無情な現実(5)
さすがに驚き、私は席を立った。しかしその後、どうすることもできず、ゆっくりと座りなおす。
正直泣きながら、私はどうすればいいんですかと問い詰めたい気持ちもあったが、そんな気持ちはすぐにひっこんでしまった。
どうすればいいんだろう……。
「あ、あの……」
取りあえず声に出してみたものの、後が続かず黙りこくってしまった。気がつけば、傍にいた三人のメイドは静かにその場を去ってしまっている。誰かに助けを求めることも出来ず、うう、と唸るしかできなかった。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいね。私が泣いてちゃだめよね」
メリィさんは細く綺麗な指で、涙をぬぐった。何度も何度もぬぐっていたのは、きっと涙が止まらなかったからだろう。
ふっ、と急に、私がすべきことが浮かんだ。
そうか、私から言えばいいのか。
メリィさんの目をしっかりと見つめ、私は口を開いた。
「あのねメリィさん。私、昨日電話してるの聞いて、すぐに分かったの。お子さんができたこと。私はどうなるのかなって思って、怖くなって、何も聞かずに部屋に閉じこもっちゃって、ごめんなさい」
言葉が次々と口から出ていく。すらすらと、何のためらいもなく。
メリィさんはそんな私の言動に驚きながらも、次の言葉を待っていた。涙はやっと、止まったようだった。内心ほっとしながら、私は続ける。
「私がこの家に来た理由は、子供がいないからでしょう? でも、ふたりに子供ができる。そうしたら、やっぱりその子に後継ぎになってほしいんじゃないかなって思ったの」
一息置いて、呼吸を整える。
「……私は立派な後継ぎになるのが夢だったけど、二人の夢を壊したくはないから、私は私の夢を見つけてもいいですか。別の夢を……」
歳を重ねてから、改めてこの時の私を振り返ることが幾度となくあったが、そのたびに気持ち悪いなぁと自分でも思う。
その頃の私は、十二歳にしてはしっかりしすぎで、無理をしすぎだった。
大人びていて、変に冷静だった。
メリィさんは、そんな私を見て何を思っただろう。
私には予測しかできないし、本当のメリィさんの気持ちを知るすべはないけれど……きっと私のことを子供扱いしていなかったのだろうと思う。
一人の人間として。
「ごめんなさい」
メリィさんは頭を下げた。
「あなたにそんなことを言わせてしまって。何もかもこっちの勝手だわ。でも、ごめんなさい」
泣きそうにはならなかった。ただ、胸に虚無感という穴がぽっかり空いてしまった感じがした。夢と目標が無くなってしまったからかもしれない。目の前がぼうっとした。それでも、メリィさんから目を背けたりはしなかった。
「レイカ、あなたの言う通りなの。昨日、パパと話して……」
言葉にできなかったのだろう。メリィさんは細い肩を震わせながら、泣き始めた。私にはそれで十分だった。誠意と、真意が伝わった。
「嘘をつかないでくれて、正直な気持ちを言ってくれて本当によかった」
私は席を立った。
「後でゆっくりお話ししよう、メリィさん。でも今は少し、部屋でいろいろ考えたいから、戻るね」
そして部屋に戻ろうと歩きだしたとき、くうと情けなくおなかが鳴った。小さく苦笑し、振り返った。泣きすぎで真っ赤になったメリィさんの目と、視線が交錯した。
「ホットケーキが食べたいな。メープルたっぷりで、バターもたくさん塗ってあるやつ」
私の浮かべた笑顔はきっと、泣き顔のように見えたことだろう。
メリィさんがわっと声をあげて泣いているのを背に、ゆっくりと部屋に戻った。ベッドに寝転がったが、さすがにもう眠ることができなかった。
数十分後、できたてのホットケーキをメイドが部屋に運んでくれた。
メープルたっぷり、バターもたくさん。
私はそれを、詰め込むようにして食べた。
少ししょっぱい味がした。




