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嵐の訪問

 ナリッツ侯爵3女。カロリン・シゼツ・ナリッツ。

 これと決めた事は何が何でもやり遂げようとする精神。それは、ナリッツの家柄上、もうどうしようもない事なのかもしれない。他の姉妹たちも、似たような性格らしいし。

 その精神力は褒め称えられるべき面がある反面、目をつけられると非常に厄介な事がある。それは今現在の状況にも言える事ですね。

 通常お出迎え的なものが必要なのかもしれないが、ここは敢えて出迎えない。歓迎してないぞ!さっさと帰れヴォケ。という意味合いが含まれているのは言うまでもない。

 ルカが応対して帰らせるように言うつもりではあるが、一応エルリックの方も出れるように準備はしてある。ここで間違っても水色騎士が護衛としてエルリックと出てはいけない。何度も何度も申請を出すほど好いている相手が目の前に出て、何をしでかすか分からない為だ。

 とりあえずの体裁はエルリックの護衛とされている騎士だが、全面には出さずに他の者で代用する。代用と言っては聞こえが悪いが、ヴァレールよりも優秀な騎士などこの屋敷にいないから仕方ない。

 屋敷の周りをウロウロと警備している人達が護衛にあたる。ビヴァリーという平民の男で、土魔法を得意とする者と、カミーユ・シゼリュク・エイメという侯爵の男で、火魔法を得意とする者だ。

 今回はこの2人が任命されたが、あと3人いるらしい。屋敷の周りを不定期にウロウロとしている為、屋敷の外に出ない私には全く縁のない方達だ。警備が不定期なのは、侵入者を入りにくくするためだ。その日の朝に警備時間を適当に決める。急に引き返しするなどされては侵入者も入りにくい事この上ないだろう。勿論、時と場合によっては急遽変える事があるみたいだが。

 夜の警備はサシャさんとロベルトさんがよく担当しているみたいだね。今はロベルトさんが出払って、その上サシャさんも私の護衛をやっている為、代わりに今回は担当しなかった残りの3人が交代で夜の警備にに当たっているようだ。夜担当なので、そりゃ今回は外されるわな。屋敷に出ない上に、夜の間の事など到底把握できるはずもないので、その人と出会う事はまずないだろう。昼担当の人とも今日ようやく顔を合わせたのだからな。

 ビヴァリーは人懐っこそうな好青年、カミーユは堅物そうな中年と言った所か。ビヴァリーがカミーユに物凄く懐いている、というのは僅かな間ながらに分かった。


「どうやら、到着なさったようですよ」

「そのようね」


 ニーナの言葉に、頷く。にわかに、玄関先が騒がしくなっている。ここまで甲高い声が聞こえて来るって事は、かなり大きな声を上げているって事だ。なんとも、元気が良いお嬢様だ。

 これは、エルリックも出ざるを得ないだろう。私は呼ばれるまで待機である。一応茶の用意はさせてあるが、飲んでくれるかは定かではない。


「聞き耳でも立てます?」

「そうですわね……普段なら下品だから怒られますが、ニーナもやりたいんですよね?」


「ええ!」

「じゃ、お互い内密にという事で」


「わあ!話わかるぅ!」


 パチリと手を叩いて嬉しそうな声をあげるニーナ。その際、ちょっとジャンプしたせいで立派なアレが大きく揺れましたよね。目のやり場に困る方です。いや、やましい事は何もないのだが、居た堪れない気持ちになるのは何故だろう。

 お互いが会話を聞きたいという事で利害が一致し、ドアを僅かに開けて様子をうかがう。ドアを開けると、廊下には声が響いてくる。これが玄関から発せられている声なのだとしたら、近くで聞いているルカやエルリックはさぞや耳を防ぎたい事だろう。


