第22話 岩窟族の姫
結局、俺とカンナは岩窟族の王都へ向かう馬車を降り、ルーベラに同行することになった。かなり強引な感じがしないでもなかったが、同行される本人が強く拒否しなかったから、まぁいいんだろう。
「あの……カンナさん。本当に南部の旧大坑道まで付き合ってくださるんですか?」
「気にしない気にしない。あたしたちも、そっちの方向へ用事があったからさ」
「王都行きの馬車に乗ってませんでした?」
「そうなんだけど、今ってアダマンタイトの精製が止まってるんでしょ? 秘伝の大炎炉が壊れたとかなんとか?」
「……外にまでその話が届いてましたか……」
カンナの一言に、ルーベラの表情が一気に落ち込んだ色になった。
「あたしたちさ、ちょっと大量のランドタートルの甲羅を手に入れて、ね? それをアダマンタイトに加工しなきゃ売れないって話でさ。それをどうにかしたいんだけど」
「わかります。わかってます。でも……うーん、カンナさんだから話しますが、事は単なる炉の修理じゃないんですよ」
そう前置きしてルーベラが口にしたのは、まぁなんというか、岩窟族の国を目指して出発する前に、カンナが全知検索で調べ上げた内容だった。
つまり、炉を修復できたものを次期鉱王とする──という、岩窟族の現鉱王ビクスバイト・ハーゼンの告示である。
そのせいで、国内は二大派閥が権謀術数やら陰謀詭計やらを張り巡らせて、炉の修復がかなりのこと滞っているらしい。
「おまけに、父は他種族との国際会議に出席するために国を離れていて、二大派閥をたしなめることもできないんです」
「父?」
ルーベラの父親が他種族との国際会議に出席? それってつまり──。
「ああ、アルさんには話してなかったですね。ルーベラは岩窟族の現鉱王ビクスバイト・ハーゼンの娘なんですよ」
「現鉱王の娘……ってことは、岩窟族の姫ってことか?」
「ですよ。といっても、岩窟族は血縁による王位継承を行わず、その技術によって王位が決まるんで、姫といっても普通のドワーフと立場は変わらない感じです。だよね?」
「ええ、そうです……というか、アルさんはご存知なかったんですか? カンナさんとパーティを組んでらっしゃるということは、勇者様の関係者ですよね?」
「あー……いや、アルさんとは、あたしが一人で冒険者になったあとに知り合ったというかなんというか……」
カンナが妙にあたふたしているが、もしかして俺のことを気にしてんのか? こっちとしては、別段、勇者に対して思うところは何もないんだけどな。
しかし……なるほど、カンナとルーベラの繋がりは見えてきた。
どうやらこの二人、勇者関係で知り合ったらしい。
となると……なんだ? 思いつくのは、勇者の装備を整えるのに鉱王ビクスバイトに頼ったとか、そんな感じか?
「シヲリちゃんが持つ聖剣トリリオンを調律したのが、ルーベラのお父さん、ビスクバイト王なんですよ。その頃からの知り合いなんです」
「へぇ」
やっぱりそういうことか。
勇者との戦闘で一番厄介だったのが、あの聖剣だったんだよなぁ。あの聖剣、実体を伴う分裂を幾度も繰り返し、蓄えている魔力をすべて破壊の力へ変換して飛んでくるんだぜ? しかも、ただ飛んでくるんじゃなくて自動追尾もしてくるもんだから、対処するのが面倒くさい。どんだけ殺意高いんだよ。
「あんな剣を作れるなんて、鉱王ってのもすげぇもんだな」
「その剣の理論を完成させたのが、このルーベラってわけ」
理論……なるほどね。単に鍛冶仕事で剣を作るだけじゃ分裂も増殖もしないわけで、そういう機能を作り上げたのがこの娘ってわけか。
「その理論の基になったアイデアは、カンナさんじゃないですか。どんな理論だって、最初の閃きがなくちゃ誕生しませんし」
「いや、あたしは別に、単なる思いつきだから」
「でもやっぱり、最初の閃きは大事ですよ」
「それを形にするほうが凄いってば」
……いったい俺は、何を見せられているんだ? なぁ~にを謙遜しあってるんだろうね、この二人は。
「んで? あんな厄介極まりない聖剣の理論を組み上げちまうような鉱王の娘が、こんな辺鄙な場所にある工房なんかになんの用があるんだ?」
「それは……」
「鉄鎚領って言ってたっけ? 確か、ルーベラの幼馴染が工房主なんじゃなかったっけ?」
「あー……カンナさんはルオルドとも面識がありましたっけ」
それなら隠し立てしてもしょうがない──とばかりに、ルーベラは小さく息を吐き、御者席から身体を少しだけ振り返らせた。
「アルさんは、岩窟族の国について、どの程度、ご存知ですか?」
「ほぼ知らんなぁ」
