女の子達との会話
ちょっと下世話な話あり。ご注意ください。
「所作についてはもう申し分ありません。あの馬鹿達にも、なにも悟らせなかったのは上等だったわね」
と、コルム侍女長から太鼓判を押された。まぁ、所作についてだけ、なのだけれどね。食事のルールとかダンスなどはまだまだ未熟だ。
「それにしても、あの馬鹿は調子に乗って色々やらかして……ごめんなさいね。甥だと思うと情けなくて涙が出そうよ」
「いえ」
おお、甥でいらっしゃいましたか。
ええと、兄弟の息子さん。と言う事は、コルム侍女長には兄弟がいらっしゃる。まぁ、侍女長は貴族だし、兄弟が多いに越したことはないよね。関係図とかみていると、大体5人から7人くらいが普通っぽいな。となると、エルリックとエリカの2人兄弟ってかなり少ないのではないだろうか?いや、兄弟の子もいるだろうし、それはそれでいいんだろうが……ん?そう言えば他の兄弟については何も聞かされていないよな。聞かされていないから、いないと思っていたが、もしかするといるのかもしれない。
「しっかり怒っておいたから、安心してね」
「ありがとうございます」
うん、すっごいベタベタしてこられて物凄く困っていたんだ。最終的に犬的扱いになってしまった事は申し訳なく思うが、あんまり反省はしない。
「ああ、それと。馬鹿から手紙が届いていたけれど、焼く?」
「えっ、それはちょっと……」
「ふふ、冗談よ」
なんかガチで焼きそうな目をしていらっしゃったので、ちょっと驚いてしまった。侍女長でも冗談を言うの……か?かなり目がマジだったけど。
というか、3日も経っていないのに、手紙出すの早すぎだろう。
それから侍女長は、顎に指先を優雅に滑らせて考える仕草を取る。
「……ずっと聞いていなかったけれど、少し聞いてもいいかしら?」
「私に答えられるものであるのならば、いくらでも」
じっと探るように私の瞳を覗き込んでくるので、背中にじっとりと汗が滲んで来た。高校入試の時より緊張してるよ。なんだろう、このプレッシャー……何を聞かれるのだろうか。
「あなた、処女?」
突然の処女発言にガチャッと大きな音を立てたのは騎士の方だった。うん……堅物そうだから、こういうの免疫なさそうだよな。
私の方も多少なりとも驚いたものだが、まぁ、あそこまで動揺する程ではない。普段から気配の薄い騎士だから、コルム侍女長の方も驚いている。
「……席はずす?」
「……は」
侍女長がオロオロしている騎士を気遣って、退室を進める。騎士はちょっと迷ったようだが、退室する事にしたようだ。ここからは女の会話だと判断したのだろう。
騎士が外に出てから、少し落ち着いてから侍女長の目を見て答える。
「では、ご質問にお答えしましょう。……処女です」
「あら……そうだったの?色々誤解してたわ」
ほう、と色っぽい溜息を吐く侍女長。
「ほら、貴方って娼婦のような恰好で見つかったでしょう?てっきりそういった仕事をしているのかと思ったのよ」
「そうでしたか」
ああ、娼婦の恰好で見つかったと言うのは、周知の事実みたいだからな。今まで侍女長とは、必要最低限の会話しかしていなかったから、知らなかったのだろう。
それと、エルリックから深く探らない事、と命令を受けているのも原因かな。
「でも、あの馬鹿との反応がかなり初々しかったものだから、ちょっとだけ引っかかったのよ。そういう手管で誘っているのか、どっちか迷ったのだけど」