「話は聞いているわよね!」

「ヴァレールが……(ごにょごにょ言っていて聞こえない)」

「だからさっさと会わせなさい!」


 時折間を挟んでいるので、この間はルカかエルリックが喋っているのだろうと思う。流石に静かに喋っているであろう人の声までは聞こえない。

 しかし、例のご令嬢がかなりヴァレールを欲している事は把握した。


「いやぁ、なんとも如何ともし難い状況ですねぇ」

「ええ、大変そうね」


 ニーナがそっと扉を閉じながら苦笑する。これ以上聞いてももはや意味がないと思ったのだろう。


「侯爵の身分であるカロリン様が、公爵のエルリック様に命令する事なんてしちゃいけないんですけどね」

「そうね、もしかすると、ルカに言っていたのかもしれませんが」


「うーん、確かに有り得そうな話ですが。でも雇い主がエルリック様ですからね。公爵に仕えている者に気軽に命令なんて……」

「確かにそうですね」


 ルカの身分は平民ではあるが、公爵の位であるエルリックにきちんと雇われている執事だ。おいそれと命令出来る様な人間ではないはずである。どちらにせよ、あの言葉遣いは「ない」の一言に尽きる。


「次女のトゥッタさんはお話した事がありますけど。確かに熱烈っぽい印象でしたから、他国との婚姻も強引、みたいな雰囲気がありましたね」

「へぇ」


 他国へ嫁ぐときも、カロリンのような感じでいきなり訪問しちゃったりしたのだろうか。なんておそろしいバイタリティなんだ。ナリッツって恐ろしい。


「どうやって諦めさせるんですかね。エルリック様の手腕が試される所です」


 大丈夫なんだろうか。あっ、そんな事言ったら失礼だよな。口に出してないからセーフセーフ。

 ニーナとのんびり談義していると、騒がしい声が近くなってきている。わざわざドアを開けずとも、そろそろはっきりと声が聞こえてきそうだ。


「うわぁ……応接間はこちらではないはずですが」

「嫌な予感が致しますね」


 ニーナの嫌そうな言葉に、ゆっくりと頷く。応接間に行くと言うなら、声が遠のくはずである。なのにこちらに近づいてきているというのは、どう考えても嫌な未来しか見えない。


「おい、待て!失礼にもほどがあるぞ!」

「黙ってなさいよ!なんで私があんたみたいなパッとしない男と結婚しなくちゃならないのよ。こっちから願い下げよ!」

「ふはっ!(吹き出す音が聞こえるが、多分ルカ)」


「な!?お前な!そちらから申請を出してきたんだぞ!」

「こっちが引下げさせてもらいますぅ~あんたに断られたなんて、乙女に傷がつくようなもんよ!」


「お、お前なぁ……!」


 エルリックの声と、恐らくはカロリン様であろう元気な女性の声が聞こえる。かなり怒りが振り切れているのか、もはやお前呼びのエルリック。品とかそういうものはすべて投げ出したみたいだ。たぶん、ここにくるまでに色々あったに違いない。


「う、うわぁ」


 聞こえてきた内容に、思わずと言った形でニーナが声を漏らす。顔は完全に引き攣っている模様。私の顔も強張っていると思う。なんて怖いモノ知らずなんだろう。公爵に向かってこの態度。

 あれ?もしかして私って意外と優秀だったりする?10のお披露目を終えたばかりの子ってこんなに横柄なモノなの?それとも、3女だから甘やかされたのか?どちらにせよ、カロリンの態度は良いモノではないはずだ。

 エルリックが怒って、ナリッツ侯爵に賠償を要求してもおかしくはない。むしろ正当なものであると言えるだろう。

 ナリッツ侯爵との仲が決定的に悪くなっても仕方ない出来事だ。今までは交流がなかったにせよ、今回の事でかなり心証が悪くなる。

 まぁ……王族の血を引く公爵の令嬢を逃がした犯人すらも許そうとするエルリックだから、それはないんだろうけど。ナリッツ侯爵は気が気じゃないだろう。


「きゃああああああああああああああああああああ!!」


 突然の大きな悲鳴に、ビクリと震える。

 ニーナはどこから取り出したのか、ナイフを構えて私を守る様に背に隠す。あらやだ、かっこいい……ニーナかっこいい。流石は騎士家系と言っていただけはある。咄嗟に武器を取り出す事が出来て、かつ護衛対象を守る事が出来るのだから。

 ところで、そのナイフは本当にどこから出したんだ?

