく完璧にこなすカイナスだが、たまに突飛な行動に出ることがある。

今回はその突飛行動のなかでも、突出した異常行動だった。



 ボッズが部屋に入ると、カイナスは締まりのない顔でララウェルの寝顔を眺めていた。

声をかけるのがためらわれるくらい、幸せなそうな空気が辺りに充満している。


殿(との)、リーラレイア様がお呼びです」

「おぉ、もうそんな時間だったか」 

 名残惜しそうに立ち上がるカイナスを、ボッズは哀れみを含んだまなざしで見つめていた。


 気の毒なので、余計なことは言わないでおこう。

心の中でそんな独り言を呟いたボッズは、カイナスをリーラレイアの待つ部屋へと先導した。

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