おう!酷い誤解だよ!というかあれは娼婦の恰好じゃあ、ないんだよ。本当だよ……言えないけれどね。多分、この屋敷で娼婦ではないと分かっているのは、おじい様くらいなんじゃないだろうか?そういえば私、そこんところの誤解を解いていなかったし。別に誤解されててもさほど問題はなかろう、とか考えていたしな。
それに、いきなり「処女やぞ!」とか吹聴して回るのは頭がトチ狂っているとしか思えないし。
異界の普通の服……と説明できるのは、エルリック、ルカ、ニーナ、ヴァレールか。まぁ……聞かれない限りは言うつもりはないがなぁ……あ、でもコルム侍女長に知られたら広まってしまうか?……まぁ、それも良いだろう。
「でも、じゃあどうしてそんな恰好をしていたのか気になるのだけれど……聞いても大丈夫かしら?」
「そうですね……まあ、土壇場で怖くなって逃げてきた。と思って頂ければ」
「詳しく話せない、ってわけね?分かったわ」
おっと、嘘だとバレたようだ。流石侍女長だな。
表向きの理由で引いてくれるみたいだし、まぁいいか。
「馬鹿もその辺は気にしないけれど……身代わりだとしても、馬鹿に体を許してはダメよ?まぁ、心得ていると思うけれど」
「はい」
おお……婚約者として寝てしまえと言われるのかと思ったが、そうではなくて安心致しました。その心遣いが有難いです。
確かに、婚約者だもの、夜伽とかあるよな。免除される気満々で考えにも入れてなかったわ。その辺、あの婚約者なら上手い事やってくれそうだしな。
「それにしても、本当にいつ見ても不思議なものよねぇ……こんなに似ているのに、双子ですらないんだもの」
「そんなにですか」
本人を見た事がないから、いつも微妙な気分なんだよな。
「ええ……ああ、そういえば、絵画があったわね。見てみる?」
「見ます」
そんなのあったのか。
ついてきて、と言われたので、侍女長についていく。
その途中、ルカが慌てた様子でこちらにやってきた。
「侍女長、大変です」
「あら、何かしら。あなたがそんなに慌てるなんて」
「ええ、実はエルリック様に縁談がありまして」
「物好きなお嬢様ね」
「ええ、全くです……ではなくて。大変なのはその後です」
「何か問題があるのね?」
「はい、その縁談をおしてきたお嬢様がこちらに向かっているようなのですよ」
「……なんですって?また、面倒な事になりそうね」
エルリックの縁談相手がこちらに来ている?侍女長がしらない縁談だったという事は、最近縁談を持ってきたという事なのだろう。と言う事は、婚約が成立しているかどうかも怪しい……というか、成立してはいないのではないだろうか。それは確かに、面倒な事態だ。
やっと婚約者が帰って、肩の荷が下りたというのに、またお嬢様の仮面をかぶりなおさなければならないとか。
「相手はナリッツ侯爵の3女です」
「……あら?おかしいわね。彼女は確か……」
ナリッツ侯爵領はここから2つ3つ町を間に挟んだ、果物を名産にしている所だ。桃だったかな……確か。後、北に山があって、岩塩が取れるみたいだ。山を挟んだ向こう側の貴族と岩塩についていざこざがあるとか、ないとか。
「ええ、御明察の通り。彼女はヴァレールにご執心のはずです」
「全く物凄く面倒な事になりそうね……」
険しい表情で唸る2人。
おや、ヴァレールってばモッテモテだね。
しかし、確か今、エルリックの縁談の話をしていたはずである。
ヴァレールは縁談を悉く断っていて、断りの手紙を書いているエルリックの評判が落ちていると聞いた。それなのに、なぜエルリックの方に縁談などを持ち込むのだろう。むしろ恨んで然るべきではないだろうか?
