表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/52

問題の多い公爵家

ルカ視点のお話です。

「お嬢様はほとんど喋る事はなさりませんでしたが、まさかこのように外出を乞うなどとは思ってもおりませんでした」


 ついてきたオイドクシアお嬢様の専属執事がそう語る。

 彼はスティーヴ・シゼリュク・アモン。アモン侯爵の三男である。茶色のその髪色だと、戦闘向きに思われがちだが、その気性はとても穏やかだ。魔力の質もそれほど高いわけでもなく、戦闘にも向かない。長男や次男は戦闘面においてとても優秀だと聞き及ぶが、三男についてはそれもない。

 執事になっているから執務面が優秀なのかと言うとそうでもない。スティーヴの執事としての能力はそれなりだ。努力はしているが、それなりという実力なのがなんとも可哀相な所だ。就職先に困った所、グリーヴ伯爵がフォルジュ公爵の次女オイクドシアの執事として雇う事をすすめた。

 知っての通り、オイドクシアお嬢様は幼少の頃に使われた魔法による代償で体が極端に弱い。その為、社交などは必要ないし、身の周りの世話だけになってくる。そこまで高い能力が必要な訳ではないので、優秀過ぎる者を付けると不満が出る可能性があった。

 病弱な子供のために、忍耐強く世話をする者が必要だったが、その点で言うとスティーヴは都合が良かった。優秀な兄に比べられても、卑屈になる事はあっても激昂する事はない穏やかな性格で、子供も好きだと言う事だ。雇う金銭も自己評価が低いため、いや、家族からの評価も低い為に低い設定となっている所も素晴らしかった。比較的低い賃金でも、雇われる方が嬉しいと言うのだから、余程切羽詰まっていたのだろう。噂は聞いているので、無理もない話なのだろうが。

 スティーヴは辛そうな顔で、オイドクシアお嬢様がいる部屋の扉をチラリと見る。


「やはり、外に出たいと思っていたという事なのでしょうね……そんな事にも気づかなかった私は、やはり無能です」

「他人の心情を推しはかるなど、魂属性でもあるまいし、正確に把握することなどできませんよ。それに、専属と言っても、ほとんど話さなかったのでしょう?私でも、寡黙な人物の考えなど分からないのですから、そう落ち込まないでください」


 鬱陶しいので。その言葉は飲み込んでおいた。流石に侯爵家の三男に言える言葉ではない。

 スティーヴはその言葉にどう思ったのか、少しだけ安心したように笑う。おそらく表面上だけだろうが、とりあえず落ち込む事はやめたようで良かった。


「オイドクシアお嬢様の訪問の目的について伺っておりますか?」

「え?……手紙に書いてあった通り、エルリック様と、エリカ様にお会いしたいという事しか知りません」


「そうですか。手紙は貴方がお書きに?」

「いえ、お嬢様本人がどうしてもとおっしゃるので……まさかあれだけ書けるとは思っておりませんでした。読み聞かせくらいならばしていたのですが、あのような言い回しが思いつくなど……フォルジュ公爵家の方は、皆優秀なのですね」


 優秀で片づけていいわけなかろう、この阿呆。

 殆ど寝てばかりの4歳児が、いきなり綺麗な字で手紙など書ける訳がない。明らかに異常な賢さだ。まるで、事前に書き方を知っていたかのように。

 しかし、やはりというか……オイドクシアお嬢様本人が書いたものだったか。それはどんな化け物だ。


「お嬢様が健康であったなら……さぞ公爵様にとってかけがえのない財産になったことか……」


 そう言って、スティーヴは目頭を抑える。随分と涙もろい人間のようで、オイドクシアお嬢様の体調については、ずっと心を痛めていたのだろう。だからこそ雇われたのだから救いようがない訳だが。