 ニーナが廊下を警戒しているが、扉の向こう側の出来事なのでこちらは何が起こっているか把握できていない。部屋に訪れる緊張した空気を破ったのは、先程悲鳴をあげた張本人の声だ。


「ヴァレールさまぁああああああああああああああああ!ひょおあああああ!!」

「お!お嬢様!お嬢様お気を確かに!」

「ダメだ気を失われている!」

「ヴァレール!?あれほど出て来るなと!?」


 なんだ、どういう状況だ。

 ニーナも困惑しているみたいで、ナイフの行き先を失っている。

 ニーナはそっと上を見た後、私に視線を戻す。


「ちょっと見てまいります。お嬢様はここで動かないでくださいね」

「分かりました」


 ニーナの言葉に大きく頷いて答える。

 片手にナイフを、もう片手の手首には紐のような物体を忍ばせて警戒しながらドアを僅かに開ける。さながら刑事ドラマのような雰囲気だ。拳銃をもって、ドアを少し開けて人質の様子とか窺うあの感じである。


「っと、ニーナか。すまない、少々大事になってしまった」

「何があったのです?」


 扉は開けっ放しなので、ニーナの姿だけは確認できる。状況を見たニーナは眉を潜めていて、今にも理解しがたいとでも言いそうである。

 両手に持っていたブツをさっさと懐へと戻していたので、危機的な状況ではないことは分かった。

 ナイフの用途は大体分かるが、あの紐はなんなのか、聞きたいような聞きたくないような複雑な気持ちで見守る。

 そわそわしていると、褐色の肌の腕が後ろから伸びて来て、抱きしめられた。ふぁっ!?この背中にくる柔らかな感触は、サシャですか!

 振り返ると、案の定サシャがニコニコとして私を抱きしめていた。

 なんだろう、抱き枕的な何かにされているのだろうか。

 しかし、サシャさんの腕の中が妙に安心できる不思議。守ってくれると分かっているからだろうか。つくづく、手遅れだなぁと思う。


「どうもこうもない。ヴァレールを探してカロリンが屋敷を勝手にうろついていたら、ヴァレールが自ら顔を出してきたんだ。ヴァレールを見た瞬間、奇声を上げて倒れた。意味が分からない」

「わぁ……」


 ニーナにはもう言葉もないのか、わぁ、の言葉の後は無言である。

 私も、どういう返事をしていいか困る状況だ。


「も、申し訳ありません!お嬢様が、とんだご無礼を!」

「手打ちをされる覚悟はあります。煮るなり焼くなり好きに致してください。私達はそれだけの事をしてしまったのですから」

「へぇ」


 知らない女性の声と、知らない男性の声の次の「へぇ」って声が物凄く冷え切っていてゾッとした。これはルカの声だ。見えないが、たぶんめっちゃ悪い顔してると思う。見えない事が、何よりの救いだね。ニーナの顔が引き攣ってるしな。

 ふぅ、と息を吐いて次に声を発したのはエルリックの方だった。たぶん、ルカを制したんだと思う。見えないから推測する事しか出来ないが、大体そんな感じだろう。


「そうと分かっていながらなぜ止めなかった。ヴァレールには婚姻する意思が全くない事は分かっていたはずだろう」

「も、申し訳ありません」


「謝罪するくらいならば、こちらに来てほしくなかったものだ」

「……」


 なんだか大変そうだねぇ、エルリックも。

 しかし、姿を見ただけで倒れるとか、相当好きなんだね。ある意味羨ましいかもしれない。

 でも、逆にそれは恐ろしい事でもあるんだよね。その人だけしかいなかったら、他に何もなくなって生きる気力すら失ってしまうのだから。

 まぁでも案外、その人がいなくても生きていけるもんだけど。息をしていたらお腹がすく、お腹がすくから何か食べる、何か食べたいから働く。そんな感じで、必要不可欠の事を続けていたら、新しい出会いとか時間が癒してくれるんだ。