岩窟族──いわゆるドワーフそのものについてのことなら、まぁ通り一遍のことは知ってるが、お国の内部事情までとなると、さすがにね。
「ガイゼル鉱国において、領地っていうのは単なる土地のことじゃないんです。ひとつの巨大な採掘・精錬工房──つまり、他国で言うところの職人ギルドのようなもので、そこに暮らす住民は全員が職人なんです。領主はその現場の最高責任者になるんですよ。ただ……今は次期鉱王の座を巡って、王都や東西の二大派閥がガリガリと権力争いを繰り広げている状況なんです」
そんなことをカンナも言ってたっけね。あいつの場合は全知検索で調べた、情報としての話だったが。
「それに比べて、この南部エリアには中小規模の領地──つまり独立した大工房がいくつもあるんです。中小規模の領地ですから、鉱王の座なんて関係ないと、皆、思ってるんでしょうね。比較的、のんびりしてるんですよ」
「その中の一つが鉄鎚領ってわけ。そこの工房主──まぁ、ここは岩窟族の流儀に習って領主って言うけど、その領主がルーベラの幼馴染、ルオルドってことなのよ」
ルーベラの事情に詳しいカンナが、そんなふうに話をまとめた。
「あー……つまり、岩窟族のお姫様は、王都で繰り広げられている権謀術数に嫌気が差して、恋人に会いに来たってわけか」
「そっ、そういうのじゃありませんよ!」
カッと耳まで真っ赤にして否定するルーベラを見て、カンナが面白そうにクスクスと肩を揺らす。
「ふうん? じゃあ、何のためにわざわざ南部のこんな端っこまでやってきたわけ? ただの幼馴染の顔を見に、わざわざ王都から馬車を飛ばしてきた」
「それは……っ」
言葉に詰まったルーベラは、悔しそうに下唇を噛み締めながら、ギュッと手綱を握りしめた。やがて、覚悟を決めたように小さく息を吐き出すと、まっすぐに前を見据えた。
「……王都の連中は、次期鉱王の座を巡って足の引っ張り合いばかりしています。ドワーフともあろう種族が、鉄を打つことより政治に腐心してるんですよ!? そんな連中が鉱王になろうものなら、岩窟族の矜持が汚されます!」
矜持……ねぇ。
「そんな連中が鉱王になるくらいなら、ルオルドの方がまだマシです!」
「素直じゃないなぁ」
ルーベラの言葉に、カンナがやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「いやだって、カンナさんもルオルドの腕は知ってるでしょう? 誰よりも真面目に火と向き合って良いものを作る職人なんです、あいつは。鉄も打たずに権力争いに終始してる連中よりも、ルオルドが鉱王になってくれたほうが国のためになります」
「……だけどさぁ」と、カンナが軽くいじわるっぽく突っ込んだ。
「その肝心のルオルド君自身は『自分なんかが次期鉱王になれるわけがない』って、すっかり気後れして燻っちゃってんじゃないの?」
「うっ……そ、そうなんですよね……」
図星を突かれたルーベラは、がっくりと肩を落とした。
「あいつは職人としての腕も、火を見る目も確かなのに、謙虚すぎるというか……自分を過小評価しすぎなんです。王都の奴らが鉄を打つハンマーを政治の道具にしている間に、ルオルドにこそ立ち上がってもらいたい。だから……私が直接行って、強引にでも背中を叩き割ってやらないとダメなんです!」
ぶんぶんと激しく握った拳を振り回すルーベラに、カンナは呆れたような、しかしどこか楽しげな笑みを浮かべる。
王都の権謀術数に背を向け、野心的でも何でもないただの生真面目な幼馴染に王の座を押し付けようっていうんだから、なかなかに面倒くさいお役目だ。
だが、その結果として王都の停滞した大炎炉の修復に繋がる糸口が見つかるなら、俺たちにとっても悪くない。
なんせ俺らのランドタートルの甲羅を最高値のアダマンタイトに化けさせるためには、この南部の若造にひとまずやる気を出してもらう必要があるんだからな。
「ま、俺らとしてはランドタートルの甲羅をアダマンタイトに精製する炉ってぇのを直せるなら、誰でもいいんだがな」
辻馬車はゴトゴトと車体を揺らしながら、険しい岩肌が続く渓谷の道を進んでいく。
やがて、視界が開けた赤錆色の谷間の底に、目的地の集落が姿を現した。
「あ、見えてきましたよ。あれが鉄鎚領です」
御者席から振り返ったルーベラが、少しはずんだ声で指し示す。
見下ろした先には、岩壁にへばりつくようにしていくつもの堅牢な石造りの建物が立ち並び、その中腹にある巨大な煙突からは、力強い黒煙がモクモクと空へ吐き出されていた。
キン、カン、と重く澄んだハンマーの音が、乾いた谷間に途切れなく響き渡っている。
なるほど。
如何にも岩窟族らしい住処じゃないか。




