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湯上り美人

 エルリックの書斎へと久々に足を踏み入れると、中にはおじい様と水色騎士も揃っていた。結構な大事である。


「揃ったか」


 ふう、と一息ついてから、エルリックはとんと封を開けた手紙を指さす。


「ナリッツ侯爵から急ぎ手紙を貰った。他領とのいざこざも発生する為、来たらすぐに追い返す、無理そうなら1泊したのち戻らせるようとの事だ。娘の独断らしい。つらつらと謝罪文が添えられていたよ」


 再びふう、と息を吐いて頬杖をつく。


「先日お披露目を終えたばかりの10歳の3女だ。我が強く、何に対しても猪突猛進、これだと決めた事は中々引き下がらないという非常にやっかいなお嬢様だそうだ。心してかかれ」


 エルリックの言葉に皆が頷く。エルリックは指でトントンと手紙を突きながら、視線をヴァレールへと向ける。


「そして問題がヴァレールの方だ。ナリッツ侯爵の3女はヴァレールに5度も縁談の話を持ち込んでいる。それで突然私の方に持ち込んだのは明らかに不自然だ。……他の者も皆察していると思うが、完全にヴァレール目的だろう。ここで護衛の任についている事は、広く知られているからな」


 ヴァレールは顔色変えず、淡々とエルリックの話を聞いている。内心はどう思っているのか、無表情なので全く掴めない。

 5度も申請出してるって、相当だぞ……好かれると言うのも、如何なもんだろうな。エルリックは、その5度を全部断っていったのか……大変そうだ。


「だが、あまり知られていないのはエリカ護衛の任の事だ。この件に関しては、ナリッツ侯爵3女……カロリンに知られては非常に面ど……ああいや、ややこしい事になってくる……女性の護衛などして、嫉妬しない訳がないからな」


 面倒っていう本音が漏れましたね。

 ……ああ、そうか。普通に考えると好きな人が他の女性を守っている、なんて嫉妬するよなぁ。うん、分かってるよ。私に経験はないが、テレビとか小説の中ではあるもんね。

 強引に向かってくるくらい熱意溢れる少女の事だ。そりゃあもう盛大に妬いてくれるだろう。無関係ではいられない、とはこういう事か。

 うっわ、めんど……。


「というわけで、カロリン嬢が滞在の間、エリカの護衛の任を取りやめる事とする。その代わりに、サシャを護衛とする……いいな?」

「わかりました」


 と、私だけ返事をする。サシャはこの場にいないが、話は通っているのだろう、たぶん。私としても、サシャが護衛の方が何かと気が休まるので嬉しい。


「……ヴァレール?」

「……はっ!」


 返事のなかったヴァレールを不審に思ったのか、エルリックが名を呼ぶ。すると、そこでようやく了承の返事が返ってきた。


「よし。ではその間は私の護衛をして貰う事になるが、不満はないな?」

「はっ!」


 今度はすぐに返事をする。何故先程は微妙に間があったのだろうか。3女に関して、何か考えていたのだろうか。そりゃ5度も求婚されりゃ思う所もあるだろうさ。大変そうだよね、モテる人って。

 ふうむ、と唸っていると、後ろからにゅっと手が伸びて来て、ぎゅっと抱きしめられた。は!?と思って首だけ後ろに向けると、赤い瞳とばっちり目が合う。どこに潜んでいたのか、サシャさんが抱きしめてきたようだ。

 私の護衛の任務が余程嬉しいのか、全力で嬉しさを体現している。……それは良いんだけど、サシャさん、当たってますよ。……うん、女同士だし、いいと思うけどね。

 私も嬉しいよ!もうずっとサシャさんが護衛がいいな!女の嫉妬ってめちゃくちゃ面倒そうだし、ヴァレールは何かと心臓に悪いからな。


「……そういう訳だ。私も早々に帰る様に言うが、上手く行くとは限らないからな。覚悟してかかるように、では解散」


 エルリックが呆れたような視線をこちらに寄越しつつ、そう言う。


「行きますわよ。ほら、サシャも離す!」


 侍女長に怒られてしょんぼりしつつ、私を離すサシャさん。そして、トントンと2歩程下がってから目の前から消えた。いや、違う。全力疾走して窓から落ちた。

 思いもしない光景にぎょっとしているのは私だけのようで、他の人は無視である。あっれー?あれが普通なの?こわい。まぁ、天井に張り付けるくらいの人だから大丈夫だよね?