 じっと会話を聞いていると、サシャさんが私のほっぺをつまんでムニムニしだした。なんだろう……これはツッコミ待ちなのだろうか。別に痛くもないんだけど、凄く考えるのに邪魔だった。

 考えすぎるな、って事かな。

 上を見上げると、サシャさんが優しい笑顔を向けてきた。すると、自然と私の方も笑顔になる。この人の方が私よりも余程辛い思いをしているはずなんだけどな。強い人だと思う。


「さあさ、こんな所で話していないで……とりあえず、そこの失礼なお嬢様を運んでしまってくださいな。そのお嬢様のせいでこちらの品位まで疑われますわ」


 という声はコルム侍女長のものだ。

 小さな声で「すみません」と誰かが謝罪している。


「それでは、ご案内いたしますわ。目が覚め次第、出て行って下さいな」

「はい」


 そういうと、何人かの足音が遠ざかって行く。

 気絶したカロリンお嬢様を別室で寝かせるんですね。もういっそ気絶した状態で帰らせろと思う訳だが、それはダメなのだろうか。

 ポンポンと背中を軽く叩かれて顔を上げると、サシャさんが扉の方を指示していた。

 そちらに視線を向けると、腕組みしたエルリックが扉に背を預けてこちらを見ていた。

 わお、いつの間に。と思って慌てて立ち上がる。

 エルリックが片手でそれを制止してきた。座ってて良いということらしい。言われるままゆっくり座り直すと、エルリックも別の椅子に腰かける。


「騒がせたな」

「いいえ、そんな……お疲れ様です」


「目が覚めたらまた騒がしいかもしれんが、まぁすぐに帰らせるように善処する」

「無理なさらないでくださいね。少し休まれてはいかがですか?疲れた顔をしていらっしゃいます」


 すっごいげんなりしてる。若いのに、眉間に皺が入りそうだよ。領主代行のような事もしてるのに、こんな厄介な出来事がやってきて疲れている事だろう。

 倒れない範囲では休ませて貰っていそうだけど……ルカが管理しているからなぁ。あまりこちらが口出すのも良くなかったか。まぁいいか、妹からの可愛らしい心配だよ。妹じゃないけどな。

 私の言葉にエルリックは驚いた顔をした後、聖母のような微笑みを浮かべてきた。

 うわ、怖……。


「ありがとう」

「嬉しがってさぼりすぎないようにしてくださいね?」


 エルリックがお礼を言ってきたが、即座にルカのツッコミが入る。


「ま、確かに最近は働きすぎのようですがね。昨日も無断で夜遅くまで起きていたみたいですし?」

「す、すまなかったと思っている」


 ああ、あれ勝手に起きてたんだ……。夜遅くまで起きていると発動するトラップかと思ってた。

 前もってルカが注意してたなら、起きているのがばれて怒られたに違いない。

 睡眠時間が減ると逆に作業効率が落ちる事があるから、寝て欲しいよね。


「ああ、そうだ。ならこの件が終わったら視察に行かせてくれ。もう祭りの時期でもないだろう?」

「はぁ、それが休息になるのですから、あなたも変わり者ですね。……祭りの日よりはマシですから、良いんですが……」


「なんだ?歯切れが悪いな。何かあったか?流石にちょっと息抜きしたいんだが」

「……いえ。構いませんよ。お嬢様と行かれるのですか?」


「ああ、勿論だ」


 ふぁっ!?全く関係ないと思って軽く聞いてたよ!?勿論?勿論とか言った、この人!?こっちは全然勿論じゃない訳なんですが!

 いや、祭りの日以外が良いと言ったのは私なんですけどね……うん、うん。

 この件が上手くおさまっても、新たな問題を目の前に差し出されて、今から疲れた気分になったよ。カロリンお嬢様の件も穏やかに終わってほしいものだけど、視察の件も何事もなく終わって欲しいモノである。

 今から胃が痛い。

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