「やはり、魔道具は見つかっていませんか」

「はい、残念ながら……」


 さもありなん。神獣の活きの良い臓物など、滅多に手に入るものではない。神獣の協力などあるはずもない。自らの臓物が1つ減った所で死ぬ事はないだろうが、魔力を貯める器官が1つ減ると言う事は、弱くなる事を意味するのだから。強さを求める神獣にとって、それほど苦痛な事もない。

 現在オイドクシアお嬢様の身の内に入れられている魔道具は、国を1つ滅ぼそうと暴れた神獣を殺した時に出来たものだ。

 国王やその側近などは真っ先に死んでいた訳だが、国民にまで手を伸ばす事を容認する事は出来ず、周辺諸国が協力して神獣を打ち滅ぼした。

 神獣は人の命を軽く見ている節がある。そのため、その国の者はすべて殺す気だったようだ。そこまで神獣を怒らせたものがなんなのか、原因は闇の中だ。


「お嬢様に、残りの命の期限がある事も言えず……もうどうしたら良いのか」

「……おや、言っていないのですか?」


「あんなに幼い方に、そんな残酷な事言えませんよ!少なくとも、私は言えません」


 ああ、普通はそうなんだろうと、なんとなく納得する。幼いオイドクシアお嬢様だけでなく、エルリック様にも伝えられていなかった事なのだから。基本的に優し過ぎる所がある彼に、このような事は知られる訳にはいかず、経過は良好などと伝えていた。その御蔭で今まで割と普通にこの土地を治める事ができていた。エリカお嬢様という厄介事がなければ、もっとうまく行っていたが、そこはどうにもならない。そもそもエリカお嬢様に教養を身に着けさせるという事案がなければ、この地に来ることもなかったのだから。

 エリカお嬢様だけでも重荷になるにも関わらず、オイドクシアお嬢様がもうすぐ死ぬなど言えるはずもない。

 危惧していた通り、現在は執務もあまり進んでいないような状態だ。まだ仕事に慣れていない状態ならば完全に機能停止してしまっていたはずなので、今はマシなのだろう。のろのろとだが、片づけていくだけの気力はあるのだから。


「貴方のその態度だと、すでに察知されていても可笑しくはなさそうですけどね」

「ああ……あぁ、はい。おっしゃるとおり、かもしれないです。

もしかしたら、命の期限が短い事を悟ってしまわれたから、あのような事を言いだしたのかもしれません。……私に隠し事は向きませんね」


 最も、向いている事などないのでしょうが……と自虐している。鬱陶しいので、そういうのは俺が帰ってからにして欲しい。

 トンと指先で机を叩くと、スティーヴは慌てて顔を上げる。まるで上級貴族でも相手にしているような顔である。俺は平民だから、むしろスティーヴの方が偉いのだが……まぁいい。こっちの方が使いやすいだろう。


「お話しを戻しますが、手紙には、エリカお嬢様については書かれていなかったようですが?」

「あぁ……確かに、そうだったような……エルリック様の顔をたてるため、とおっしゃられてましたが?」


 馬鹿ですか?さすがに名前を1度も出さないなんて、不敬ですよ。もし本物のエリカ様がそのような手紙があったとしれれば、怒り狂い、いじめ抜いて殺すくらいはしそうです。本人に殺す気がなくても、病弱なオイドクシアお嬢様をひょんなことから死に追いやりそうだ。その光景が目に浮かぶ。

 今はどんな嫌味を言っても納得したように頷く影武者だからこそ、そのような事にはなったりはしませんが。普通ならばもっと考慮すべきだ。女性は女性に特に注意を払わねばならない事を、あの手紙を書いた者が知らないはずがない。知らないはずがないから、敢えて、だろうが。