 侍女長がついて来いと言うのでそれについていく事にする。


「以前、絵画を見せると言っていたでしょう?今から見せますからついてきてください」

「はい」


 そういえば、エルリックのお騒がせ婚約者のせいで忘れてた。エリカの肖像画を見せてくれるって話があったね。忘れてたよ。いや、この場合婚約者でもないのか。まあいい。

 侍女長の部屋の前まで来て、ここで待っててくれと言われて立ち止まる。あれ、なぜ侍女長の部屋なのだろう。

 侍女長は、自分の部屋から絵画を取り出してきた。……うーん、何故エリカの肖像画がそんな所から出て来るのか心底謎であるが、この際気にしない。

 手渡された肖像画には、エリカ、エルリックの他に3名描かれている。エリカの肖像画は確かに……私に似てる。ただ、今よりも前に描かれているのか、少し幼い気がする。

 エリカとエルリックの後ろに立っている大人は、両親だろうか。つまり、フォルジュ公爵と、その妻?で、妻が赤ん坊を抱えている。見た感じ家族の肖像画っぽいし……妹か弟がいるのだろうか。


「こちらがフォルジュ公爵とその妻です。そしてこちらが妹君ですね」

「エリカ様に妹君がいらっしゃったんですね」


「あら……ご存じありませんでしたか?……他領の事情より、フォルジュの家族構成から洗った方が宜しいですわね」


 そうっすねぇ……正直、フォルジュよりも他領の事情の方が詳しい自信があるよ。

 銀色の髪の妹は体が弱く、中央の病院に入院しているそうだ。フォルジュ公爵は、中央に働きに出ていて、妻は本宅ですべての事を取り仕切っている。両者が働き者で、ほぼ顔を合わす事はないが、不仲という訳ではない。むしろ背中を預けてもいいと思うような戦友というイメージが浮かぶような仲だとか。

 なんだなんだ、どんな仲なんだ。

 妹の方は、オイドクシアという名前で、時空属性の魔法を勝手に使ってしまって代償を払ってしまって内臓が1つ足りないらしい。……なにそれこわい。

 赤ん坊の内に魔法が発動する事は稀らしい。右も左も分からないような赤子がほいほい魔法を使っては命に関わる。案の定、妹も命に関わりかけたらしいが。今では普通に生活できるくらいは回復しているとの事。ただ、体に魔道具を埋め込んでいるらしいので、金がかかるみたいだ。なにその事情。

 赤子のうちから魔法が使えてしまうのは、逆に魔法の力がとても強いという事らしいので、これからが期待される子供だろう。その前に死ぬ可能性が激高なんだけどね。代償の必要な魔法が危険すぎて笑えない。

 うーん、フォルジュって割と大変そう?エリカは現状脱走中だし、エルリックが頼みの綱という感じかな?長男に何かあったら大変だよね。その時はオイクドシアがどこかの貴族の男を婿に取らなければならないが、体が弱いからこちらもいつ何がおこるか分からない。

 ……なんでこの現状で逃げ出した!?いや、エルリックが元気ならそれで大丈夫なんだろうが……どうにも心臓がひやひやするね。

 エリカはエリカで色々事情があったのかもしれないが……フォルジュの後継者というプレッシャーをエルリックに全力で押し付けている結果になっているような。まぁ、長男だから元々後継者なのだが、もうちょっと支えるとか、そういう選択肢はなかっただろうか。むしろ厄介事を巻き起こしている。


 私が渋い顔で黙っていると、侍女長が苦笑する。


「貴方が気に病む必要のない部分だとは思いますわよ」

「そうでしょうか」


「ええ、フォルジュ公爵も考えがありますから」

「失礼致しました」


 ふむ、確かに。私がここで呻いていても何もない。権力も能力もあるフォルジュ公爵様がなんとかするのだろう。むしろ心配する方が馬鹿にしてると思われる。無関係な人間が口を挟むような事じゃない。……影武者やってる時点で無関係ではないが……そこはいいか。人様の家族事情は置いておこう。


「立ち話で疲れたでしょう。紅茶でも飲まれますか?」


 侍女長の笑顔に、私は僅かに後ずさる。


「……あたらしい菓子のマナーレッスンですか」

「察しが良くて助かるわ」


 うーわー!だと思ったああああ!

