【5】アレの正体
地獄聚楽第にて 豊臣秀吉と明智光秀
「お前が、本能寺の変の黒幕か。あれには無数の説が流布しているが、結果だけ見れば、お前が糸を引いていたと思われても無理はないな」
「だが、過程を知れば違うとはっきり分かるだろう?」
「どうだろうな。それでも、お前が黒幕だと信じる者はいるのではないか」
「おい、お前がそういうことを言うな。はっきり否定しろよ」
「黒幕などいない。私は自分のことだから断言できる。
だが、人は自ら信じたいと思ったことを信じるものだ。それは、過程を知っても易々とは変わらない。むしろ、より強く信じる材料になるかも知れない。そのくらい、お前の取った行動には無駄がなかった」
「無駄がないのが仇になるとは思っちゃいなかったぞ。何度も言うが、俺は信長様が死んでしまったから、その跡を継いで天下を取ってやろうって気になっただけだ。
信長様を討ったからって、俺の掌に天下が転がり込んでくる保証なんてねえ。それどころか、もし他の大名らが一斉に逆襲してくれば、俺自身の破滅すら有り得た。そんな馬鹿なことをしでかすのは、明智光秀くらいのもんだよ」
「うるさい。本当はお前が黒幕で、共謀した私を裏切って殺したことにするぞ」
「俺に裏切られて殺されたなんて、プライドの高いお前は口が裂けても言わねえよ」
「…やはり、私はお前が嫌いだ」
「それを同族嫌悪という」
「分かった、もういい。話を変えるぞ」
「そうしてくれ。俺も気になっていた。アレって何のことだ?」
「現世で信長様と話しているときお前は、時折 何か別なものの存在を感じなかったか?」
「ああ、アレってアレのことか。感じていたが、それがどうかしたのか?」
「どうかしたのかって…。何とも思わなかったのか?」
「気づいていたのは俺だけかと思っていたが、お前にも感じ取れていたのか。まあ、別に不思議じゃねえか」
「…………」
「つまり、アレが何だったのかって話か?」
「そうだ。お前、知っているのか」
「知っている。お前は感じ取れただけで、正体は知らんのか。だが信長様にも会って来たんじゃないのか?」
「信長様自身も、アレが何なのか、はっきりとは知らないようだった」
「はあ?そうなのか。自分で呼び出したくせに…」
「おい、だから何だったんだ。知っているなら早く言え」
「あれは、魔王の化身みたいなもんだよ。信長様が武田信玄に送った書簡に〈第六天の魔王 織田信長〉なんて署名したことがあったんだ。そのせいで、あんなもんを召喚しちまったんだよ」
「そんな馬鹿なことがあるか」
「知らねえよ、俺に言うな。ただ、普通の人間が魔王なんて署名しても何も起こらねえが、おそらく信長様だから、あんなもんを召喚して身に宿らせたんだと思うぞ」
「お前は、信長様自身もそれ知っていると思っていたから、何も言わなかったのか?」
「そうだ。アレが出てきてるときの信長様は、いつも絶好調だったし、別に本人に害はなさそうだったからな。余計なことは言わねえほうが良いかと思って、俺はまったく気づいてねえふりをしていた。
そう言えばお前、アレに気づいていたのに信長様を殺りに行くなんて、無謀というか馬鹿というか…」
「私はアレは不吉だと感じていた。だからこそ、早く信長様を討たねばならないと焦ったのだ」
「ああそう、感じ方は人それぞれなんだな。魔王の化身って言っても、世界の滅亡を目論んでいるとかじゃねえぞ。信長様だって魔王とは程遠いしよ」
「それは分かっている。だがそもそも私は、アレが魔王の化身だったことは知らなかったのだ」
「ああそうか。で、話はそれだけか?」
「信長様の死後、アレがお前に宿らなかったか?」
「来たよ。俺に取り憑こうとした。俺は拒否はしなかったけど、結局やめて どっかに飛んで行っちまったよ。その後は知らん」
「は?そうなのか。私はてっきり…」
「ああ、アレの力だったと思ったのか?」
「関係はしていると思っていた」
「もし、あんなのが俺に憑いてたとしても、毒にも薬にもならなかったと思うぞ。俺はただの猿だからな。魔王の化身も、猿になんか力を貸したくなかったんじゃねえのか」
「…あっそ」
今後も、武将の地獄対談をたくさん投稿します。面白いと思って頂けたら「お気に入りユーザ登録」をお願いいたします。