 やはり、影武者について何か知っているか……。



 メイド2名の話を聞いても、それほど有力な証言は得られなかった。比較的大人しい子供という事は知る事が出来たが、あの手紙以外では特に異常な所は見つかっていない。

 いや、体の痛みにも恨み事さえ言わないのは、やはり異常と言えるのか。普通の子供ならば、泣き叫んでも可笑しくはなかろう。

 思考しながら歩いていると、あっという間に目的地に到着する。

 軽く逡巡した後、扉を叩いて声をかける。するとすぐに返事があったので、扉を開ける。

 執事等を雇っている訳でもない部屋は、殺風景で、必要最低限のものしかない。

 飾り気の欠片もない椅子に促されて、伯爵が座るのを待ってから腰をおろす。


「さて、何か御用かな」

「ええ、聞きたい事は3つございます。まず、オイドクシアお嬢様について」


 俺の言葉に少しだけ笑みを深める。常に穏やかな態度を崩さない卿は貴族の鏡とも言える。エルリック様ももう少し見習わないと、このままでは甘すぎる。面倒な事は全て俺にでも押し付ける気かあの野郎。心の中で主を罵っておきつつ、言葉を続ける。


「卿もそれなりにオイドクシアお嬢様をご訪問されているでしょう?お話を為さった事はありますか?」

「ないな。寝ている所しかしらん。まさか、あのような子だとは予想していなかったよ。全く、人生と言うのは何があるかわからんな。はっはっは!」


 豪快に笑っているが、それどころじゃない。

 オイドクシアお嬢様の雰囲気は普通のものではなかった。ただの4歳の幼子が只者ではない雰囲気を漂わせるなど……。


「しかし、そうなるとこのまま死なせるのは惜しいな。恐らくは時空魔法による影響なのだろうが……ふむ。果たして彼女はどこまで視て、どこまで知っているのやら。目覚めてくれるのが楽しみでもある」

「楽しいと思っていらっしゃるのは卿くらいでしょう」


「そうかな?はっはっは!まぁ、大した事もあるまい。こう年を重ねると、事態が混乱するほど楽しくなってくるものだ」

「そうですか」


 思わずため息を零してしまう。そんなに寛容に構えていられるほど俺の心に余裕はない。変な事を放っておくと、ロクなことにはならないのだから。これは経験則である。


「ふむ、神獣様に頼めないだろうか?時と場合によってはあり得るか?どちらにせよ、オイドクシアお嬢様の価値によるが……」

「……それもお聞きしたかったのですが、神獣様とどのようなお話をされたのですか?」


「ふむ、そうだな……あまり口外するものでもない。なにより、彼女が嫌がりそうだからなるべく秘匿するつもりだ。なに、黙っていた所で大した事はない」

「さようで」


 グリーヴ伯爵が「大した事はない」と言って、本当に大した事がないとは言い切れない。むしろ、嬉々としている卿を見ていると不安しか生まれない。グリーヴ伯爵が喜ぶという事はなんらかの異常事態の発生に他ならないのだから。日常に変化が生じて楽しいと思っているだけなのだろうが、性質が悪い。


「神獣様が魔力を好むと聞いておりますが、何故神獣様は魔力がないはずの彼女をあれだけ気にかけているのか……その事と関係が?」

「神獣について少しは知っているみたいだな。君はどこでその知識を?」


「……ここに来る前の話ですよ」

「そうか、色々あった訳だな」


 魔力……か。黒の髪は無属性を示す。それは間違いがない……はずだ。しかし、神獣が興味を示しているならば魔力関連のものしか思い浮かばない。俺もそこまで詳しいと言うわけではないが。


「しかし、あの神獣様は変わり種だと言えるな。神獣様の書物について読みこんだ私でも行動については想像がつかん……いや違うな。変わり者でない神獣などいない、の方が正しいのか」

「……」


 それは確かに……1度しか会った事がないが、それが個性的だったことは言うまでもない。


「神獣様に気に入られるという事がどういう事態かルカにも分かるだろう?」

「……国の貴賓として、丁重に扱われるべき方になりうる」


「そのとおり」


 俺の答えに満足そうに頷く。


「ともすれば、察しは付くだろう?」


 なるほど、秘匿するのは影武者の為、ですか。確かに、彼女のあの性質ならば、国家単位の貴賓などに持ち上げられる事を喜ばないだろう。それに対応出来るだけの能力はありますが……それとこれとは話は別ですからね。