 そもそも侍女長とゆっくり茶ができる訳がなかった。





 侍女長との素敵なティータイムを終了させ、よろよろと自室に戻ろうとするが、途中で誰かに腕を引かれて立ち止まる。

 顔をあげれば、サシャさんだった。

 ぷるぷると首を振って、自室とは違う方向を指している。

 ……あ、そういえば部屋がまたエリカ様の方になったんだったね。くっそう、嫌なんだよなぁ……他人が使っていた部屋って。他人の空気って言うか、生活していたものがあると、どうにもこうにも落ち着かない。しかも、エリカ様の部屋の調度品はどれもこれも高そうなものばかりなのだ。

 本と、必要不可欠な家具だけのあの部屋が恋しい。あの部屋は元々倉庫のようなもので、人の生活感とかないし、他の部屋より狭いから好きなんだけどな。

 憂鬱な気分のまま、足をエリカ様の部屋の方へと向かわせる。……でも、ニーナや、他のメイドさんたちの為にも、もうエリカの部屋で生活した方がいいんじゃないだろうか。誰かが来るたびに部屋のモノを移動させるなんて、面倒だろう。私が慣れれば良いだけの話だし、今度進言しておくか。

 ところでサシャさんはどこから現れたのだろうか……気にするだけ無駄なのだろう。護衛の任というだけあって、どこかからひっそり見ているのかな。けれど、タイミングが良いのかなんなのか、騎士のように心底驚いたりしないな。なんとも心に優しい護衛だ。このままずっとサシャさんにお願いしたい。

 夕食をエルリックたちととり、エリカ様の部屋にひきこもってしばらく勉強する。ナリッツ侯爵はドワーフ族と交流が深いらしい。

 そういえば、この近辺でドワーフのいざこざがあったんだったか。と言う事は、平民の時に騎士が住んでた所がナリッツ領近辺という事かな。

 ニーナから聞いた騎士の話はかなり盛られて美化されているものみたいだし、ナリッツ侯爵の3女カロリンも影響を大いに受けていそう。実際に身近で起こった事だろうし、ナリッツ侯爵も詳しく知っていそうだからな。

 ううん、しっかりモテているではないか。騎士はなんで嫌われているというおおいなる勘違いをしたのか。婚約の申請はモテているにカウントしてないのか?ちょっと意味がわからない。

 ナリッツ侯爵の長女は婿をとって、その婿が侯爵を継ぐ話なっている。で、次女の方はレーデンバーグ国の隣のセッツリッツ国の方に嫁いでいる。設立国……げほん、引っかかる所はそこじゃない。

 セッツリッツ国は、このレーデンバーグ国とは友好的な方だという。セッツリッツにはイフリート族が多いのか。

 うーん、ナリッツ侯爵は女系家族なのかな。体裁的には男が前に出されているけれど、実際に指揮監督しているのは女性の方だと。生まれて来る子供も、圧倒的に女性が多く、男が生まれるとかなり肩身が狭いそうだ。

 4人いる子供全員が女性のようだし、かなりつよい女系家族みたいだな。貴族的に、それは良いのだろうか……。男がいないなら婿を取ればいいじゃない……そんな感じか。

 手紙を送ってきたナリッツ侯爵も、婿養子で入ってきたみたいだし、カロリンの唐突な行動にかなり胃を痛めていそう。

 ナリッツ侯爵は、ンロルド伯爵の3男坊か。ふむ……いや、遡っていけば行くほどややこしいね。勉強している時に思ったけれど、この世界って「ん」から始まる言葉が普通に存在するらしい。苗字もそうだけど、名前も。読みにくいのに何故だろうか。この世界の言語体の問題かな。

