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犬?

「さぁ!投げてくれ!」


 すごくキラキラした目で、ボールを私に渡してくるシャーロット。私は無言でそれを投げる、全力で。

 それを、さーっと走ってナイスキャッチをするシャーロット。

 完全に犬である。どちらかと言うとライオンっぽい見た目の獅子だから、もっと猫科なのかと思ってた。ゴロゴロと私の膝に乗ってくるのも猫っぽいし。けれど、キャッチボールだけは凄く犬っぽい。そもそも何故キャッチボール。


「楽しいですか?」

「ああ!楽しい!」


「それは良かった」


 楽しいのなら良いんですけどね。

 そんな一連の流れを、セスが不機嫌そうな顔で眺めている。


「なぁ、いつまでやってんの。それ」

「シャーロットの気が済むまで、でしょうか」


 私に聞かれましても。人よりも上位の存在である神獣様のご命令なんですよ。


「俺は、もっと2人で話したいのに……」

「はい?」


「なんでもないっ!」


 ぼそっとふてくされたように言っていたが、しっかり聞こえていた。……なんだろう、新しい飼い犬が出来たご主人に嫉妬する犬……?いや、両者ともに失礼な考えだった。めっちゃキャッチボールしてたから、こんな失礼な考えが。別の言い方をしよう。友人だと思っていた女の子が、別の友達と遊ぶ約束をしていて、断られる、的な。……セスとそんなに親しかったっけ?いやしかし、おじい様の孫と接点ができるのは良い事だ。少しでも好いて貰っていたようで、嬉しい。普段から怒鳴られていたけど、嫌われていなかったみたいなんだね。なんだかんだ言いつつ、遊びに出かけたいとも思ってくれているみたいだし。

 立ち去ったセスを追いかける為、シャーロットに断りを入れてからセスの部屋に向かう。

 その途中で、ルカとばったり出くわす。明らかに嫌そうな顔を浮かべてから、それを上書きするように爽やかな笑みを作る。その笑顔のうさんくささときたら……なので、私の方も笑顔を張り付けておこう。


「オイドクシアお嬢様が来るのは明日です。心してかかって下さい」

「はい」


「ただの病弱なお子様、と油断なさってはいけないという事です」

「……?……はい」


「なんですか、その気の抜けた返事は。分かっているのですか?」


 大きなため息を吐いて、私に一歩近づこうとしたので身構える。だが、来ると思ってた動きはなく、苦虫を噛み潰したような顔で後ろに下がった。

 しかし、ただの病弱なお子様ではないって事は、ルカはオイドクシアお嬢様の事を知っているのか。


「オイドクシアお嬢様はどういう方なのですか」

「私も会った事がないので分かりかねますが……」


 ないんかい。


「手紙の末尾には、『そこにいるのは神の使いか魔の者か』と書かれてありました」

「……シャーロットの事ではないのですか?」


「可能性としてはあります。ですが、油断はなさらないよう」

「かしこまりました」


 なるほど、なかなか意味深な発言だ。

 もしそれを私の事を指しているならば、影武者の事を分かっていて、どこの誰なんだという意味がある。勿論、どこのだれかなんて証明できないし、証拠も出てきたりはしないだろう。そもそも世界が違うのだから。それでも、エリカ本人でないとバレている事が問題だ。

 どこからどうやってそれを見抜いたのか。脱走に関わっていたか、それとも密偵とか。

 脱走に関わるのは……どうだろう。体が弱いと聞くし、裏で情報を操作するくらいは出来るだろうか。今でもエリカは見つかっていないし、案外灯台下暗しで、オイドクシアお嬢様の所に厄介になっているかもしれない。

 それと密偵。オイドクシアお嬢様の所と敵対関係になっていなければ、案外簡単に屋敷にもぐりこめるのではないだろうか?身内だし、こちらも油断するだろう……たぶん?お家乗っ取りなんて、病弱なお嬢様には出来はしないのだから。まぁ、さらに裏で手を引いている黒幕なんかが出て来る事もあり得るかな。病弱な事を利用し甘く囁きかけたら、幼い子供なんて簡単に騙せそう。……そんな風に思うのは私の根性が腐っているからだろうか?

