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王女の恋煩い  作者: 岸野果絵
クーラヴェルハイム邸
10/10

絶望

 ボッズの予想度通り、カイナスはララウェルのベッドサイドにいた。


「もうたくさんだ……」

 ぐっすり眠るララウェルの寝顔を見つめながら、カイナスが静かな声で吐き捨てるように言った。


「何一つ、自分で決めることが許されない」

 カイナスはそうつぶやくと、窓際へと移動した。


 カーテンが閉められてはいたが、窓は空いているらしく、ときどきレースのカーテンが風にふわふわと揺れる。

カイナスはカーテン越しに外を眺めていた。

ボッズは静かに、カイナスのすぐ近くにひかえた。


「父上のそばに留まることも、仇を討つことすら許されなかった。田畑を荒らされ、家々に火がつけられても、隠れて見ているしかなかった」

 カイナスは右の拳を握った。


「友を救うことすら、できなかった」

 握り緊めた拳が震える。

ボッズはそんなカイナスの姿を、何も言わずに見つめていた。


 あの時、友を救おうと引き返したカイナスを阻止したのはボッズだった。


 内乱の波はカイナスたち暮らす田舎の村にも押し寄せてきていた。

田畑の作物を奪った兵は、それだけでは飽きたらず、村に火を放った。

逃げ惑う村人たちの悲鳴を背後で聞きながら、ボッズはプジョールと協力し、カイナスを避難させた。


 その折、兵に気づかれそうになり、カイナスの護衛をしていた一人が囮となった。

その者は、カイナスが「友」と呼び、最も信頼していた若者だった。

 カイナスは納得せずに、友を救おうと追いかけようとした。

ボッズはカイナスを羽交い絞めにして取り押さえ、最終的には暴れるカイナスを気絶させるという手段を取った。

あの緊急時においては、そうするしかなかった。

 カイナスも理性ではそれを十分に理解しているはずだが、やはりそのことが心のどこかに影を落としているのだ。

ボッズはカイナスの心中を察し、軽く視線を逸らした。



「余は無力だ。民は余を必要としなかった。余など居なくても国は平穏を取り戻した」

 カイナスは肩を落としながらつぶやく。

ボッズはかける言葉が見つからず、ただカイナスを見ているしかなかった。 


 内乱当時、10代前半だったカイナスには、叔父である王子たちに太刀打ちできる力などなかった。

リーラレイアは、カイナスに後ろ盾をたてて挙兵する道を選ばず、身を隠す道を選んだ。

それは、王太子・エリオスの遺志であった。


「やっと諦めることができた。やっと民として生きていくと決意した。しかし……」


 シルヴェス王が即位し、国に平穏が戻ったが、カイナスは王都に戻ろうとはしなかった。

村に戻り、生き残った村人たちと協力し合って、荒廃した田畑を耕し、村を蘇らせた。


 カイナスとリーラレイアの居場所を突き止めたシルヴェス王からの再三にわたり招聘があったが、応じずに譲位を断り続けた。

ところが、しびれを切らした王太后・レスティアーナが、カイナスの住む村まで迎えに来てしまい、カイナスとリーラレイアは王都に戻らない訳にはいかなくなってしまった。


「宮廷ではまるで腫れもの扱いだ。みな、余ではなく、王太子・エリオスの嫡子に興味があるだけだ。心許せる者など居ない」

 カイナスは再びカーテン越しに、窓の向こうを見つめた。


「村に帰りたい。しかし、余が王都を離れれば、おばあ様が悲しまれる」


 王太后レスティアーナは、生まれた時から孫のカイナスを目の中にに入れても痛くないほどかわいがっていた。

夫に裏切られ、息子を殺され、かわいがっていた嫁と孫と引き離されながらも、内乱に荒れ狂う国を、元王妃として支え続けてきた。

国に平穏が戻ってきた今、やっとレスティアーナは穏やかな生活を取り戻した。

 レスティアーナにとって、たった一人の子供であったエリオスに繋がるカイナスとリーラレイアは、本当の家族だ。

長年の重責により体調を崩しがちになってしまったレスティアーナは、近ごろではめっきり気弱くなり、毎日のようにカイナスやリーラレイアの顔を見たがった。

そんなレスティアーナはを残して村へ戻るなど、優しいカイナスにはできない。


「母上には田舎でのお暮しよりも、都でのお暮しの方が合っておられる」


 リーラレイアは村での暮らしにそれなりに馴染んではいた。

シルヴェス王からの招聘に応じようとはしないカイナスをおおいに支持してもいた。

しかし、幼いころから将来の王妃として生きてきたリーラレイアには、のどかな村よりも、きらびやかな宮廷の方が似つかわしい。

 華やかな宮廷こそがリーラレイアの本来の居場所。

それはカイナスだけでなく、誰の目にも明らかだった。


 ボッズはじっと黙ってカイナスの話をきいていた。

今はカイナスの行き場のないやるせない思いを吐き出させるしかなかった。