 なればこそ。


「……しかし、理由も聞かずに引くというのは、エルリック様でもあるまいし、私は飲み込めませんよ。国家単位の貴賓ならばなおさら」

「……ふむ。実を言うと、ヴァレールはすでに知っている」


「私には教えられなくても、彼には教えられますか」

「いや、気配に気づけなかっただけなんだがな」


「卿でも、ですか?」

「はは、面白いだろう?」


 存在を察知しやすい魂属性でさえも気づけないというのならば、我々が気づけるはずもない。

 面白いで済ませて良いものなのか?いいや、断じて良いワケがないはずだ。卿の感覚はかなり狂っている。頭が痛くなってきた。なんとなくだが、俺の手では収まらない領域にすでに来ている気がしてならない。いや、神獣が居座っている時点で相当なのだが。


「知られたとしても、魔法抵抗も高いからな。喋らないという点ではルカも信用に値するが、魔道具が奪われれば簡単に心も読まれよう」

「最もな理由のようにも聞こえますが、要は喋る気がないという訳ですね?」


「理解いただけだようで結構」


 思わずため息を漏らしてしまう。何をどう聞こうが、言う気はないらしい。

 ヴァレールほど気配を消せば聞けるのだろうが、それはどう考えても無理である。ヴァレールや彼女に聞いても答えが返ってくる事はないと思われるので、この話はここまでだろう。


「なに、そこまで深く考えずとも、時が来れば案外簡単に知る事は出来る。そのようにできているからな」

「そうですか……では、最後はエルリック様です」


 オイドクシアお嬢様の件でエルリック様が使い物にならなくなっているのをどうにかしたい。そう説明すると、卿が顎に手をやって苦笑した。


「そうか……やはり気に病んでしまったか。難儀な」


 卿が危惧していた通りの状況になって、苦笑を禁じ得ない。エルリック様は甘すぎる。故に貴族には向いていない。家族が心配というのは分かるけれど、仕事は仕事で割り切って貰わなければ話にならないからだ。


「ここで資質が問われるか。さて、この2年でいかほど成長したか見物だな」

「つまりこのまま放置して経過を見るのですか?」


 俺の言葉に卿は笑って頷く。


「ラースティンもそろそろかと言う頃合いだろう」

「フォルジュ公爵ですか……あの方は手厳しいですからね」


 伯爵の身でフォルジュ公爵を名前呼び出来る卿も中々だが……。まぁ、今回の件で成長が見られなければ公爵は本格的に実の子に見切りを付ける、と言う事なのだろうか?もはや、エリカ様は見切っていると思っている。ただ、エルリック様との約束の為に貴族位剥奪がされていないだけだ、と。大人しく貴族位剥奪させておけば、こんな影武者などと面倒な事態にはならなかったというのに。

 全く、エルリック様の生ぬるさには呆れを通り越して感心する。


「本格的に手駒を育てている最中であろうな」

「実力主義もそこまで行くと冷酷ですね」


「はは、その御蔭でルカが抜擢されているのだから、良い事もあろう?」

「苦労ばっかりで、中々良い事などありませんよ。……給料は良いので、飢える事はありませんが」


「良い事があるじゃないか。何、安心すると良い。あいつもそこまで冷酷じゃないさ。生活の面倒くらいは見る。親と言うのはそういうものだ。貴族としては冷酷であるがな」

「……ええ、安心しておきます。エルリック様も、そこまで愚かではありません故」


「信頼しているのだな。傍に付く者として、良い姿勢だ」

「当然でしょう」


 馬鹿みたいに優しいけれど、いざという時は決めてくれる……はずだ。……後でもう少し危機感を抱かせないといけませんね。エリカ様だけでなく、エルリック様でさえ巻き添えで廃摘されてはたまったものではありません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