 にしても、フォルジュを陥れようとする者に影武者の情報が渡るのは非常に不味い。しっかりとした確信を得ようとこちらに向かっているならば、相当やばいのではないだろうか。

 ニーナが言うには、エリカとオイドクシアが会ったことはないが、オイドクシアが信頼している黒幕に現在のエリカについて話されるとアウトである。いやいや、前のエリカを知っている者に限られるな。そうなると……だれが知っているのだろう。エリカは殆ど交流がなく、屋敷に引きこもっていたから……あれ、誰だろう?あまり礼儀もなっていないし、表には出さないようにしてたようだし、知っている人っていうと、この屋敷の人くらいしか浮かばないんだが……エルリック達は把握しているのだろうか。

 いや、考えても仕方ないか。礼儀作法を本気で心を入れ替えて勉強したとでも言えばいいんじゃないかな!エルリック達も、その方向で考えていそうだし、うん。まぁ何とかなるさ。

 というか、シャーロットの事を指していても、色々と厄介そうだなぁ。


 セスの部屋に着くと、おじい様とセスが部屋の前で話し合っていた。

 私が来た事に気づいたおじい様が、笑顔で手を振ってくれる。ドキリとしつつ、ちょっと控えめに私も振り返しておく。

 おじい様の動きでセスも私の存在に気づいたのだろう、慌てて振り返った。


「な、さっきまで、神獣様とっ!」

「あ、はい。切り上げてきました」

「はっはっは、孫の為にわざわざ時間を作ってくれたのか?優しい子だ」


「あー……いえ、その、えへへ……」


 優しさとかそういうつもりは微塵もなかったが、褒められたので照れる。特におじい様からだからね。


「あー、えぇと。セス、様が私ともっと話したいとおっしゃっていたので」

「ははは、言ったのか?やるじゃないか」

「きっ、聞こえてたのか!?」


 私が頷くと、赤い顔がさらに赤くなる。


「な、な、な……」

「何、大したことはあるまい。むしろ良い事だ。恥ずかしがる必要もないだろう」


 おじい様が励ましているが、余程恥ずかしいのか、赤い顔で口をパクパクするだけだ。


「では、老木はここで立ち去ろうか。しっかり見てやってくれ」

「はい」

「なっ……じいちゃん!?」


 まるで助けを求めるような悲鳴をあげられる。話したいと言っていたのはセスの方なのに、失礼な話だ。


「……」

「……」


 おじい様が立ち去って、2人の間に沈黙が落ちる。

 何か話題はないものか……あ。


「おじい様と出掛けられる日程は決まりそうですか?」

「俺も数に入れろっ!?……ええと、今はダメらしい。その、神獣様の件も落ち着いていないし、とか」


 ああ、なるほどね。オイドクシアお嬢様も来るし、色々立て込んでいるだろう。逆に、私を屋敷から追い出すというのも手だと思うが、どうだろう?私に会うまで帰らないとか、厄介な事を言いださないとも限らない、か?シャーロットは出かけるとなったら絶対付いてきそうだし。護衛が散ると厄介か。


「まるで付き合いたての恋人のような空気じゃなぁ」


 2人して黙っていると、シャーロットが間に入ってくる。セスをぐいっと押しのけて、私にしがみ付いてきた。


「付き、恋っ……!?」

「いえ、誤解です。シャーロット。私には婚約者がいますので」

「そうか。なるほどなぁ……片思いか」


「ちっがう!!」


 物凄い大声で全否定してきた。そんなに必死にならなくても、ちゃんと分かっておりますよ。

 セスの反応を見たシャーロットがニヤニヤしている。若者をいじめて楽しむタイプなのかもしれない。ヴァレールにもこんな笑顔を向けていたし。


「いやぁ、それに、貴族の婚約者と恋人は違うっていうのを聞いた事がある。君も満更じゃないんじゃないか?」


 悪戯っ子のような顔で言っているので、遊んでいるのだろう。主に、セスで。私も乗っかった方が楽しいだろうか?いや、でもセスは冗談が通じるようなタイプじゃないから止めておくか。


「冗談が過ぎますよ。シャーロット」

「君は本当に脈も呼吸も乱れないなぁ……ほんと、面白い人間だ。ますます気に入った」


 どこに気に入る要素が……脈と呼吸が乱れない事が神獣にとっては良い事なのだろうか。というか、そんなの分かるのか。動揺したらすぐに悟られる……か。ますます慎重にならなければならないだろうな。

 そういえば、シャーロットに影武者の事は言ってあるのだろうか。シャーロットにエリカと呼ばれた記憶がないわけだが。……まぁ、シャーロットの方に確認する事もないか。ルカかおじい様などに確認を取ろう。


「んーじゃあこの質問はどうだ?ここな男、恰好良いか?惚れる要素はあるか?」

「な、何を聞いて……!?」

「ん?そうですね……」


 シャーロットの質問に、セスが明らかに狼狽えている。面白がっているなぁ、シャーロット……あんまりそういうの良くないと思うな。

 まぁ、これは別に言っても問題はないだろうか。


「惚れる云々は別にして、恰好良いと思います」

「っ!」

「おお、赤いのう。熟れた果実のようじゃ!なっはっは!」


 ほんとに赤い、心配になるほどに。褒められ慣れていないのだろうか?エルリックも恰好良いと言うと驚かれたし、女性が口にすべき言葉ではないのかもしれない。あれ?でも小説には出て来たな……小説と現実では少々違う所があるのかも。フィクション小説だったか。