物凄く面倒な事……ヴァレールに近づくためだけにエルリックに縁談を持ち出して、無理矢理こちらに向かっている……?いや、まさかね。いや……そうなの?それはかなり面倒な事だろうけれど。
「お嬢様。せっかくあの牢屋に戻ったところ悪いですが、すぐに移動してください」
「はい」
「ニーナには私が伝えておきますので……明日の昼頃には到着予定だと手紙に記載されてました。その心構えでいてください」
うわぁ……なんかもう、嫌な予感しかしない。
「もう!せっかく荷物をこちらに運んできたっていうのに!」
ニーナがほっぺたを可愛く膨らませつつ、荷物を荷台に乗せて移動させている。ついでなので、私も手伝わせて貰う。
「そうなんだよねー、エルリック様もようやく童貞から無事卒業という訳かなー」
「口が過ぎますわよ、エマ!それよりも手を動かしなさいな」
「手は動かすけどー口も動かすよー?」
「口の分まで多めに手を動かしなさい」
「そんな無茶なー」
「じゃあ黙りなさいよ!」
のーんびりとした口調とは裏腹に、きびきび動いている下ネタ全開のメイドと、それにツッコミを入れているちょっとキツイ印象を受けるメイドさんもいる。エリカ専属のニーナと違って、こちらとはあまり接触がない。
じっと2人の様子を見ていたら、目が合った。
「今……魔性の少女に魅了を受けたわー」
「エマは馬鹿言ってないでこれ運んでちょうだいな」
「ういっすういっすー」
「ちょっと!その返事はナイですわよ!」
「口が過ぎますわよ、ミサー。それよりも手を動かしなさいなー」
「ひっぱたいても、いいのかしら」
ミサが真顔でエマを見据える。これはまずいと思ったのか、エマが荷物を抱えて本気で走り出した。
「あっ!コラ待ちな……はぁ、全く……」
「あはは……エマはいつでもいつも通りよね。ある意味あの子も大物だわ。平民は皆あんな風に胆が据わっているかと思うと胃が痛くなりそうね」
「そうですわね……まぁ、まともな平民なんてフォルジュで雇われないわよ」
「うん、まぁ、うん、そうよね」
ニーナと少しだけ話した後、ミサと呼ばれる少女がこちらに向かって来たので身構える。
「改めまして、私、ミサと申しますわ。話す機会がありませんでしたけれど、覚えていらっしゃるかしら?」
「ええ、名前だけは……」
「まぁ、ありがとうございます。先程逃げて行った方が、エマと言います。変な事を話していましたが、華麗に忘れて頂いて欲しいですわ」
変な事……とは、ずっと言っていた下ネタの事ですか。中々印象深い子だったので、めちゃくちゃ覚えてた。この屋敷でああいう事を言う子はいないからなぁ。
「気を悪くさせたなら謝らせますが」
「いえ、そんな事は……ただ、楽し気な子だとは思いましたが」
隠し子だとか、逢引だとか言っているからなぁ。忘れにくいだろう。
私のセリフに目を丸くするミサさん。
「楽しい?あの子が?……あ、ああ……すっかり慣れてしまいましたが、あなたも平民だったんですわね」
「ええ」
「あなたと話していると、貴族と話している気分になってしまいましたわ。本当に凄いですわよね」
「お褒め頂き光栄です」
おお、それはそれは。大変うれしいお言葉ですね。
このミサって子は見た感じ貴族っぽいよな。喋り方もそうだけど。なら、「も」と表現したのはエマの方かな。エマの方が態度的に平民っぽいもんな。逆だったら、物凄く度肝を抜かれるけども。
「無理のない感じが致しますし……平民の時はどんな生活を送っていたのか気になる所です。ま、詮索は致しませんわ。エマも随分とあなたに気を許しているようですし」
え?気を許されていたの?あまり会話をした事がないはずなんだけどな。
ああ……あの子髪の毛が紫色だから、心を読んだとか思われたのだろうか?黒は無属性で、それ故に心を読むのも容易い。魔法の耐性が低いためだ。
が、私の場合はそうもいかない。まず空気中の魔力が阻害してくる。そのため、直接おでことおでこをつっくけないと、代償が必要になる。
おじい様が私の心を読んだ時も、代償が必要だった。おじい様は魂属性のプロフェッショナルと呼ばれる方なので、代償が目に見えない範囲だったが、他の人ではそうはいかないという。