 それはいいとして。

 ンロルド領は淡水魚が良く取れるって所だったかな。うん、合ってる。資料をぺらりとめくって、正解した事にほっとする。

 ンロルド伯爵は温厚で、推しに弱い所がある……か。押し切られて3男を持っていかれたのかな……うん、考えすぎか。


 関係図やら、何やらを漁っていると、扉がノックされる。

 おや、誰だろう。

 周りを見回しても、サシャさんが見当たらないのでどこか出掛けているのだろう。

 とりあえず、返事をしておこう。ああ、こういう時、誰それが来たって言ってくれる騎士が便利だよねぇ。いや、便利とか言っちゃダメだな。

 そういえば、ごたごたしてて婚約者の手紙を読んでなかった。この来客のあとに読むか。


「はい」

「起きているのか?」


 少し驚いたようなこの声は。エルリックのものだった。起きているのかって、なんだ。読みふけっていたので時間を忘れていたが、今の時間を見ていなかった。

 良い感じの時間になったらニーナが来てくれていたし……そんなに時間が経ってないと思ったのだが……そういえば目がしょぼしょぼするかもしれない。


「扉を開けるぞ?」

「いえ、わたくしから開けましょう……どうぞ」


 遠慮がちな声に、自分から開ける事に決定した。

 公爵のご子息自ら扉を開けさせるなんてとんでもない。普通は使用人や、エルリックならばルカが開ける所だが……ルカはどうしたのだろうか。

 扉を開けると、湯浴みでもしたのか少し髪が濡れて頬が上気したエルリックがそこにいた。

 わーお……あまりに眼福な絵面に、そっと目を閉じて瞼の上をちょっと撫でる。いやぁ、イケメンは凄いね。湯上り美人の称号も思いのままだよ。


「どうかしたのか?」

「……いえ。わたくしなどより、エルリック様は如何なされたのでしょう?……立ち話をされるのもいけませんし、中へ入られますか?」


「……対外的には妹だが……あまり夜に男を寝室に招きいれるのはよろしくないぞ。こんな夜更けに訪問する方も悪いと思うが」

「夜更け?……もうそのような時刻なのでしょうか」


「ああ、もう時鐘だ」


 時鐘(ときがね)というのは、日付が変わる時を指す。つまり、12時の事だね。この世界の平民の睡眠はかなり早いし、貴族も結構早い。遅くても夜11時くらいには寝るのが通常である。であるから、かなり遅い時間だと言えるだろう。

 あれ?ニーナ来なかったよ?そういえば、エリカの部屋に時計ってあったっけ?時計とか、普通にある世界だけれど、エリカの部屋ではそれを見た事がない気がする。

 ドタバタしてて、さすがにニーナでも力尽きて寝てしまったのだろうか。まぁ、たまにあるよね。人間だもの、仕方ない。

 エルリックは、呆れたような目をしつつ、出口付近の壁に背を預ける。腕を組んでいるが、その所作はどこか優美だ。さすが貴族、多少ラフな恰好でも絵になる。


「気付いていなかった訳か?ニーナは?お付きだろう」

「ええ、寝るように促されましたが、もうしばらくして寝ると言ってそれからこの時間まで、ですかね」


 実際には言われてないが、専属メイドが言ってないってなったら色々ややこしそうなのでそういう事にしておく。


「信用しているのを喜べばいいのか、叱ればいいのか分からんな」

「ぜひ喜んで頂きたいものですね。叱られるならばわたくしがニーナに叱られる事でしょう」


 そう言うと、エルリックは少しだけ目を見開いた後、クスリと柔らかく笑った。

 その微笑に僅かながら衝撃を受ける。いつも眉に皺を寄せてピリピリしている空気を出している人だったから、このように笑う事もあるのかと。セスも怒っているが、エルリックとはどこか種類の違う怒り方だ。

 エルリックは領主としての重責を必死で全うしようとする故。

 セスはなんかよう分からんが、エリカとの事を未だに引きずっているせいだろう。もうそろそろ、慣れて頂きたいものだが。


「君は……良くやってくれていると、本当に思っている。失礼だが、正直、ここまで出来るものだとは思ってはいなかった」


 少しだけバツが悪そうに、そう告げる。

 ああ、まぁ、普通に誰だってそう思うだろうさ。影武者として子供のころから育てられたならいざ知らず、どこの世界の人間かも分からないようなものを採用するなんて。普通ならば有り得ない話だろう。