 カイナスは真面目で優しすぎる。

もともと大人しく穏やかな気質だったが、大きな苦難に見舞われ、さらに無口で内に秘めてしまうようになってしまった。

 常に周囲を気遣い、自分を抑え込むのは美徳ではあった。

しかし、あまりにも抑え込んでしまうのは危険だ。

 抱え込みすぎてしまうと、それが精神を蝕んでいく。

心許せるものに打ち明ければ、問題ないが、今のカイナスにはそのような友はいない。


「シルヴェス王からララウェルを娶るよう言われたとき、余は……」

 カイナスは苦しげに言葉をつまらせ俯いた。


「全てが終われば村へ帰れる。それだけが希望だった。唯一の望みも諦めねばならないのか、と……。だが、ララウェルは違った。ララは余とともに百姓になると約束してくれた」

 再び枕元に戻ったカイナスは、ララウェルの顔を愛おしそうに見つめた。


「今、ララを王宮へ帰せば二度と会えないだろう。ララは余が傍にいなければ死んでしまう」

 カイナスは崩れるように膝をついた。

その背中からは、思いつめた気配がひしひしと伝わってくる。

 ボッズは無言でカイナスを眺めていた。


 確かに、衰弱した今のララウェルを王宮に戻すことは難しい。

 しかし、カイナスが傍にいないとララウェルが死んでしまうという表現は、少し大げさすぎないだろうか。

こちからは顔が見えなかったが、その様子や声のトーンから、カイナスは真顔で先ほどの台詞を言ったはずだ。

 ボッズは、カイナスがこちらを向いてなくて良かったと思った。

ポーカーフェイスは苦手ではないし、あのくらいのことで吹き出すほど未熟ではなかったが、カイナスは生まれつき感がよい。

その上、長年に渡る隠匿生活で、観察力がかなり磨かれている。

ボッズですら、舌を巻くことがあるくらいなのだ。

 もし、カイナスかこちらを見ていたならばボッズの本心を察知されてしまったかもれない。

先ほど、ボッズは、まがりなりにも主君に対して、軽く呆れてしまった。

それをカイナスに察知されたとしたら、カイナスは二度と心の内を明かしてくれなくなってしまうに違いなかった。

それを回避できたのは幸運だった。


「余もそうだ。余もララがいなければ……」

 絞り出すようにカイナスが言った。

ボッズはカイナスがこちらに背中を向けていることをいいことに、こっそりと気がつかれないように笑みを漏らした。


 どうやらカイナスは恋に浮かされて、正常な判断力を失っているらしい。

 幼い頃より、ずっと大人として振る舞わなければいけなかったカイナスの言動は、年相応の若々しさはなく、まるで老成した年寄りのようにも思えるようなところがあった。

 このように我を忘れてしまっている姿は、年相応の若さがあり、ボッズの目には、それが微笑ましく映った。

もう少し、放っておきたい気がしなくもなかったが、リーラレイアへの頑なで反抗的な態度といい、この思いつめた様子といい、このままにしておくと、何をしでかすかわからない気がした。


蟄居(ちっきょ)なさっては?」

 ボッズの進言にカイナスはハッとしたように顔をあげた。


「蟄居……」

 カイナスは立ち上がりながら振り向き、ボッズの顔を探るように見た。


 おそらく、カイナスがララウェルを連れ出してしまったことについて、シルヴェス王は気分を害してはいないはずだ。

 この縁談は両家にとっても、我が国にとってもまたとない良縁であるが、政略結婚というものは当人同士の感情など考えに入れていないものだ。

カイナスがララウェルを連れ出してしまうくらい乗り気であるということは、ララウェルの父であるシルヴェス王にとっては、喜ばしいことであるに違いない。

娘が望まれて嫁ぐことを喜ばない親などいるわけはないのだ。

 リーラレイアがカイナスを叱ったのは、この縁談が気に入らないというわけではない。

姪にあたるララウェルを可愛く思っていないわけはなかったし、この縁談がどういう意味をもつかが理解できないリーラレイアではない。

国王であるシルヴェスの体面を気遣うあまりに、カイナスに厳しく接したのだ。


 カイナスが今回の件を謝罪するために自ら謹慎すれば、シルヴェス王の体面は保たれる。

居ても立ってもいられずにララウェルを連れ出してしまったカイナスを許し、ララウェルを与えるというかたちをとれば、シルヴェス王の度量の大きさを示すことにもなる。

 体調を理由にすれば、ララウェルをこのままここに留まらせることに誰も文句は言わないだろう。

蟄居の間は、出仕はもちろん、外出する事も出来ない。

裏を返せば、カイナスはララウェルの傍に居ることができるのだ。


 じっと目を見つめるカイナスに、ボッズは深く頷いた。

カイナスは「うむ」と頷き返すと、颯爽と部屋を後にした。

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