それに、あの時はこちらに来たばかりで、周囲の魔力も少なかった。今の魔力の阻害では、おじい様でも難しいレベルに達しているそうだ。目には見えないモノがあるっぽいが、どうにも実感がない。
「違うんですのよ……あの子、実は殆ど魂の魔法を使う事はできませんの。ただ、人を見る能力はかなり高いみたいなの。不思議な事にね」
「へぇ、そのような事もあるのですね」
代償を使うでもなく、魔法を使うでもなく、純粋に人を見る目がある。魂属性の色もちでも使えない事があるんだな。確かに、魔力の質は人それぞれあるのだろうが、ほぼ使えない程の実力ってのがあるのか。しかもよりによって魂か……結構嫌われる属性だから大変だろうな。
しかし、その人を見る目……いかほどの実力か。もしかすると、人の魂を直接見るモノではなく、自分の能力を高めていたり……考えすぎか。
「ええ、そのエマが貴方の前で下品な言葉を吐くと言う事は、それを許す事が出来る人物と認識されたから……だと思っています、たぶん」
後半微妙に自信なさげなんだが、大丈夫ですか?……いや、まぁ確かにあれくらいの下ネタなら全然許すけども。
「はい、実際私から見ても、とても良い方だと思いますよ、お嬢様は」
と横から相槌をうっているのはニーナだ。
「はは……ありがとうございます」
そう思って貰えて光栄だ。自分が良い人なんて、思っていないがな。人の感性なんて人それぞれだし、どう思われようと関係ない……というスタンスだが、まぁ、良い風に思われているのは悪い気はしない。
「そーそー、お嬢様はねー、私が口付けしても許してくれるくらい優しいよ」
帰ってきたエマがへらへらしながらそう告げる。
それにぎょっとしたのはミサとニーナだ。
「やったんですの!?」
「ちょっとなにやってんの!?」
「あははは、もー、冗談だよう」
「度が過ぎますわ!」
「ほんとにやっちゃったのかと思ったよ……」
「やだなー流石に乙女の契約を女の子にはあげないよう。あれ?でもあれって男に対してだから問題なっし?」
「問題おおありですわよ!!その名案浮かんだ!って顔はやめなさいな!」
「エマ、流石にその捨て身の冗談はやめときなさい、ね?」
おお、メイド3名共、とても仲がいいんだな。女の職場ってものは、結構殺伐としていると思っていたんだが、ここでは無縁のようだ。因みに乙女の契約ってのはファーストキスの意味である。
ニンマリ笑っているエマはとても楽しそうで何より。そしてエマに、さぁ、貴方も冗談を言うのです!って顔でみられている。
ふむ……冗談と取られない事で定評のある私にこの会話に加われと?
いいぜ、乗った!
そっと右手を差し出してニッコリ笑う。
「私は良いですよ。さあ、口付けを」
「おおー!!」
「「えええええー!?」」
おおー!と嬉しそうな声を上げているのがエマ。ミサとニーナはびっくり仰天しておられる。
「そ、そんな冗談を言われる方でしたのね……?それは確かに、エマも気に入るはずです」
「あの顔で!?これ冗談だったの!?お嬢様って意外と気さく!?」
「もーだから言ってるじゃんーさっきから冗談だってー」
ニーナが物凄く混乱している。そういや、そんなに飛び抜けた冗談とか話した事なかったな。ニーナが真面目な子だし、会話の流れ的にそんなのなかったからなぁ。専属で今まで会話してた分、混乱も大きいらしい。
「ほら!あなたたち何さぼってるの!?時間がないんだから!きびきび動く!」
「「「はい!」」」
みんなできゃっきゃしてたら、侍女長に怒られた。蜘蛛の子を散らす様にさぁっといなくなったよ。素早いね、メイドって。
さて、私も手伝いに戻るか……と思っていたら、侍女長に呼び止められた。
「なんでしょうか」
「明日来る敵の対策会議があるの。エルリックの書斎に行くからついてきなさい。あなたも無関係ではいられないですからね」
「そうですか、分かりました」
言われるままに侍女長についていく事にした。
……ん?私も無関係ではいられない?なんで?エルリックの妹だからか?それなら、まぁ、分からんでもない……か?
明日来るって事はナリッツ侯爵の3女の事だよな?というか、それを敵と表現するのはどうなんだろうか。いや、いいんだけどね?