「逃げていないという体裁だけ整えばいいと思っていた。だが、君はそれをすでに優に越えている。本気で10のお披露目に出て貰おうと思う程度には」

「……お褒め頂き、光栄です」


 なんだ、出なくても良かったのか?いや、それくらい緊張感がなかったらこれまでの事も覚えられなかったと思うし、良い判断だと思うけど。

 でも、エルリックの中では本気でお披露目にだそうと思うくらいになっていると思われたらしい。なんだかよくわからんが、墓穴掘ったかんじかな。


「すまない……と思っている。こんなややこしい事態に巻き込んでしまって」


 頭は下げないが、公爵家のご子息にとってこれ以上ない謝罪の言葉に、背筋が寒くなる。ぎゃー!貴族の謝罪なんていらないよ!なにこの胆の冷える謝罪!私に謝るだけの価値なんて存在しないよ!

 エルリックは使用人達に支えられながらも、この土地の者達によく尽くしている。見せてもらった資料を読んだだけでも、その思いやりが見て取れたからだ。

 勿論私に見られても問題の資料だけだったのかもしれないが、エルリックの人の良さが滲みでるようなものだ。


「そんな……わたくしには謝られる覚えがありません。きちんとしたこの世界の教養を覚えられましたし。私の方が謝罪と礼をするべきです。ありがとうございます。そして、すみません」

「それこそ、謝られる覚えがないな。迷惑をかけているのはこちらの方だというのに」


 私の言葉で、暗い顔をしていたエルリックが、明るく笑った。

 実の娘でも眺めているようなそんな優しい視線で笑わないで貰えますか。どきがむねむねしてしまいます。こ、これがギャップ萌え?

 いや、私の事だ……ちょっとおじい様と雰囲気似てるかも!という深層心理が働いたのかもしれない。実際、優しい空気感が似てる気がする。


「本当に身勝手だとは思うが、もう少しフォルジュを支えて欲しい」

「もとより、そのつもりです」


「その口ぶりで話されると、まるで臣下でも増えた気分になるな」


 くっく、と喉を震わせて笑っている。

 ずっとしかめっ面しか拝んでいなかったが、実は結構笑う人なのかもしれない。確かに、ルカとの応酬は思わず笑ってしまいそうな程コミカルだ。

 ルカとの信頼関係だからこそだと思っていたが、もしかするとエルリックの懐の大きさがルカが気を許す大きな要因になっているのかもしれないな。 

 しばらく和やかな空気が流れていたが、「くしゅん」という可愛らしいくしゃみで、私の背筋に冷や汗が流れる。なんだその可愛らしいくしゃみはああああ!憤慨する!……じゃなくて!


「湯冷めなさったのではないですか?もうお戻りになられて下さい」

「これくらい平気なんだが……」


「いえ、ダメです。お風邪を召されては大変です」


 私のせいで風邪引いたとかなったら、切腹ものである。

 はらきりでござる、かいしゃくをたのむ所でこざる。


「くっ……!はっはっは!本当に臣下のようだな」


 いや、楽しそうに笑っている暇があったら寝てくださいよ。誰かー!ルカ呼んできて、ルカ!

 出て行くようにそっと腕でも押そうかとゆっくりと手を出したが、その前に手を握られて阻まれた。ぐわああ!こらばかやめろ!イケメンが気軽に手を握るんじゃない!いや、手を出した私が悪いのだろうか?いや、髪濡れてんのにここに立ち止まる方が悪いよ!いい加減風邪引くよ!

 手を引こうと思ったが、逆に手を引かれてエルリックの胸に飛び込む形となってしまった。……ふぁっ!?なになになになに。なにこの状況!


「……明日は忙しくなる。リエも万全の状態になるよう、きちんと寝ろよ」


 そう、耳元でささやきながら、ポンポンと背中を軽く叩かれた。

 優しいその手つきに、かあっと顔が熱くなる。私は、こういうスキンシップに弱いのだろうか。家族みたいな、こういうスキンシップに。


「……おやすみ」


 そう言って静かに扉を閉められた。

 ……なるほど、分かった事がある。


 イケメンってやっぱり怖い。

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