 赤くなって震えているセスを見て、シャーロットが吹き出して笑っている。人間を動揺させたり、顔色を変えさせるのがそんなに楽しい事なのだろうか。神獣だからな、何がツボか良く分からない。人の感情に疎かったとしても無理はないし、あまり深く考えていないのかもしれない。


「いつまで立ち話を?」


 ルカだ。何故か分からないけど怒っていらっしゃる。

 冷えた目をこちらに向けてにっこりと笑っているのが実にオソロシイ。

 しかし、声をかけて貰ったのには助かった。この状況をどうしようかと思っていたのだ。


「お嬢様も、オイドクシアお嬢様が来られるのに、悠長にしていてはいけませんよ」

「そうですね。やる事があるんでした」


 暗記とか、マナーももうちょっとおさらいしたい。もうちょっと落ち着いて勉強したいんだけど……シャーロットをどうするかが問題だな。サシャさんとかに日本語の練習をさせたいし……私ももうちょっと文字の練習をしたいんだけど。

シャーロットに怪しまれたらいけないだろうし。


「お?お?……ふーん……ああいや!こやつは恐ろしそうだから、やめておくか。なっはっは!」


 ルカを眺めていたシャーロットが、後ずさりして笑った。どうやら、シャーロットはルカが苦手のようだ。なんか、気持ちは分かるので思わず頷きそうになりそう。


「神獣様は、お部屋をご用意出来ましたのでそちらで」

「ええ?普通は主とおるものだろう?」


「いえ、契約はなさってないのですよね?」

「あーまーなー、だがなぁ」


 シャーロットが渋っているのは、魔力が欲しいからだろう。部屋にいる間、ほとんどくっ付いて過ごしていたし、なんか神獣的に良いのだろう。私は気が休まる時がないので、勘弁してほしいものだが。

 だから、是非とも別室で寝泊まりして欲しい

 シャーロットはしばらく考え込んだ後、やがて納得したように頷く。


「まぁいいか。別室でも……少し気になる事もあるし、な?」

「そうですか……ではこちらです」


 と言ってルカがシャーロットを案内する。

 私は未だに赤面硬化中のセスと2人きりになった。

 取りあえず、空気を変えるために軽く咳払いしてから口を開く。


「そうだ。何か私に用事があったから話したいと言ってくれていたのでは?」

「えっ……?」


「えっ」


 そんな、なんで?みたいな顔されても。むしろこっちがなんで?ってなるんだが。


「あっ、ああ!うん、そうだ。うん……」

「何もないならそれでもいいんだけど」


 できれば有意義な会話がしたいものだ。やる事も山積みなのだし。本当なら、おじい様を交えての勉強会が望ましい訳だが……おじい様は私とセスが仲良くなるのを望んでいるように見えたし、軽い会話などした方がいいのかもしれない。


「いや、ある!えーと……あの、あんたの誕生日っていつだ?」

「誕生日、ですか……?」


 あっ、まずい。日本だと6月8日だが、こちら換算だと分からない。セスには異世界の人間だとバレる訳にはいかないし、あー……と、ここはエリカの誕生日でも答えておくか。


「火の月の30日かな」

「そうか……火の月……過ぎているな」


 ……あれ?突っ込まれないか。もしかして、エリカの誕生日知らなかったか?いや、まぁそれでいいならこっちの世界ではそういう事にしておこうかな。影武者としても誕生日が同じと発言している方がややこしくなくていいし。今はシャーロットもいて、ちょっと面倒そうだし、丁度いいかな。


「セスの誕生日はいつなの?」

「土の月の28日だ」


 へぇ、光の月ではないのか。だからくすんだような髪の色かのかもしれない。確かに光の加減によっては、茶色味がかって見えなくもない。誕生月と魔力には大いなる関係があるからな。髪の質は魔力によっても大きく変わるしね。


「ちなみに、おじい様を聞いても?」

「はぁ、お前、ほんっとじいちゃん好きだな?」


「当然でしょう」

「当然なのか……まあいいけど。魂の月の2日だよ」


 おお……属性と月が合っている!流石ですおじい様。まぁ、そこんところは自分ではどうにも出来ない部分なのかもしれないけれど、合う分には魔力の質が良くなるのは良い事だ。

 いや……しかし、魂は嫌われている属性だから、強すぎるというのも……風当たりは強そうだな。

 今までの人生で様々な経験を詰んでいるからこそのあの大人の貫禄なんだろうと思うと、複雑な気持ちになるね。特に、魂という嫌われた属性が強いというのは苦労しそうだし。正直、無属性の黒よりも嫌われている面がある。それでも、どの貴族も1人は魂を持つ者を雇っているようだが。貴族間にも色々あるね。貴族の件に関して、あまり深くかかわってしまう前に、日本に帰りたいものだ。

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